赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

牛車はそのまま朱塗りの立派な正門をくぐる。

何回か宿泊を挟みつつ、美津子はこれから実家に向けた長い道のりを帰らなくてはならない。

それにしてもこの神祇伯はなぜここにいるのか。美津子は牛車に揺られながら考える。

神祇伯は相変わらず美しい笑顔だ。

「沙羅双樹の花のように美しい都でしたね」

遠ざかる都の方を見て意味深なことを言う神祇伯に、静江は「閣下、お口が過ぎますよ」と小さな声で囁いた。

都へ続く道は多くの人々が行き交うのだろう。牛車の外の賑わいは御簾越しにでも伝わってくる。

それからしばらくして牛車は川の傍の旅館に到着する。

牛車を降りた美津子は伸びをした。

これからあと何日か牛車に揺られる生活が続く。

それでももうすぐ大好きな彼に会える。そう思えば美津子はいつでも元気になれた。

美津子の部屋は川の流れが良く見える美しい部屋が割り当てられる。

美津子は美しい自然の景色を眺めながら体を休めた。

八分咲きの桜が川辺から美津子たちを優しく見守っている。

「そういえば、美津子様。硬玉は持っていますか?少し見せていただきたく」

「あれですか?他の荷物と一緒に仕舞いましたが、どうしました?」

なぜか美津子と相部屋の神祇伯は硬玉を見たいと言い出す。

それを聞いた静江が荷物から硬玉を取り出し、美津子に手渡す。

「静江、ありがとう」

美津子は静江に渡されたそれを神祇伯に手渡す。

「なぜ、見たいのかは知りませんが、どうぞご覧ください」

「ありがとうございます。実は退屈しておりまして、暇つぶしにちょっと見たかっただけなのです。あれは私の立場でも滅多にお目にかかれないものですから」

神祇伯は硬玉を旅館の行灯にかざす。

硬玉の中には繊維状の細かい模様が見え、神秘的な美しさを感じさせる。

「ほう、これは見事な硬玉ですね。美しい」

しばらく首飾りを眺めて、やがて満足したのか、神祇伯は美津子にその首飾りを返す。

「ありがとうございました。満足しました」

神祇伯は美津子の赤い石にも興味を示していたし、おそらく、宝石が好きなのだろう。美津子はそう考えた。

「悪いけど静江、これをまた仕舞っておいてくれない?」

「わかりました」

美津子の手から静江にその硬玉の首飾りは手渡される。

そして元の場所に仕舞われるかと思われたそれは、静江によってなぜか再び神祇伯に手渡される。美津子には見えないところで。旅館の傍の川へ、ほかならぬ神祇伯によって投げ捨てられた。

川に沈む直前、硬玉はわずかな煌めきを放つ。しかし、誰の目にも留まることなく、やがて川の流れに消えていった。