ハッピーエンドバター

 学校を出てからすぐに電車に乗り、家の近くを流れている川にかかった橋の下で、二人横並びになって座った。櫂とわたしは幼稚園から一緒だから家も近い。この川にだって子供の頃に何度も来た。

 川のせせらぎを聴きながら、わたしはこの数日間にあった出来事を全て話した。聞き終えたあと「なるほどな」と櫂はぽつりと呟いた。

「お前はお前なりに悩んで苦労してたんだな。ごめんな、こないだは。キツイ言い方して」
「ううん。わたしもごめん」

 言ってから、また先を越されてしまったと思った。いつも仲直りのきっかけは櫂だったから今回だけはと思っていたのに。そんなことを考えていると「まあでもあれだな」と櫂がふいに立ち上がった。

「葉山美鈴みたいになりたいって気持ちは分からなくもないけど、友達が欲しいから葉山美鈴になりたいってさ、だいぶ遠回りっていうか、小狡いっていうかさ、そんな感じで接されても誰も友達になりたいって思わなくね?」

 櫂はわたしには目をやらずにみずが流れ落ちる川をみながら言った。わたしはそれを見上げるようにしてみていた。櫂の上に、抜けるような澄んだ空が広がっていた。久しぶりの晴れ空。

「他人は他人だろ? っていうか、人それぞれだろ? 葉山美鈴には葉山美鈴の、お前にはお前のいいとこがある。で、それが受け入れられる奴とだけ友達になればいい。要は量より質だろ? 友達の数の多さじゃなくて、誰と、どれだけそいつと一緒にいたら楽しいか居心地いいかが重要じゃねえの? 極論そんな奴が一人でも周りにいたら人生なんて楽しめるだろ? まだいないなら、その一人をみつけたらいい。たった一人だ。なんかお前さ難しく考え過ぎなんじゃねえの? 少なくとも俺はお前が葉山美鈴みたいになろうとする前からずっと友達だと思ってたけど」

 言ってから照れ臭くなったのか途端に「腹減ったあ。せめて昼飯食ってから学校飛び出せば良かったかな」などと呟いている。そんな櫂をみながら、ああそうかと気付いた。わたしは櫂の良いところが好きで、櫂は櫂でわたしには分からないわたしの良いところを好きで友達でいてくれるのか。思えばわたしは、去年一年がトラウマになっていたけれど、中学や小学校の頃にはちゃんと友達がいた。あの動画の男性の言葉がふいに頭に浮かぶ。

──誰にでもその人にしかない良さがあります。

 そうか、と思う。誰にでもその人にしかない良さがある。それは作り上げるものじゃないのだ。どの属性にも同化出来るのがわたしの特技だなんて馬鹿みたいだ。違う。そんなことを考え始める前からわたしは誰とでも仲良く出来た。無属性だと言われてからそれを呪いみたいに自分に自分で課していたのかもしれない。おかしくなっていたのかもしれない。あの動画をみて、勝手に勘違いしていたのはわたしの方だった。

 確信した瞬間、ポケットが振動した。携帯の画面には葉山美鈴の名が表示されている。もう三度目だった。時間的についさっき昼休みに入ったばかりだ。

「櫂」

 呼びかけた。櫂が陽だまりみたいな笑みを浮かべている。

「電話、出てやれよ。合わないなら合わないでいいじゃん。世界に人間なんて他にも沢山いる。っていうか、少なくとも俺は友達だろ? あっ、幼馴染か。まあどっちにしろ、もし葉山美鈴までお前を遠ざけるようなら、いよいよお前と友達でいれる俺は最強で最高って事になるから嬉しいけど」
「何言ってんの」

 馬鹿みたいな言い草に思わず笑ってしまう。けれど、少しだけ気持ちが軽くなった。携帯に指を滑らせ耳に押し当てる。自然と名を呼んでいた。

「美鈴」