ハッピーエンドバター

 その日、夢をみた。高校の入学式当日、自信たっぷりに「どんなタイプの人とでも仲良くなれることです!」と言ったわたしが、わたしのプライドと長所が、クラスメイト達から踏み潰される夢。

 身体を横向きにして寝ていたはずなのに、背中にうっすらと汗をかいていた。気持ち悪い。枕元に置いていた携帯の明かりを頼りにクローゼットから新しい寝間着を取り出す。着替えてからすぐにベッドに潜りこんだ。携帯の画面に浮かぶ時刻は、深夜三時を過ぎたばかりだった。明日も学校だ。早く寝よう、と目をつむるけれど、眠れない。瞼の裏で当時の光景が浮かぶ。あの日から約一年、わたしはひとりだった。初日でつまずいたせいでクラスでずっと孤独だった。

 学年が変わるというのは、言わばリセットだった。もう一度チャンスがやってきたのだ。今度こそ最初でつまずかない。友達を作ること、クラスのカーストで上位に君臨しクラスメイト達の頭のなかにわたしという存在を必ず植え付けること。その為に、わたしなりに綿密な計画を立てた。葉山美鈴を二人目の観察対象に置いたのもそれが理由だ。

 高校に入学した当初は皆が慎重だった。誰と仲良くできるのか、その子は派手なのか地味なのか。自分がどのグループに属せるのか、属せたとして力の強いグループに呑み込まれてしまわないか。そんなことを意識的にだろうが無意識的にだろうが、生徒たちは考える。なるべく自分と同じ属性で、なるべく同じカーストの位置で。出来ればより居心地のよい人を。

 まるで引き合わされたみたいにいつしか群れが出来、皆それぞれがクラスや学年で居心地のよい場所をみつける。慎重だった。当然だ。一度間違えれば、高校生活が終わる可能性すらあるのだ。そんな中、葉山美鈴は入学して数カ月で頭ひとつふたつ抜き出ていた。まずあのうつくしさ。教師にすら引けを取らない言葉遣い。そして秋晴れみたいにからっとした性格。全てが相まって、彼女は嵐のように学年全体に存在感を示した。そこに慎重さなど微塵も無かった。当時のわたしは違うクラスだったけれど、彼女の噂を聞かない日はなかった。隣のクラスにね葉山さんって言う子がいるの。もうさ、モデルさんみたいでめちゃくちゃかわいいんだよ。羨ましい。あのスタイル、あの顔。前世でどんな良いことしたらあんな風に生まれられんの。なにそれ、ウケる。
 
 あんな風になりたいと思った。素直に。彼女に近づけば、彼女と友達になれば、わたしもあんな風になれるかもしれないと思った。気付いたら、彼女のインスタを開いていた。最新の投稿。昨日の、夜八時。飼ってる犬と一瞬に顔をアップにして撮ってる。画面に映る彼女の目のうつくしさに吸い込まれそうになる。人差し指と中指で画面を広げた。均整のとれた二重幅の大きな目がくっきりと映る。

 携帯を手にしたまま、よしっ、とベッドから身体を起こした。部屋の真ん中に置いたテーブルを前に座る。メイク道具を引っ張りだし、鏡に映るわたしの目を、新しい葉山美鈴の目へと変えていく。

──あなただけの良さを、あなただけは信じてあげて。

 あの男性の声が脳内に流れる。合言葉は、ハッピーエンドバター。わたしの人生はハッピーエンド。絶対そうなるに決まってる。いや、絶対そうさせるのだ。もう二度と、あんな日々に戻りたくないから。そう思うと眠気もさめた。結局夜が明ける少し前まで、葉山美鈴へと羽化する為の練習をした。鼻歌をうたいながら。