母はわたしのことを変な子と言ったが、子供の頃からわたしは常に真ん中をいくふつうの子供だった。ひとつのクラスが25人だとしたら、わたしの成績はだいたい12位から13位の位置に必ず収まる。どれかの科目が秀でることもなく、各科目事にクラスの平均的を叩き出すのがわたしの常だった。運動もそう。徒競走のタイムは下から数えても上から数えてもだいたい同じ位置。好きな科目は? 数え切れないくらいに聞かれたこの質問。わたしは毎回「ありません」と答えた。嫌いな科目は? ありません。だって全部横並びだから。
三者面談の時、担任教師は母にこう言った。
「よく頑張っていると思います」
小学校の時も、中学の時も、それから高校に入ってからだって、学年が変わる度に担任は変わるのに毎回似たようなことを口にした。裏を返せばそれ以外に大して言うことがないのだろう。わたしが、あまりにも真ん中過ぎるから。担任はそんな時、慈悲に満ちた笑みを浮かべた。花丸はあげれないけど、まあ丸はあげてもいいかっていう教師の情けが、返却された答案用紙にインクと一緒に混じってる感じだ。でも、そんなわたしにも中学三年の時の担任から一度だけ褒められたことがあった。
──誰とでも仲よく出来る心の優しい子だと思います。
通知表に書かれその言葉は、海辺でみつけた綺麗な貝殻や手紙が入ったガラス瓶みたいに輝いて思えた。思い当たる節は確かにあった。たとえば休み時間の間にひとりで小説を読んでいる子、たとえば授業中などお構いなしにくだらない冗談を吐いてクラスメイトを笑わせるお調子者、たとえば推し活に夢中な女の子。わたしはどんな人でも、どんなグループでも何かしらの会話の糸口をみつけ、その子の、あるいはグループの空気感に同調し溶け込んでいくことが出来た。常に真ん中をいっていたわたしが唯一他の人よりも秀でている部分なのかもしれなかった。
だが、高校の入学式で、真新しい制服を着たクラスメイト達の前で自分の長所を述べる機会があり、わたしは自信たっぷりに「どんなタイプの人とでも仲よく出来るところです」と言うと、どこからか「それってさ、人にあるはずの好き嫌いがないってことじゃん。逆に言えば自分を持ってないってことだよね?」と声が聴こえ、追いかけるようにひかえめな笑いが起き、「無属性ってやつ?」と続いた。わたしはその瞬間身体の震えがまらなくなり、ついには泣き出してしまった。唯一わたしが人より優れていると思っていたところをまるでアリを踏み潰すみたいにいとも簡単に否定されたのだ。それも、高校生活で最も大事と言っても過言ではない初日で。自分を持ってない。無属性。真ん中。平均。プラスでもマイナスでもない、ゼロの位置。もう、いい。わたしなんて、とそれから一年間学年が変わる少し手前まで塞ぎ混んでしまった。
毎日家と学校を往復し、家に帰ってからは携帯を開いて動画投稿サイトをみる日々が続いた。芸能人の日常、大好きなインフルエンサーのメイク動画、人類未到達の深海の神秘や、都市伝説などとジャンルなどお構いなしに動画漬けの日々を送っていた。ある日、一つの広告が流れてきたのはそんな時だった。画面の中央にはスーツ姿の男性が立っていて、背景には風に揺れる木々と陽の光を弾く平原が映っていた。動画の再生中によく流れてくる、いつものどうでもいい広告だと画面右下のボタンを押そうとした時、「人生は、バターです!」と男性にしてはいやに甲高い声が鼓膜に触れた。いや、バターって何? とスキップボタンを押せずにいると、どうやら人生はバターのように時間と共に溶けていくが、その溶け方はその人がこれから先どう人生を送っていくかによって決まるという旨を話していた。
「だから、今人生に悩んでる人はよく聞いて! 悩んでもいいんです! 足を止めてもいいんです! でも、それから先の日々が大事。これ本当ね? 誰にでもその人にしかない良さがあります。この世に生まれ落ちた瞬間、生きている意味がない人なんていません! 他の誰でもない、あなただけはあなたの良さを信じてあげて! 幸せは思ってもいなかった日常の欠片に溶け込んでいるものです。それを自分から掴みにいくのです。そしたら、ハッピーエンドは自ずと引き寄せられます。さあ、僕と一緒に頑張りましょう! 人生をあなた自身の手で輝かせましょう! 皆さん、いいですか? 合言葉は、ハッピーエンドバターです! 気になった方は動画の概要欄に──」
見終わった瞬間、これだと思った。彼が何者なのかは分からない。でも、その時のわたしにとっては救いのような言葉だった。合言葉は。
「ハッピーエンドバター!!」
気付いたら部屋の中でひとり叫んでいた。わたしにしか出来ないこと。わたしが生きる意味。それは、どんなタイプの人とでも仲よく出来る事だ。もしかしたらそれが、回り回って世界平和に繋がるかもしれない。
「ハッピーエンドバター!!」
両腕を突き上げ、わたしは唯一人より優れている部分を更に伸ばすことに決めた。まず、計画を立てた。今までは成り行きで誰彼構わず仲よくしていたが、それでは今までと変わらない。だから観察対象となる人物、あるいはグループを一つ決め、ありとあらゆる情報を仕入れてからターゲットに接近することに決めた。それから先は簡単だ。無属性のわたしに唯一出来る事。相手の属性に自分の属性を同化させる。
三者面談の時、担任教師は母にこう言った。
「よく頑張っていると思います」
小学校の時も、中学の時も、それから高校に入ってからだって、学年が変わる度に担任は変わるのに毎回似たようなことを口にした。裏を返せばそれ以外に大して言うことがないのだろう。わたしが、あまりにも真ん中過ぎるから。担任はそんな時、慈悲に満ちた笑みを浮かべた。花丸はあげれないけど、まあ丸はあげてもいいかっていう教師の情けが、返却された答案用紙にインクと一緒に混じってる感じだ。でも、そんなわたしにも中学三年の時の担任から一度だけ褒められたことがあった。
──誰とでも仲よく出来る心の優しい子だと思います。
通知表に書かれその言葉は、海辺でみつけた綺麗な貝殻や手紙が入ったガラス瓶みたいに輝いて思えた。思い当たる節は確かにあった。たとえば休み時間の間にひとりで小説を読んでいる子、たとえば授業中などお構いなしにくだらない冗談を吐いてクラスメイトを笑わせるお調子者、たとえば推し活に夢中な女の子。わたしはどんな人でも、どんなグループでも何かしらの会話の糸口をみつけ、その子の、あるいはグループの空気感に同調し溶け込んでいくことが出来た。常に真ん中をいっていたわたしが唯一他の人よりも秀でている部分なのかもしれなかった。
だが、高校の入学式で、真新しい制服を着たクラスメイト達の前で自分の長所を述べる機会があり、わたしは自信たっぷりに「どんなタイプの人とでも仲よく出来るところです」と言うと、どこからか「それってさ、人にあるはずの好き嫌いがないってことじゃん。逆に言えば自分を持ってないってことだよね?」と声が聴こえ、追いかけるようにひかえめな笑いが起き、「無属性ってやつ?」と続いた。わたしはその瞬間身体の震えがまらなくなり、ついには泣き出してしまった。唯一わたしが人より優れていると思っていたところをまるでアリを踏み潰すみたいにいとも簡単に否定されたのだ。それも、高校生活で最も大事と言っても過言ではない初日で。自分を持ってない。無属性。真ん中。平均。プラスでもマイナスでもない、ゼロの位置。もう、いい。わたしなんて、とそれから一年間学年が変わる少し手前まで塞ぎ混んでしまった。
毎日家と学校を往復し、家に帰ってからは携帯を開いて動画投稿サイトをみる日々が続いた。芸能人の日常、大好きなインフルエンサーのメイク動画、人類未到達の深海の神秘や、都市伝説などとジャンルなどお構いなしに動画漬けの日々を送っていた。ある日、一つの広告が流れてきたのはそんな時だった。画面の中央にはスーツ姿の男性が立っていて、背景には風に揺れる木々と陽の光を弾く平原が映っていた。動画の再生中によく流れてくる、いつものどうでもいい広告だと画面右下のボタンを押そうとした時、「人生は、バターです!」と男性にしてはいやに甲高い声が鼓膜に触れた。いや、バターって何? とスキップボタンを押せずにいると、どうやら人生はバターのように時間と共に溶けていくが、その溶け方はその人がこれから先どう人生を送っていくかによって決まるという旨を話していた。
「だから、今人生に悩んでる人はよく聞いて! 悩んでもいいんです! 足を止めてもいいんです! でも、それから先の日々が大事。これ本当ね? 誰にでもその人にしかない良さがあります。この世に生まれ落ちた瞬間、生きている意味がない人なんていません! 他の誰でもない、あなただけはあなたの良さを信じてあげて! 幸せは思ってもいなかった日常の欠片に溶け込んでいるものです。それを自分から掴みにいくのです。そしたら、ハッピーエンドは自ずと引き寄せられます。さあ、僕と一緒に頑張りましょう! 人生をあなた自身の手で輝かせましょう! 皆さん、いいですか? 合言葉は、ハッピーエンドバターです! 気になった方は動画の概要欄に──」
見終わった瞬間、これだと思った。彼が何者なのかは分からない。でも、その時のわたしにとっては救いのような言葉だった。合言葉は。
「ハッピーエンドバター!!」
気付いたら部屋の中でひとり叫んでいた。わたしにしか出来ないこと。わたしが生きる意味。それは、どんなタイプの人とでも仲よく出来る事だ。もしかしたらそれが、回り回って世界平和に繋がるかもしれない。
「ハッピーエンドバター!!」
両腕を突き上げ、わたしは唯一人より優れている部分を更に伸ばすことに決めた。まず、計画を立てた。今までは成り行きで誰彼構わず仲よくしていたが、それでは今までと変わらない。だから観察対象となる人物、あるいはグループを一つ決め、ありとあらゆる情報を仕入れてからターゲットに接近することに決めた。それから先は簡単だ。無属性のわたしに唯一出来る事。相手の属性に自分の属性を同化させる。

