赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

「こちらの書類の束は岩永家が、ありもしない架空の兵数で兵糧を詐取し、宮廷の穀物庫に質の悪い穀物を混ぜ、民間商人に濡れ衣を着せ、荷物を強奪するなどして得た利益が全て書かれた裏の帳簿です」

人々はざわめく。

ここまで大規模な不正が露見することは極めて珍しいことだった。

「長官、何か申し開きはあるか?」

帝は岩永の当主に問いかける。

「いや、ありはしませんよ。ここまで証拠を集めるとは立派なものですね陛下。ですが……」

そしてあざ笑うようにこう続ける。

「そのような正しいやり方では国は守れませぬ。私が倒れることがあればこの国は一年と持たずに滅びると。断言しましょう。それでも私を倒しますか?」

それは帝の意思を確かめるような物言いだった。

帝は深く息を吸う。そして告げる。

「倒すさ。そして国も守って見せる。この私の自らの手で」

帝の決意は固かった。

帝の覚悟を見た岩永の当主は諦めたのか、それ以上抵抗することはなく、かつての部下であった武官たちに連れられて行った。

「お父様……そんな、どうして」

千代は父に必死で追い縋る。

けれど武官に無理やり引きはがされ、千代だけがその場に一人取り残される。

その様子があまりにも悲痛で、美津子は泣きそうになった。

地べたに泣き崩れる千代。

あれだけ千代の威光を笠に着ていた女官や側室たちも、千代に権力が無くなれば、もう近づきもしない。

一方、美津子には泣き崩れる代の姿が、もう一人の自分に見えた。

もし心の支えになってくれる故郷の牛飼童がいなければ、美津子にとって帝の寵愛が唯一だったなら。

ああなっていたのは美津子だったかもしれない。

「千代様」

美津子は千代に駆け寄ろうとした。

しかし、神祇伯が美津子の腕を掴むので、美津子は千代の元へたどり着くことができない。

「どうして邪魔をするの、今の千代様をお独りにするなんて。こんなのあんまりだわ」

「美津子様、危険ですのでおやめください」

美津子が抗議しても、神祇伯は美津子の腕を離そうとはしない。

そうしているうちに、ゆらりと千代が立ち上がる。

懐から取り出したのだろう。彼女の手にはいつの間にか護身用と思われる短刀が握られている。

「全部、全部。お前のせいだ」

帝と咲夜。寄り添う二人のもとへ決死の覚悟で駆け出す千代。

その勢いはすさまじく、鍛えられた武官の数人をはねのけるほどだった。

千代の凶刃が二人に迫る。帝は咲夜を庇うように抱きしめる。

時間の流れがゆっくりに感じられるほど緊迫した場面。

その時、美津子は叫ぶ。

「千代様、もうやめて。それ以上は」

美津子の声を聞いた千代は、大きく目を見開いた。