ハッピーエンドバター

 最初の観察対象に置いたのは、同じクラスの図書委員の女の子だった。休み時間はいつも一人で小説を読んでいる物静かな子だ。まずは性格、その子の友人関係、どんなジャンルのタイプの本を好んでいるか。わたしは教室にいる間ずっとその子のことを観察していたが、やはり彼女のようなタイプは自身の情報を無闇には出さない。だから、SNSから仕入れることにした。彼女のインスタアカウントには幾つかの本の写真と、手のひらを本に載せている写真ばかりあった。これでは好きな本のジャンルはわかっても、彼女の中身まではみえない。どうしよう、と試行錯誤した結果、わたしはついに打開策をみつけた。彼女が投稿している写真と寸分違わない写真を撮影するのだ。同じ場所、同じ状況で、彼女がそのときどんな気持ちで撮影していたのか。それらに意識を向けながら細部まで拘り何枚も何枚も撮影すると、わたしはいつのまにか彼女になりきっていた。そうすることで彼女の胸の内に心を寄せられる気がした。本を読むことは好き。一人でいることも好き。でも、ずっと一人でいたいわけじゃない。これが、彼女の中身だった。それから一ヶ月でわたしは彼女と仲よくなった。彼女の求めている空気感を身に纏い、彼女が求めている適度な距離感を保ちながら、わたしはゆっくりと彼女の心へ手を伸ばしていった。

 今回のターゲット、葉山美鈴を次の観察対象に決めたのは今から数週間前のことだ。彼女はわたしと同じ高校に通う、学年一、二を争うような綺麗な女の子で、尚且つ相手が誰であろうと物怖じせずにはっきりと意見を言う意思の強さも垣間見える為、彼女は学年という大きなピラミッドにおいてもカーストトップの位置に君臨していた。類は友を呼ぶというが、彼女の周りにいる女の子たちも皆綺麗で、男子たちはいつも遠巻きに彼女達に視線を送っていた。凛とした姿勢に鈴のような高い声で溢す綺麗な笑み。今までわたしの周りにはいなかったタイプだ。わたしは何がなんでも彼女たちのグループに入りたいと決意した。その為には、リーダーに取り入るのが一番手っ取り早い。そう、葉山美鈴だ。

 数日後、登校してからわたしはすぐに鞄を置き、隣のクラスをひっそりと覗きにいった。いよいよ計画に入る準備が整ったのだ。ちょうど葉山美鈴が教室から出ようとしていた。恐らくトイレ。すぐに声をかける。

「あの、葉山さんだよね?」

 葉山美鈴は目を丸くする。アイラインがひかれた大きな目が更に大きくなり、すっと伸びた鼻筋はみたこともないくらいかたちが整っていた。近くでみて改めて思う。葉山美鈴は、綺麗だ。

「ごめんね、いきなり引き止めて。わたし葉山さんに凄く憧れてて」
「え」
「勝手にインスタとかも毎日みててさ。ごめんね気持ち悪いよね」

 ここであえて自分をさげる。そうではないと、相手に否定させる為だ。

「そんな風に思わないけど」

 予想通りだ。

「ってか今みたいに言われて気持ち悪いって言う子とかいるの」
「分かんない。けど、葉山さんがそうじゃなかったらいいなって思ってた」
「そう。じゃあ良かったね、全く思わないから。写真撮るのけっこう好きなんだよね私」

 葉山美鈴を観察していて分かったことがある。彼女は、一日に十枚も二十枚も自撮りを撮る程に自分が大好きだということ。だから今回は彼女の求める友達像になるのではなく、彼女自身として前に立つことにした。まるで映し鏡のように。雰囲気も話し方も全てが彼女。葉山美鈴はきっと、自分を愛するようにわたしのことも好きになってくれる。そう信じていた。

「クラスどこ? あと、名前聞いてもいい?」

 葉山美鈴は胸元まで流した髪を触りながら言った。そのタイミングでわたしも同じように指先で髪に触れる。

「わたし、隣のクラスの三澄莉子」

 今の自分に出来る最高の笑みを浮かべると、鏡を映すように葉山美鈴は笑った。