赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

「美津子……」

千代は美津子に抱きしめられたあの夜を思い出していた。千代が短い人生で誰かに抱きしめられたのはあれが初めてのことだった。

生まれた時から父にも母にも愛されず、周りはおべっかばかり。千代から与えられる愛ばかり求めて、誰も千代のことを愛さない。側室になってようやく愛してもらえると。愛を知ることができると期待した千代の元に、結局帝は一度たりとて来やしなかった。

確かに、千代は暮らしに困ったことは無い。いつも贅沢していたし、そうし続けることが可能だった。

けれど千代が一番欲しかったものは、決して与えられなかった。

それは、愛だった。

確かな、無償の愛。

辛かったとか苦しかったとか、そういうわけじゃない。ただ千代は渇いていた。自分が渇いていることにすら気づかぬほどに。

「そっか……。これで終わり……なのね」

千代は力が抜けたようにその場にへたりこむ。短刀が地面に転がる。

武官たちは千代を取り押さえてどこかに連れてゆく。

あまりに悲し気な千代の背中を見て、美津子は言葉をかけることができなかった。

そうして残された皇太后と帝が向かい合う。

「さて、あの規模の不正にあなたが関与していないわけがありませんよね。母上」

皇太后がうろたえているのは、美津子のいる場所からでもはっきり見てとれる。

「そんなことはないわ、あれは岩永が勝手にやったことよ。岩永の娘がダメなら美津子さんがまだ……」

「母上はいつまでそんなことをおっしゃるのか」

皇太后の言葉を遮るようにして帝は叫んだ。そしてこう、続ける。

「兄上が亡くなった時も、兄上がいなくなったから次とばかりに私に声をかけた。母上は、それまで私に見向きもしなかったくせに」

「……それは、私はただ国のためを思って」

かすれる声を振り絞って必死に弁明する皇太后。しかし、帝の怒りは止まらない。

「千代がいなくなれば美津子ですか?母上にとって僕らは道具なのですか?」

帝の声に皇太后は眉間にギュッとしわを寄せた。震える拳を握りしめ、体全体に力が入る。

「……私は、あなたのこと、道具だなんて。ただ国を守るためには天命の神子を」

「もういい。天命の神子なんてまやかしだ。余は自分の力で国を守る。咲夜も、この国も守って見せる」

武官たちに連れて行かれそうになって、皇太后は救いを求めるように身を乗り出し、帝に向けて手を伸ばす。

しかし、力なく伸ばされたその手が取られることは、ついになかった。

そうして観梅の宴は喧騒の中、まともに梅を見ることもなく終わりを迎えた。