翌日の学校は、気分爽快で登校した。あのヘアブラシを父がネットで買ってくれたのだ。渋々といった様子だったけれど、母が説得してくれたらしかった。わたしは心からの感謝を二人に伝え、風のような速さで家を飛び出した。早く。早く葉山美鈴や皆に伝えたい。わたしも買って貰ったよーって。そしたら、そしたら、わたしも輪のなかに入れる。
朝の朝礼前、葉山美鈴たちが登校してくるのを廊下で待ち、きらきらとしたオーラを纏いながら歩いてくる彼女たちを見かけた時「ねえ、聞いて!」と声をかけた。
「わたしもあのヘアブラシ買って貰ったの!いやあ、最初お母さんに言った時は渋られたからどうなるかと思ったけど、最終的にはお母さんがお父さんを」
嬉々として昨夜のことを説明している内に葉山美鈴の後ろにいる四人の顔がひきつっていくのが分かった。
「どうしたの」
「どうしたのってあんたまじでそれ言ってる? 昨日その事でうちら険悪な感じになっちゃったのみてたよね? せっかく放課後カラオケいって元に戻ったのに今それ持ち出す? 昨日の今日だよ?」
完璧に忘れていた。そして、それを見抜かれた。四人から氷みたいな冷めた目を向けられる。
「まじでありえないわ。私、空気読めない子って嫌いなんだよね」
一人の女子がわたしの真横を過ぎ去っていった。肩からさげていた鞄がぶつかりよろけてしまう。次いで三人が教室に入っていく。誰も声をかけてくれない。身体を真っ二つに引き裂かれたみたいだった。葉山美鈴も行ってしまうかと思ったが、彼女だけがわたしの前に立っていた。「ねえ」と目があう。
「ひとつ聞かせて? なんでヘアブラシ買ったの? 自分が買いたいと思ったから? それとも私たちと友達になりたかったから?」
「……友達に、なりたかったから」
正直に答えた。だがその瞬間、葉山美鈴はさっきの女子たちと同じ目をした。
「そっ、じゃあ理沙たちの態度にも納得だわ。今の莉子めちゃくちゃダサいよ?」
言い捨てて、ついには葉山美鈴も教室に入っていった。一人廊下に取り残されて、込み上げる感情を抑えきれなくなりそうだった。泣くな、泣くなと目に必死に力を込める。もうすぐチャイムが鳴る。教室に戻らなければならない。朝礼の時に泣いてたりなんかしたら皆に笑われる。わたしは、わたしは、葉山美鈴なのに。そこまで思いかけて、ようやく気付いた。違う。違うんだ。そもそも根っこが違うのだ。わたしは三澄莉子で葉山美鈴じゃない。どれだけ表面上を取り繕ったとしてもわたしは彼女にはなれない。うつくしくもない。努力しても、友達も出来ない。
「三澄どうした。もう始業始まるぞ。お前、なんで泣いてるんだ」
担任だった。すみません、と泣きながら言った。すみません。すみません。ごめんなさい、泣いててごめんなさい。
担任に連れられて教室に入った。最初はどよめいていたクラスメイト達だったが、徐々に薄ら笑いが混じっていく。目ヤバいって。メイク取れてる。黒い涙、誰か拭いてやれよ。パンダみたい。そんな声が聞きたくもないのに聴こえてくる。恥ずかしさと悔しさでわたしは内側から破裂しそうだった。
なんとか一限を乗り越え、逃げるようにトイレにいった。それが間違いだった。扉の向こう側から声が聴こえた。
──私さ、いい加減あの媚売り女無理になってきたんだけど。今朝のやつやばくない?
──分かる。いっつも美鈴の真似してるよね。メイクとかネイルとかまるっきりそのままじゃん。最近口調とかもそっくりだし耳障りでしかないよね? どれだけ真似したってさ、そもそも原型が違うから美鈴にはなれないからね。分かってんのかな、あいつ。
声で分かった。いつも葉山美鈴の周りにいる子たちだった。そして、あいつというのは明らかにわたしだった。声が漏れそうになり両手で抑え、個室のなかで気配を消した。二人が出ていくまで貝殻に引きこもる怯えたやどかりみたいに閉じこもった。また涙が溢れ、わたしは世界で一番不幸だと思った。
──幸せは思ってもいなかった日常の欠片に溶け込んでいるものです。
頭のなかでもう何度も聞いたあの男性の声が鳴り響く。ふざけんな、と携帯を開く。動画投稿サイトを開き、ハッピーエンドバター、と検索をかける。開いた動画のコメント欄に嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきと殴り書きをした。次いで、自分のインスタから鍵を外し、美鈴に〈みてこれ、気持ち悪いでしょ〉とこれまで繋がっていなかった方のインスタのURLを送った。そこにはこれまでわたしが作り上げてきた美鈴の投稿した写真そっくりのわたしが写っている。もうどうでもいい。くたばれこんな世界。わたしもろとも消えたらいい。
泣きながら教室に戻った。既に授業は始まっていた。数学の教師が心配してくる。でも、無視をした。もう構わないでくれ、と心から思った。「莉子」と後ろから声がしたのは、そんな時だった。櫂。まだ昨日のことを謝ってない。櫂には櫂で別の気まずさがある。目を合わせずに「なに? 今授業中」と言った。
「仮病」
ぽつりと櫂が呟く。意味が分からず、えっと振り返ってしまう。笑っていた。少年みたいなあどけない笑み。
「仮病使うか?」
無意識に頷いていた。もう、この空間には一秒でもいたくなかった。よしっと机のなかにあった教材を鞄につめている。ぼんやりとみていると「何してんだよお前も速く詰めろ」と急かされる。両手いっぱいの教材を急いで鞄にいれた。
「先生!」
櫂が声を張り上げた。数学の教師が振り返る。
「俺と莉子は腹痛が凄いので早退します! 以上です!」
瞬間、手を引かれた。教師に有無を言わさぬ間もなく手を引かれ教室を飛び出した。まじかよあいつ。何してんだよ。と、どっと起きた笑い声が背中に突き刺さる。振り返ろうした時だった。「おい」と肩をつかまれた。
「気にすんなって。これくらいで停学にも退学にもなったりしねえよ。あとでこっぴどくキレられるくらいだろ?」
にっと笑う櫂をみながら、自然と頷いていた。
朝の朝礼前、葉山美鈴たちが登校してくるのを廊下で待ち、きらきらとしたオーラを纏いながら歩いてくる彼女たちを見かけた時「ねえ、聞いて!」と声をかけた。
「わたしもあのヘアブラシ買って貰ったの!いやあ、最初お母さんに言った時は渋られたからどうなるかと思ったけど、最終的にはお母さんがお父さんを」
嬉々として昨夜のことを説明している内に葉山美鈴の後ろにいる四人の顔がひきつっていくのが分かった。
「どうしたの」
「どうしたのってあんたまじでそれ言ってる? 昨日その事でうちら険悪な感じになっちゃったのみてたよね? せっかく放課後カラオケいって元に戻ったのに今それ持ち出す? 昨日の今日だよ?」
完璧に忘れていた。そして、それを見抜かれた。四人から氷みたいな冷めた目を向けられる。
「まじでありえないわ。私、空気読めない子って嫌いなんだよね」
一人の女子がわたしの真横を過ぎ去っていった。肩からさげていた鞄がぶつかりよろけてしまう。次いで三人が教室に入っていく。誰も声をかけてくれない。身体を真っ二つに引き裂かれたみたいだった。葉山美鈴も行ってしまうかと思ったが、彼女だけがわたしの前に立っていた。「ねえ」と目があう。
「ひとつ聞かせて? なんでヘアブラシ買ったの? 自分が買いたいと思ったから? それとも私たちと友達になりたかったから?」
「……友達に、なりたかったから」
正直に答えた。だがその瞬間、葉山美鈴はさっきの女子たちと同じ目をした。
「そっ、じゃあ理沙たちの態度にも納得だわ。今の莉子めちゃくちゃダサいよ?」
言い捨てて、ついには葉山美鈴も教室に入っていった。一人廊下に取り残されて、込み上げる感情を抑えきれなくなりそうだった。泣くな、泣くなと目に必死に力を込める。もうすぐチャイムが鳴る。教室に戻らなければならない。朝礼の時に泣いてたりなんかしたら皆に笑われる。わたしは、わたしは、葉山美鈴なのに。そこまで思いかけて、ようやく気付いた。違う。違うんだ。そもそも根っこが違うのだ。わたしは三澄莉子で葉山美鈴じゃない。どれだけ表面上を取り繕ったとしてもわたしは彼女にはなれない。うつくしくもない。努力しても、友達も出来ない。
「三澄どうした。もう始業始まるぞ。お前、なんで泣いてるんだ」
担任だった。すみません、と泣きながら言った。すみません。すみません。ごめんなさい、泣いててごめんなさい。
担任に連れられて教室に入った。最初はどよめいていたクラスメイト達だったが、徐々に薄ら笑いが混じっていく。目ヤバいって。メイク取れてる。黒い涙、誰か拭いてやれよ。パンダみたい。そんな声が聞きたくもないのに聴こえてくる。恥ずかしさと悔しさでわたしは内側から破裂しそうだった。
なんとか一限を乗り越え、逃げるようにトイレにいった。それが間違いだった。扉の向こう側から声が聴こえた。
──私さ、いい加減あの媚売り女無理になってきたんだけど。今朝のやつやばくない?
──分かる。いっつも美鈴の真似してるよね。メイクとかネイルとかまるっきりそのままじゃん。最近口調とかもそっくりだし耳障りでしかないよね? どれだけ真似したってさ、そもそも原型が違うから美鈴にはなれないからね。分かってんのかな、あいつ。
声で分かった。いつも葉山美鈴の周りにいる子たちだった。そして、あいつというのは明らかにわたしだった。声が漏れそうになり両手で抑え、個室のなかで気配を消した。二人が出ていくまで貝殻に引きこもる怯えたやどかりみたいに閉じこもった。また涙が溢れ、わたしは世界で一番不幸だと思った。
──幸せは思ってもいなかった日常の欠片に溶け込んでいるものです。
頭のなかでもう何度も聞いたあの男性の声が鳴り響く。ふざけんな、と携帯を開く。動画投稿サイトを開き、ハッピーエンドバター、と検索をかける。開いた動画のコメント欄に嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきと殴り書きをした。次いで、自分のインスタから鍵を外し、美鈴に〈みてこれ、気持ち悪いでしょ〉とこれまで繋がっていなかった方のインスタのURLを送った。そこにはこれまでわたしが作り上げてきた美鈴の投稿した写真そっくりのわたしが写っている。もうどうでもいい。くたばれこんな世界。わたしもろとも消えたらいい。
泣きながら教室に戻った。既に授業は始まっていた。数学の教師が心配してくる。でも、無視をした。もう構わないでくれ、と心から思った。「莉子」と後ろから声がしたのは、そんな時だった。櫂。まだ昨日のことを謝ってない。櫂には櫂で別の気まずさがある。目を合わせずに「なに? 今授業中」と言った。
「仮病」
ぽつりと櫂が呟く。意味が分からず、えっと振り返ってしまう。笑っていた。少年みたいなあどけない笑み。
「仮病使うか?」
無意識に頷いていた。もう、この空間には一秒でもいたくなかった。よしっと机のなかにあった教材を鞄につめている。ぼんやりとみていると「何してんだよお前も速く詰めろ」と急かされる。両手いっぱいの教材を急いで鞄にいれた。
「先生!」
櫂が声を張り上げた。数学の教師が振り返る。
「俺と莉子は腹痛が凄いので早退します! 以上です!」
瞬間、手を引かれた。教師に有無を言わさぬ間もなく手を引かれ教室を飛び出した。まじかよあいつ。何してんだよ。と、どっと起きた笑い声が背中に突き刺さる。振り返ろうした時だった。「おい」と肩をつかまれた。
「気にすんなって。これくらいで停学にも退学にもなったりしねえよ。あとでこっぴどくキレられるくらいだろ?」
にっと笑う櫂をみながら、自然と頷いていた。

