赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

暑さが過ぎれば、後宮はまた活発になる。

どこまでも高く、澄み切った空。

木の葉が赤や黄色に色づき、宮廷の側室たちの装いもまた秋の色に染まる。

花壇には丹精込めて育てられた白や紫の菊が美しく咲き誇り、人がほとんど踏み入らぬ庭の隅には荻やススキが風に揺れる。

「聞いたか?なんでも千代様が陛下のお子をご懐妊されたらしい」

「それってほんとうかい?めでたいお話だねぇ」

最近の後宮は千代の懐妊の噂で持ちきりである。

「これで正室は千代様に決まったも同然ね」

「陛下のご寵愛をお授かりになるなんて、私たちには縁のないことね。全く羨ましい限りだわ」

後宮の女官たちは無責任に噂話を楽しむ。

美津子は我関せずと、お茶を飲んでいた。

美津子には帝の寵愛を得たいという気持ちが薄かった。

千代が正室になり、後宮での居場所が無くなって追い出されたとしても、実家に帰るだけだ。美津子にとっては全く問題は無い。

むしろ都合がよかった。

もちろん一度は側室になった身ゆえ、再婚は難しいだろう。けれど愛しの牛飼童にもう一度会えるかもしれない。

それは美津子にとって夢のような話だった。

「……もしもし、美津子様、聞いておられますかね?」

今、美津子の御殿には太政官が訪ねてきている。

「……ええ。聞いておりますとも。千代様がご懐妊とは何ともめでたいですね」

美津子に聞こえないように低い声で太政官はささやく。

「……全く。これだから箱入り娘は」

太政官のそのつぶやきは美津子にはちゃんと聞こえていた。けれど美津子は気にしない。そんなことより、実家に帰れるかもしれない。一筋の希望に美津子は夢中だった。

「我々が美津子様こそ陛下にふさわしいとわざわざ遠方からお呼びさせていただいたのに、非常に慎ましい態度で結構でございますな。我々も美津子様を選んだ甲斐があるというものです」

「そんなに岩永が恐ろしいですか?」

美津子がそう言うと、太政官は顔を強張らせる。

「そこまでお分かりならば、少しは我々の立場もご想像いただきたいものですね」

「そうですね。お役に立てず、大変申し訳ない」

美津子がつれない返事をすると、これ以上何を言っても無駄だと感じたのか、太政官は黙って席を立った。

美津子の御殿の外の廊下を皇太后がお腹の大きくなった千代を引き連れて、自慢げに練り歩くのが見える。

皇太后殿下も孫ができて嬉しいのだろう。美津子はそう考え、見て見ないふりをした。