光岡くんとは同じ窓



 下駄箱で待っていて、光岡くんはそう言った。玄関の前は部活に行く生徒や下校する生徒たちがたくさん行き交っている。
 下駄箱と下駄箱の間は、そう広くはない。ただ立っていると邪魔になる気がする。
 上履きを靴に履き替えて、広い外で待つことにした。玄関の周りには植え込みがあり、その先は校庭だ。
「佐伯さんだ……」
 校庭では陸上部が部活の準備をしていた。佐伯さんは短いパンツのユニフォームを着て、準備体操をしている。真剣な眼差しだ。
 きっと明るい太陽のような光岡くんと佐伯さんは、みんながお似合いだと思っている。わたしみたいな常に薄い木陰の中にいるような女子とでは、つり合いは取れない。
 勇気を出して来たのに、佐伯さんを見ただけでみるみるうちに沈んでいく。これでは光岡くんと写真を撮るときも凝り固まった顔をしてしまうだろう。
「勇気、どうやったら出るかな……」
「なに? 米原さん陸上部に入るの?」
 わたしは驚いて、勢いよく首を回して振り返ってしまった。不思議そうな顔をした光岡くんが鞄を持って立っている。
「二年の途中から入るってなったら、勇気がいるよな」
「入らないよ」
 告白の勇気じゃないことにホッとしたと同時に、わたしが吹奏楽部だということも覚えていないことに落胆した。確か楽譜を持っているときに、いちごミルクを買ってもらったはずだ。
「あ! 光岡くん!」
「どうした?」
「お金、返してないよね」
 光岡くんが転校することの衝撃が大きすぎて、いちごミルクのお金を返していないことを忘れていた。鞄の中を探って財布を取り出す。
「なんのお金?」
「いちごミルクの。はい。これ」
 財布から百円をつまんで光岡くんに差し出した。
「ん」
 すんなり右手で受け取る。きっと小銭の貸し借りなんて日常茶飯事で覚えていないのだろう。ほんの少し、光岡くんの手のひらとわたしの爪の先が一瞬触れる。
 爪の先なんて温もりがあるはずないのに、指先を丸めて大事に握り込む。
 もし、わたしが忘れたままだったら、ほんの一瞬の触れ合いすらなかったのだ。
 光岡くんが転校して忘れてしまっても――
「光岡くん、あのね」
「おっ! 写真撮るか!」
「その前に! 伝えたいことがあるの!」
 思わず声を張ったのは、光岡くんの調子に合わせたら爪の先ほどの勇気がまた吹き飛んでしまいそうだから。光岡くんは驚いて目を丸くしているけれど、そのまま続ける。
「わたし、知っているの。光岡くんが転校するって」
「え……」
 光岡くんは笑顔だったのに顔が曇っていく。やっぱり触れて欲しくないことだったみたいだ。それでも出てしまった言葉を引っ込めることは出来ない。
「偶然、職員室で知っちゃって」
「そっか。バレちゃしょうがないな!」
 八重歯を見せていつものように笑って言うけれど、どこか目が切なそうだ。
「わたし、……光岡くんのことが好きなんだ。いつも笑っていて、元気で。わたしとは全然違う」
「それは元気だけが取り柄ってやつだろ」
 ちゃんと友達としての好きではなくて、異性として好きだと言わないと。
「違う……。わたし、どこにいても光岡くんとちゃんと繋がっていたい。転校した先には会いにはきっと行けないけれど、光岡くんが東京の大学に行くならわたしも行く。どこにいても、ついていくから!」
 光岡くんが瞬きを二回して伝わったことが分かった。もしかしたら笑い飛ばされるかもしれない。誤魔化されるかも。
 それでも、返事が聞きたい。
「……どうかな?」
「あー……、そんな風に言われたこと初めてだからさ」
 いつもの明るい口調と違う。わたしは恐る恐る光岡くんの方を向く。
「なんて言ったらいいか分からないんだけど」
 耳まで真っ赤で口を手で押さえている。勢いで言い切ったわたしも急に恥ずかしくなってきて下を向く。
「米原さんのこと、もっと知りたいって思ったかな」
「……うん!」
 今はそれで十分だ。
「じゃあ、撮るよ」
 わたしと光岡くんは約束通り写真を撮る。二人とも顔がほんのり赤くて、どこか照れくさい顔をしていた。
 そのあと佐伯さんとも写真を撮っていたけれど、何を話していたかは知らない。
 光岡くんは翌月には、みんなに惜しまれて転校していった。転校先は高校生にはすぐには行けないような場所。
 でも、いまもちゃんと繋がっている。転校する前よりも、近くに感じるくらい。
 スマホの写真を見れば同じ窓の中で笑っている。