赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

「そういえば、とある方が宮廷のご飯は変な味がするとおっしゃっていましたが、最近の宮廷のご飯はそんなに酷いのですか?」

「ああ、その件ですね。似たようなことを咲夜様も言っておられましたよ。美津子様もやはりお気づきでしたか」

「あなたも咲夜様から聞いていたのですね」

「ええ。何なら私も彼女の調査の一部に付き添ったことがありますよ。穀物庫は大蔵省の管轄ですので、陛下と一緒に許可を貰いに行きました」

「何かお調べになられているのですね」

「ええ。そうみたいですね」

美津子は知らなかったが、咲夜は穀物庫の何かを独自に調べているらしい。

それにしても、神祇伯は表情を悟らせない男だと美津子は思った。

彼はいつ見ても麗しい笑顔を保っている。

「お二方、誰について話していらっしゃるの?」

声をかけられ、美津子は振り向く。そこにいたのはなんと後宮の最高権力者。皇太后であった。

「これは、皇太后様。このような処にてお目にかかりますとは誠に恐れ多く存じます」

神祇伯と美津子の二人は平伏する。

「いえ、いいのよ。面を上げなさい」

皇太后は穏やかな笑みを浮かべている。

「咲夜という娘だったかしら。あの子は心が優しい子だから、野狐にも優しくしてしまうのは欠点だわ。あのような獣に構う暇があれば、千代様にお会いするべきだというのに」

少しも笑みを崩さず、少しも息を切らさず、皇太后は平坦にそう告げる。

美津子は恐ろしさのあまり何も言えなかった。

「この国にはね、昔から伝わる伝説があるの」

子供に昔話を読み聞かせるようにゆっくりと、皇太后は続ける。

「その娘を娶れば、どんなに傾いた家でさえかつての栄華を取り戻し、蔵には黄金が満ちるという。一族の衰退を拒み、栄華をもたらす。それこそが『天命の神子』と呼ばれるもの。そして今代の神子は岩永家の千代様で間違いはない。私の見立てでは、そのはずなの」

「確かに、岩永家より格上の家はありませんから、その点で言えば、千代様が今代の天命である可能性は極めて高いと言えますね」

皇太后の言葉に頷く神祇伯。

「そうでしょう。そうでしょうとも。その点、美津子様。あなたは偉いわね」

「……私ですか?」

美津子は急に自分に話が回ってきて、驚く。

「あなたは女狐と違って、あの子と千代様の仲を邪魔していない。あの子と余計に触れ合わず、ちょうどよい距離感を保てている。それだけで素晴らしいわ」

「……はあ、そうですか。ありがとうございます」

「全く、あの女狐にもあなたの爪の垢を煎じて飲ませたいものね」

そう吐き捨てて皇太后はどこかへ歩いて行った。美津子は嵐が通り過ぎたように感じた。圧が強すぎて、美津子は何か言い返すどころではなかった。