赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

上限の月が満ちてゆく。

新嘗祭を前にして、帝や神事に奉仕する者たちは数日前から肉食を断ち、香油で身を洗い清めなければならない。

そして当日。満月の夜。

帝は白を基調とした神聖な装束に身を包む。

新嘗祭は日が暮れてから深夜にかけて行われる。

新嘗祭では松明などの明かりは全て消され、全てが月の明かりの元、静かに行われる。

その年の新米、神酒などの神饌(しんせん)を神座(みくら)にお供えし、帝自身も神と同じ神饌を口にする。

これは神と人が一体となり、霊力を新たにする意味を持つとされる。

儀式は夜を徹して行われ、夜明け前に夜半の時と同じことがもう一度繰り返される。これは神への感謝を伝えるものである。

そして日が昇る。

神事が終われば、宮中の人々は宴を始める。

儀式を終え、疲れ果てた帝は人目につかない中庭の東屋で一息ついていた。そこに神祇伯がやってくる。

「お疲れさまでした陛下」

「ああ。全く疲れたよ」

帝は窮屈な祭服の紐を少しほどいた。

「一年の災厄もこれで終わり、新しい光と共に我らの国は生まれ変わったのですね」

「……そうだといいな」

「だといいな、といいますと?」

帝は静かに俯く。

「母上と岩永の娘が暴走しておるのだ。全く、高位貴族というものは厄介なものだ。岩永も、大山もどれもこれも権力を持ちすぎている」

「そのようですね」

神祇伯は帝に寄り添うように、短く返事をした。

「ああ。それに母上まであのようなことを。……母上は私のことなど少しも見ていない。政治の道具だとでも思っているのだろう。兄上がいた頃もそうだった。母上は兄上のことも道具のように扱って……そのせいで兄上は」

帝にはかつて兄がいた。

本来なら今の帝ではなく、彼の兄が帝になるはずだった。

けれど彼の兄は、即位するまでに病気で死んでしまっていた。

「お兄様のことは、誠に残念でございました」

「父上も母上も太政官なども皆、兄上が生きているうちは兄上のことしか見なかったくせに、今更、帝、陛下、と慕って来よって、恥を知れというのだ」

「誠にそうでございますね」

帝は彼の兄が生きている間ずっと日陰者だった。宮中の誰一人としてかつての帝を見ようとはしなかった。

「それに対してお前は、兄上が生きていた頃から変わらず、私を選び、支えてくれた。私に良くしてくれていたな」

「滅相もございません。私は陛下こそが帝にふさわしい器であると確信しておりますから」

それから二人は、しばらくの間、東屋で身を休めた。

神祇官の一人が神祇伯を探し、呼びに来るまでの間。ずっと。