夕飯はカルボナーラだった。母と二人たまたまつけたテレビでやっていたクイズ番組をみながら食卓を囲んでいた。大好物だったはずなのに、中々食が進まない。わたしはこれから母にお願い事をしなければならなかった。それを思うと口が乾いてばかりだった。ひとくち、グラスに入った水を飲む。
「あのさ、ヘアブラシで欲しいのがあるんだけど」
テレビから笑い声が流れてくる。クイズに答えたタレントが珍回答をしたみたいだ。
「持ってるじゃない」
「いや、そうじゃなくて新しいやつ」
また笑い声。うるさい。うるさいんだよ。リモコンを掴み、素早くテレビを消した。部屋の中が、しん、と静まりかえった気がした。
「そう。じゃあお小遣いで買ったら? ちゃんと渡してるでしょ?」
わたしのお小遣いは月に5000円。でもこれは昼食代も入ってる。最近はお昼を抜き始めたとはいえ、連日櫂と食堂に行ってるしそもそも目標金額には手が届かない。
「買えないの。お金が足りないから」
フォークを使い、パスタを絡めていた母の手が止まる。目が合う。眉間に皺が寄っている。
「足りないって……それいくらするの」
「……税込で6600円」
瞬間、「6600円!?」と母の声が甲高くなる。耳が痛くなった。
「なにそれ、私が使ってるやつより高いじゃない? 高校生がそんな高価な物を使う必要ないの」
「でも」
「でも、何?」
「友達が皆使ってるんだよ。だからわたしもそれが欲しいの。皆が当たり前に持ってるのを使ってないとさ、女子は仲間に入れないっていうか、話についていけなくなっちゃうし」
そう言うと母がついにため息をついた。その少し前から、わたしの胃はしくしくと痛み始めていた。これは難しいかもしれない。もしかしたら買って貰えないかもしれない。でも、ここで買って貰わなくちゃ、いつまで経ってもわたしは輪のなかに入れない。
「ねえ、お母さんお願い!」
テーブルを立ち、母の傍に駆け寄った。
「あのヘアブラシが欲しいのっ! 何でもするから。勉強も頑張るから。誕生日プレゼントもそれでいいから本当にお願い!」
頭を下げる。テレビからまた笑い声が流れてきたのは、そのすぐ後だった。顔をあげると母がリモコンを手にしていた。チャンネルを切り替えてる。
「分かった。そこまで言うなら一応お父さんに言ってみる。誕生日プレゼントだからね? 勉強も真剣にやってね? 分かった?」
自然と笑みが漏れた。鏡をみた訳ではないから分からないけれど、たぶんわたしは満面の笑みだったと思う。やった、やった、と飛び跳ねたくなる衝動をこらえ「ありがとう!」と母の手をとった。
「ご飯、もう食べないのね?」
問われ、目をやった。半分以上残してしまったが頷いた。母はわたしの手を優しくほどき、テーブルのうえにあった食器を下げていった。ごちそうさま、と声をかける。そのまま二階にあがろうとすると「莉子」と呼ばれ振り返った。
「今回だけよ?」
「……うん」
「あと、これだけは覚えといて。そんな小物ひとつで繋がってる友人関係なんて、いつか一瞬で切れちゃうから。本当の友達が欲しいなら心で繋がれる友達をみつけなさい」
それだけ言うと、母は食器を洗い始めた。わたしはしばらく母の横顔をみつめ、その場から動けなかった。
「あのさ、ヘアブラシで欲しいのがあるんだけど」
テレビから笑い声が流れてくる。クイズに答えたタレントが珍回答をしたみたいだ。
「持ってるじゃない」
「いや、そうじゃなくて新しいやつ」
また笑い声。うるさい。うるさいんだよ。リモコンを掴み、素早くテレビを消した。部屋の中が、しん、と静まりかえった気がした。
「そう。じゃあお小遣いで買ったら? ちゃんと渡してるでしょ?」
わたしのお小遣いは月に5000円。でもこれは昼食代も入ってる。最近はお昼を抜き始めたとはいえ、連日櫂と食堂に行ってるしそもそも目標金額には手が届かない。
「買えないの。お金が足りないから」
フォークを使い、パスタを絡めていた母の手が止まる。目が合う。眉間に皺が寄っている。
「足りないって……それいくらするの」
「……税込で6600円」
瞬間、「6600円!?」と母の声が甲高くなる。耳が痛くなった。
「なにそれ、私が使ってるやつより高いじゃない? 高校生がそんな高価な物を使う必要ないの」
「でも」
「でも、何?」
「友達が皆使ってるんだよ。だからわたしもそれが欲しいの。皆が当たり前に持ってるのを使ってないとさ、女子は仲間に入れないっていうか、話についていけなくなっちゃうし」
そう言うと母がついにため息をついた。その少し前から、わたしの胃はしくしくと痛み始めていた。これは難しいかもしれない。もしかしたら買って貰えないかもしれない。でも、ここで買って貰わなくちゃ、いつまで経ってもわたしは輪のなかに入れない。
「ねえ、お母さんお願い!」
テーブルを立ち、母の傍に駆け寄った。
「あのヘアブラシが欲しいのっ! 何でもするから。勉強も頑張るから。誕生日プレゼントもそれでいいから本当にお願い!」
頭を下げる。テレビからまた笑い声が流れてきたのは、そのすぐ後だった。顔をあげると母がリモコンを手にしていた。チャンネルを切り替えてる。
「分かった。そこまで言うなら一応お父さんに言ってみる。誕生日プレゼントだからね? 勉強も真剣にやってね? 分かった?」
自然と笑みが漏れた。鏡をみた訳ではないから分からないけれど、たぶんわたしは満面の笑みだったと思う。やった、やった、と飛び跳ねたくなる衝動をこらえ「ありがとう!」と母の手をとった。
「ご飯、もう食べないのね?」
問われ、目をやった。半分以上残してしまったが頷いた。母はわたしの手を優しくほどき、テーブルのうえにあった食器を下げていった。ごちそうさま、と声をかける。そのまま二階にあがろうとすると「莉子」と呼ばれ振り返った。
「今回だけよ?」
「……うん」
「あと、これだけは覚えといて。そんな小物ひとつで繋がってる友人関係なんて、いつか一瞬で切れちゃうから。本当の友達が欲しいなら心で繋がれる友達をみつけなさい」
それだけ言うと、母は食器を洗い始めた。わたしはしばらく母の横顔をみつめ、その場から動けなかった。

