光岡くんとは同じ窓



「え? 光岡くん?」
 自分の席に戻ると、一緒にお弁当を食べる友人に聞いてみた。
 光岡くんが同級生全員と写真を撮ろうとしているけれど、どう思う、って。
「変なこと始めたけど、まぁ、光岡くんだしね」
「ねー」
「え。光岡くんだしねって……」
 わたしはよく分からなくて、お弁当をつつく箸を止めた。すごく呆れているような口ぶりだ。光岡くんだから同級生全員と写真を撮ろうとすることは不思議じゃないだなんて、誰が思うだろう。
「だって、光岡くんいつもヘラヘラしているでしょ」
「そうそう。一年の文化祭のとき笑いながら、クラスの出し物強引に決めちゃったんだよね。楽しかったけど、他にやりたいこともあったって、みんな文句言っていたよ」
 いつも笑顔なことはいいことじゃないかと思うけれど、二人は一年のときも光岡くんと同じクラスだったみたい。光岡くんは真面目な子とは相性が悪いようだ。
「一年の文化祭は何をしたの?」
「それがお化け屋敷でね。もう、準備から本番からずっと大変で」
 二人の苦労話を聞くのは楽しかった。所々に光岡くんの無茶ぶりする話が出て来て、新たな一面を知れた気がする。
 放課後、音楽準備室に行く足取りはやはり軽い。荷物を置いて、楽器ケースからホルンを取り出して音楽室へ移動する。先に来ている部員はいない。わたしが一番乗りだ。
 合奏ではないので、パートで集まるか、自主練だ。他のホルンの部員が来るかは分からない。椅子を一脚持って、窓際に置く。窓を開けると、細かな光と一緒に緩やかな風が入って来た。長い髪をシュシュで無造作に結い上げて、立ったままホルンを構える。
 ホルンの音が出てくるベルは後ろを向いている。音を出すと自然と音は後ろに出る楽器だ。マウスピースに口を付けて、美しい音色をイメージして課題曲の一節を吹く。
 柔らかく低い音がわたしを包み込む。中学生からホルンを吹いているけれど、これまでで一番心地よく感じた。
 まるでわたしが世界の中心にいて、音色を風に乗せて世界中に届けているようだ。もちろん錯覚だけど、その世界の裏には光岡くんがいる気がした。
「……わたし、やっぱり」
 マウスピースから口を離す。同時に背後でドアノブが動く音が鳴った。
「あれ? 米原さん、早いね」
 トランペットを持った部員が入って来た。
「あ。えっと、早く吹きたくて」
「そうなんだ」
 深く突っ込まれなかったことを喜んでいる反面、残念にも思う。とてもいい音を出せたから感想が聞きたかった。
「あ! 米原さん。昼休みに撮った写真見る?」
 わたしの返事も聞かずにスマホを見せてくる。見たと同時に、ぷっと噴き出してしまった。
「すごい変顔!」
 光岡くんと二人、斜め上を見て舌を出している。
「光岡くんっぽいよね。本人は普通に笑っているのがいいって言っていたけれど」
 やっぱり、わたしの中の光岡くんのイメージとは違うみたいだ。吹奏楽部の練習はパートごとに行われる。
 ホルンを吹く先輩と後輩。それと、わたし。三人全員が集まった。ホルンは吹奏楽部でも地味な楽器だ。それでも立候補して集まったからには、真面目な人ばかりだ。自由練習の中でも、集まりがいい。
 一時間ほど練習すると、部員たちはパラパラと解散し始めた。
「わたしたちも終わろうか」
 先輩がひと言言って、楽譜を畳み始める。わたしも同じように楽譜を畳んで、立ちあがった。
「ありがとうございました」
「先輩、さよなら」
 先にドアに向かう二人に手を振る。
 窓際でひとり吹いたときのように、パート練習もいつもより調子が良く、先輩にも褒められた。とても、気分がいい。
 一つに結んでいるシュシュを外して、開けた窓を閉めようと近づく。すると、窓の外からバスケットボールをドリブルしている音が聞こえてきた。
「行ったぞ、光岡ぁ!」
 思わず窓に伸ばした手を止める。下を見ると、バスケットゴールの周りを男子が走り回っている。人数が足りているようには見えないけれど、3on3というやつだろう。
 金網と樹木があって良く見えない。動きも速くて、どの男子が光岡くんか分からなかった。少しだけ声が聞こえる。それが確かにそこに居るという証明で、それが分かる自分がどこか誇らしい。
 でも――、とふと気づいた。
 部活が始まる前に、ホルンを吹いたとき。まるで光岡くんが世界の裏側にいて、そこまで音が届けられるような気がした。
でも、現実はそうじゃない。
 本当の距離は、三階の窓からバスケットコートを見下ろしている。わたしからは見えそうで見えない。光岡くんからは絶対に見えない。
 そんな距離が、わたしと光岡くんの間にはある。それでもまだ近い方で、光岡くんは転校してもっと遠くへ行く。
 遠くへ行ってしまっても、光岡くんへ音が届くようにホルンを吹けるだろうか。
 届けなくてはと思えるだろうか。