歌姫デリート

 それからは楽曲制作に没頭した。他にも自分で曲を作っている人を参考にしながら、自分の気持ちや思いをメロディーに乗せて形にする。曲を作れば作るほど、再生回数はぐんぐん伸びていった。
 みんなが私の歌声を聴いてくれている。覆面シンガーなので友達に正体はバレていないけど──最近では私の通う高校でさえ、その話題で持ち切りになるほど。練習場所も、いつしか一人でカラオケへ行くようになった。愛用するボイスレコーダーとパソコンを持ち込んで、放課後にひたすら歌い続ける日々。そんな毎日が、私にとって至福の時間だった。
「歌うって、楽しい。本当に楽しい──」

 そんな生活を数ヶ月送っていたある日。
 曲の編集作業をしている途中で、パソコンに一通のメールが届く。キーボードを叩く指を一旦止めて、ドリンクバーで注いだジュースを片手に内容を確認する。
[ナナセさん、あなたをスカウトしたい。近日中にお話しできませんか?]
 スカウト。その四文字に、口に含んだジュースを思わず吹き出そうになった。誰もが一度は耳にしたことのある、大手音楽事務所からのオファー。こんな状況、心躍らずにはいられなかった。編集作業の画面を閉じて、メールに記された文章を熟読する。
「え、本当……? 私が……?」
 このスカウトの話を聞いてしまったら──おそらくもう、後戻りはできない。「お願いします」と言ってしまう自分が簡単に想像できてしまったからだ。
 だけどこれは、自分の歌が評価された証拠。さらにたくさんの人に聴いてもらえるチャンス。その事実を目の前に、胸の高鳴りが抑えられなかった。

 もし事務所へ所属することができたら、歌手としてスターダムへの階段を駆け上がることができるかもしれない。そう思って、顔出しはしないことを条件にオンライン通話で話を聞いてみることにした。

   *

「明日奈さん──って言うんですね。どうしてナナセという名前で活動を?」
「名前、ですか?」
 お互い軽い挨拶を済ませた後、真っ先に問われたのはそんな質問だった。
 連絡を貰った数日後、事務所のマネージャーである今枝 萌という女性から連絡が来た。パソコンの向こう側に映る、カジュアルなスーツ姿の今枝さん。年齢は二十台半ばといったところか。私は顔を伏せているけど、今枝さんの顔は私に見えている。まずはラフな会話から、やり取りが進んでいく。
「えっと……深い意味は無いんですけど。最初の曲を作った日の夜、部屋の窓から"北斗七星"が見えて」
「北斗七星?」
「はい。昔、理科の授業で聞いたんですけど、北斗七星って日本中で一年中見える星座らしいんです。七星の読み方を少し変えて、ナナセ。いつでも、どの空からも、みんなを照らす星みたいになれたらいいなって思って──」
「ははっ……だから七星(ナナセ)なんだね。なるほどなるほど──」
 そう言って、腕を組みながらうんうんとゆっくり頷く今枝さん。微かに笑みも浮かべている。次の言葉が思い浮かばず、しばらく沈黙が流れしまい気まずさを感じてしまう。

「あの……今枝さん、やっぱり変でした?」
「あ、苗字で呼ぶの禁止ね。さん付けもダメ」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
「どこが『深い意味は無い』なのよ──充分深いじゃない。即席でこれだけ思いを込められるなんて、誰にでもできることじゃないわ。やっぱりあなた、才能あるわよ」
 そう言うと、今度は満面の笑みを浮かべる。こちらまで嬉しくなってしまうほどの言葉と、柔らかい笑顔。向こうには伝わっていないけど、私もニヤけが止まらなくなっている。

「私の目に狂いはなかったわ。良ければ私達と一緒に、音楽やってみない?」
 そう私に問いかける、彼女の真剣な眼差し。またしても胸が大きく高鳴った。
 自分がどこまで輝けるか挑戦してみたい。やっぱり私は──自分で予想していた通りの言葉を最後に放ってしまった。
「ぜひ、よろしくお願いします」