赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

誰もが去って広い廊下の真ん中。一人きりでむせび泣く千代に美津子は上着をかけた。

「少し休んだら?私の御殿を貸すわ」

優しく声をかけ、背中をさする美津子の腕を千代は叩く。

「うるさい。放っておけ。私は惨めなんかじゃない」

千代に叩かれた美津子の腕は赤くなっている。

けれど美津子は千代を自分の御殿へ誘う。美津子に体を支えられ、千代はゆっくりと歩き出す。

最初こそ千代は美津子のことを叩いたものの、それ以上暴れたりすることは無かった。

部屋に着くと、美津子は静江にお茶を淹れるように頼んだ。

美津子が千代にお茶を差し出すと千代は美津子を睨みつける。

千代は周りに美津子の御付きの女官しかいないのを確認してから静かに吐き捨てる。

「何?憐みのつもり?あなただって陛下にお渡りしてもらえてないの私、知ってるんだからね」

「憐みなんかじゃないわ。戦友に対してのの敬意よ。この後宮を生き抜く友へのね」

「ハ、笑わせるわね。友ですって?私はあなたをここから追い出そうと企んでいたのよ」

「構わないわ。私はそれでもあなたのこと友だと思ってるから」

美津子はお茶を一口飲んだ。それを見た千代も続いて一口飲む。そしてほっと一息つく。

「あなたが頑張っていることを私は知っている。お化粧も、お着物もあなたは誰よりも美しく着こなしていたわね」

「知った口聞かないでよ」

千代は不機嫌な声色でそう言った。それでもなぜだか泣きそうな顔をしている。

「そうね。私はあなたのごく一部分しか知らない。それでも私はあなたのこと素敵な女性だと思うわ」

美津子は千代のために急須からお茶のお代わりを汲む。千代は美津子のその姿をじっと見ていた。

「……どうして私じゃダメなのかしらね」

漠然とした千代の問いに美津子は何も言えなかった。問いの意味が分かっても、美津子はその問いの答えを持っていなかった。

なぜなら美津子自身も帝に愛されぬ女だからである。

美津子が千代を助けたのは、結局のところ見ていられなかったから。美津子はもう一人の自分を見ているようで千代のことを放っておけなかった。

美津子が千代と大きく違うのは、強く帝に愛されないと願っているか、そうでないか。ただ、それだけだ。

「私たちはこんなに頑張っているのに、陛下のご寵愛は、いつもあの咲夜って女ばかり。私、見たの。あの女のところに陛下がお渡りになるところ。ねぇ、どうして私たちは……こんなに頑張っているのにどうして陛下は振り向いてくれないの?どうしてあの女ばかり、ずるい、ずるいわよ」

そう言って千代は本格的に泣き始めてしまった。

「そうね……その通りね。理不尽だわ」

美津子は泣きじゃくる千代を抱きしめた。

それからしばらく、千代が泣き止むまでずっと抱きしめた。

秋の日暮れはつるべ落としのように早い。

群青色の空には満月に近い、上限の月が浮かんでいる。

どこか遠くから秋の虫が鳴く、涼し気な音が聞こえる。