赤い翡翠と緑の硬玉〜ある側室の一年〜

帝たちは昼過ぎには御殿を出て行った。

「そういえば、観桜の宴の美津子様の詩。私は素晴らしいと思いましたよ」

去り際に神祇伯が言っていたことを美津子は思い出す。周りにとってはどうだか知らないが、美津子にとって、あの詩は自信作であったので。褒められた美津子は少し嬉しくなった。

そして御殿には美津子と咲夜が二人、残される。

「せっかくだから、夕餉も私の部屋で食べていくといいわ」

「よろしいのですか?ではお言葉に甘えて」

その日の晩、美津子と咲夜は一緒に夕餉を取る。

今日の美津子の御殿の夕餉は、白いご飯に鯛を中心とした十品ほどとなっている。

「わぁ、こんなに真っ白なごはんなんて生まれて初めて見たかもしれません」

「そうなの?いつも実家から送られてくるからそんなに貴重なものだとは思っていなかったわ」

「お魚も鯛なんて、まるでおとぎ話のようですね」

咲夜は嬉しそうに食べている。美津子はそれを微笑ましく見守る。

「あなたはいつも、何を食べているの?」

「私はいつもは雑穀の粥とか、山菜や川魚とかを食べます。でも、それにしてもこのご飯は本当に美味しいですね。いつもの雑穀とは大違いだ」

「いつもの雑穀はそんなにひどい味なの?」

「ええ。宮廷からご飯を頂いている身で贅沢は言えませんが、パサパサで変なにおいがします」

「それは雑穀だからということ?」

「いいえ。私が故郷で食べていた雑穀はそのような変なにおいはしませんでした」

咲夜は怪訝そうな顔をする。どうやら宮廷の食糧事情に疑念を抱いているらしい。

「宮廷の穀物庫に何かあったのかしら」

「その可能性はありますね」

けれど今はまだ疑念の段階である。具体的に何があったかは分からないし、証拠など何もない。

やがて夜はやってくる。二人はそれぞれの部屋で眠った。

桜は散り、そして夏がやってくる。

木々はより青く、夏の強い日差しに照らされてくっきりと濃い影を作る。

庭にむした苔は水を打たれてなお黒い。

池の蓮は白い花を咲かせ、風が水面を波立たせる。

人々は暑さを避けるため、日の当たらぬ木陰や建物の影を好んで行き交う。

その中でひときわ目立つ存在。日の当たる場所を堂々と闊歩する者たち。

彼らは都を守る者。兵衛府の武官たちだ。

宮廷の庭を我が物顔で闊歩する彼ら。

彼らを実質的に支配し、権力を与えている者は兵衛府の長官。彼こそが側室、千代の実父である。

つまり岩永家はこの国の軍事そのものといえるだろう。

「暑いですね。神祇伯様」

「草木がよく茂りましたね、美津子様。兵どもも賑やかで何よりです」

こんな日は暑くて何もやる気が出ない。美津子は偶然廊下で出会った神祇珀と一緒に庭を眺めていた。