赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

かつて皇太后は『天命の神子』として、国の皆から愛され、皇太后自身も国の皆を愛していた。

皇太后は先代の帝とともに一生懸命、国に尽くした。時には自分の生活を犠牲にしてまで。

先代の帝が崩御したとき、皇太后はその墓前に誓った。

「私があなたの代わりにこの国を守って見せます」と。

帝を無くして、皇太子を無くして、国が傾いた時も、岩永が身銭を切ってまで支えてくれた。

それでようやく建て直せたと、そう思ったのに。

どうしてこうなったのだろう。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

皇太后は見張りの建てられた自身の御殿に幽閉され、謝り続ける。

それは先代の帝への誓いを守れなかったからなのか、それとも支えてくれた岩永へ恩義を返せなかったからなのか。

皇太后は机の上の小さな陶磁器の小瓶を手に取る。

誰に宛てたかも知れぬ謝罪の言葉は、やがて宙に消えた。

数日して、宮廷の梅は全て散った。

正殿にて、黒の装束に身を包んだ帝は咲夜と寄り添っている。

「思えばそなたが宮廷の穀物庫の異変に気が付いたのが始まりだったな」

「ええ。そうでしたね」

鈍色の単に身を包んだ咲夜は静かに答える。

「余がここまでこれたのは、咲夜、そなたのおかげだ」

二人は抱きしめあう。

お互いの愛を確かめるように。

「咲夜。そなたを正式に余の正室として迎え入れよう」

「……陛下」

そこに他の者が付け入る隙は、少しも無い。

美津子はすぐ傍で二人の愛を見届けた。

これ以上二人の邪魔をするのも無粋だと。美津子は黙ったままその場を後にする。

誰もが皆、帝と咲夜の美しい愛に関心を向ける今、美津子のことなど誰も見ていない。

観梅の宴の騒動で後宮の支配者たる皇太后の御威光が失われてしまった。

ゆえに後宮は最早元の形を保てるはずもなく、解散する運びとなる。

帝が言うにはこれも「貴族解体計画」の一つらしい。

帝は家柄で人を選ぶのをやめ、試験制度を導入し、咲夜のように身分は低くても能力があるものが正しく出世できるようにする。などと言っていた気がする。

しかし、美津子にはよく分からなかったので以降は全て聞き流してしまった。

そんなことより大事なのは、美津子も実家に帰れるということ。

もう一度、故郷の牛飼童に会うことができるということだ。

美津子にとって自分を愛さぬ帝云々よりも断然、愛しの牛飼童の方が大事である。

今から美津子は自分の部屋に帰り、急いで荷物を整理しなくてはならない。ああ、なんて忙しいんだろう。

表向きは追放されて悲しい立場を装いながら、裏で美津子は笑っていた。