赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

ある春の朝、牛車の車列が後宮の朱塗りの立派な正門前に並ぶ。

しかし去年と違い、牛車は新しくやってきたものではなく、後宮を去るためのものである。

屋形を引く牛は、去年と変わらす毛並みが良く、手入れの行き届いた立派な牛。こちらも去年と変わらず、檳榔毛(びろうげ)の上品で白っぽい車体。相変わらず屋根の上にかかる紫の車幕は錦で金糸が繊細に織り込まれている。

美津子は御殿から、今まさに牛車に乗り込もうとしていた。

するとそこに、帝と咲夜がやってくる

「咲夜のこと、世話になったな。今更だが礼を言う」

「……私が好きでやったことですので」

帝はそそくさと牛車に乗ろうとする美津子の腕を掴んで引き止める。そして美津子の手に緑の石がついた首飾りを握らせた。

「これは……?」

「硬玉の首飾りだ。余はそれを必要とせぬ。これからはそんなものに頼らずとも、国を立て直して見せる」

その緑の美しい硬玉はしっとりとした深い艶と、森の中の神聖な泉を思わせる奥行きを持っている。

「いけません。このような貴重なものを受け取るわけには」

美津子は帝にお返ししようとする。しかし、帝は受け取らない。

「余はそなたに寵愛を授けることができなかった。そのせめてもの詫びだと思え」

帝が受け取らないので美津子は仕方なく、首飾りを手に持ったまま牛車に乗り込む。

「私は、美津子様のこと実の姉のようにお慕いしておりました」

咲夜は泣きそうな目で美津子を見ている。

「そう。言われてみれば、私もあなたのこと妹のように思ってたかも。私たち同じね」

「美津子様、きっとまた会えますよね?」

美津子は答えることができなかった。

国の正室になった咲夜と田舎の貴族の出戻り娘の美津子が、再び出会う可能性は限りなく低い。

これから一生、美津子は田舎で暮らす。再びこの地を訪ねることは、二度とないだろう。

「お体に気を付けて」

無理に笑顔を作ろうとして、笑顔になり切れず、咲夜は泣き崩れる。

そんな咲夜を連れて帝は部屋の奥へと去った。

美津子は二人の背中を見送る。

あとは静江さえ牛車に乗り込めば出発することができる。

牛車の中で静江を待つ美津子。

その時、純白の斎服を着た神祇伯が牛車に乗り込んできた。

「何事ですか?」

「ええ少し、美津子様と話がしたくてね。ちょっとだけですよ」

神祇伯は美津子が手に持っている首飾りを目ざとく見つける。

「それは、硬玉?いいですね。帝に貰ったんですか?」

「ええ、返そうとはしたのですが、受け取ってもらえなくて」

「そうですか。それは結構ですね」

あまりにも適当な返事。美津子は少し呆れた。

それから静江が乗り込んできて、そのまま牛車は出発する。もちろん神祇伯は乗せたまま。