「……そっかぁ、あのあいじんが。そりゃ驚くな。俺だって全く想像できない」
「うん……」
俺たちは、通りを少し外れたところにある森林公園のベンチに並んで座っていた。黒猫はここまではついてきていない。
こうして二人がけのベンチで三崎くんと横並びになるのは、これで二度目だ。一度目は日が落ちる前だったから、隣の横顔がよく見えた。今ももっとよく見えたらいいのに。月明かりしか当たらない秋の夜闇がもどかしい。
「で、何を話しててそうなったんだ?」
「あ、それは……」
「ん?」
「……」
何て答えたものかと悩んでいると、――三崎くんは、ふっと困ったように笑いだした。
「まぁ、だいたいわかるけどさ」
「え」
「俺のこと相談してたんだろ?」
「……」
今度は普通に笑っている。
「俺も同じことしてたもん」
「え、そうなの?」
「そうだよ。姫ちゃんひでぇんだから。バイトで一緒になるたびに泣きついて慰めてもらってました」
「そうなの!?」
「っていうのは言いすぎだけど!」
「……」
「俺たちずーっとアイツ挟んでボール投げ合ってたんだよ。真ん中に立ってる奴から見たら、さぞ滑稽だったろうな」
「……そうだったんだ…………」
「で、だ」
ケタケタと笑っていた顔が、何かを思案するように月を見上げた。唯一の光源となっている月の光が瞳に映り込んで、夢みたいにキラキラしてる。
「あいじんクンはいつも、姫ちゃんの家にばっかり行きたがってたんだよな?」
「え? うん、そうだけど」
「二人きりになりたいとかではなくてだな?」
「なっ!? ないよっ!! だいたいうちに来ても二人きりになんかなれないし! 兄ちゃんいるんだから!」
はぁっ!? 何言ってんの!? あるわけないじゃんあってたまるかそんなこと!!
「うん、そうだよな。兄ちゃんいるんだよな」
「? うん……」
「なんだ、そっか〜。なるほどなぁ」
そう言うと三崎くんは、なんかすっきりした様子で月に向かって大きく伸びをした。え? ちょっと、なんで1人で納得してんの? 置いていかないでくれない?
「なんか俺たち、みんな同じことで悩んでたんだな」
「もうちょっとわかるように説明してよ」
「いや、そうなると俺の口から言うわけにはいかなくてだな……。でもまぁ、大丈夫だから。心配するようなことは何もないから、安心しろって!」
「っ〜……なんか納得いかないんだけど」
「――じゃあ、逆にこっちから訊いてもいい?」
「……へ?」
急にまっすぐこっちを向くから、思わずどきりとした。
さっきまで夜空を映していた瞳が、今は俺を映している。
月明かりが映らなくなったのに、まだキラキラしたままなのはなぜだろう?
「な、なに……?」
「姫ちゃんはなんで俺のことが好きなの?」
「だってそれは……え? ……え!? なんで知ってんの!?」
「気づくなってほうが無理あると思うんだけど」
「いつから……?」
「最初に振られた少し後くらいかな」
「そんな前から……」
「気づくよ。『だめです』って言いながら、ずっと見てるんだから。俺のこと」
「……!」
咎めるような台詞を言いながら、その目は優しく細められていて、雛鳥が親鳥から無償の愛情を受けているような気持ちになった。雛鳥になったことないからわからないけど。
……なぜだろう。
知られちゃいけないことを知られていたんだっていうのに、なんでそんな気持ちになるんだろう……?
「いつも変な理由つけて拒絶してくるのに、言ってる時必ず、言われてる俺より辛そうなの、わかってないとでも思ってた?」
「それは……」
そんなこと、言わないで。気付かないふりしてて。そんなふうに見ないで……――。
ねえ、いま自分がどんな顔してるか知ってる――?
「姫ちゃんは、いつも自分がどんな顔してるか知ってる?」
「――え?」
「求められてるのってわかるんだよ? ほんとは求めてるのに、必死にだめだって言い聞かせて、物欲しそうに見上げてくる顔がどれだけかわいいかわかってる? そんな顔見せられるたびに抱きしめたくなるの、毎回どんな思いで抑え込んでるかわかる? 1回やっちゃったけどさ」
「え、え……あの、…………」
何を言われているのか理解しようとしても、脳が降参して両手を上げているようでどうにもならない。
「ね、なんで好きになってくれたのか、教えてよ」
「……」
あぁ、もうだめだ。
もう、この目に抗うことができない。
シンデレラよりも強い魔法でもかけられてしまったのだろうか……?
「中学の時、俺はずっと三崎くんに憧れてた。メソメソして男らしくなくていつもみんなの笑いものになってた俺と、三崎くんは真逆だったから。かっこよくて、女の子に気遣いができて、俺より12センチも背が高くて。あんなふうになれたら、俺もからかわれたりしないで済むんじゃないかって……いや、違うな」
真剣に耳を傾けている三崎くんは、一瞬も逸らすことなくじっと俺の目を見つめている。その瞳に月明かりはもう必要なかった。
「あんなふうになれたら……――自分を嫌いにならずに済んだのにって。そう思ってたんだ」
「――」
長い睫毛が僅かに揺れた。俺の好きな人は、やっぱり優しい。
「中庭に誰もいなかった日、あったでしょ? みんな部活中で、帰る人はとっくに帰ってて。俺は校舎に住みついてる子猫の世話してて遅くなったんだけど、三崎くんはなんであんな変な時間にいたの?」
「なんだっけ。校舎に住みついてる校長の世話か何かしてたかな。覚えてない」
「あはは。なにそれ。……それで、誰もいない中庭のベンチに座って、一人でいろいろ考えてたんだ。もう学校休もうかなぁとか、でも兄ちゃんが心配するかなぁとか。そしたら……――」
🕒
『こんなとこで何してんのー』
『え? ……わあっ! み、三崎くん!?』
『そんなに驚くことないだろ。え、俺そんな怖い?』
『いや、あの……そうじゃなくて……』
『ん?』
『……憧れてたから……あ! ごめんなさい! 迷惑だよね』
『なんで迷惑なんだよ? 普通憧れられてたら嬉しいだろ』
『…………やっぱり、三崎くんはすごいね。俺もそんなふうに言えるようになれたらよかったのにな』
『……?』
『三崎くんみたいにかっこよかったら、こんなふうに毎日みんなに笑われたりからかわれたりしないで済んだのに。……あーあ、俺ってなんでこんななんだろうね。へへへ、嫌になっちゃうよ〜』
🕛
こんな話をされたら鬱陶しいだろうなと思った。
三崎くんみたいなキラキラした人が、こんなうじうじした自虐を聞かされたら、俺のことなんて嫌いになっちゃうかもしれないって。
あーあ、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって思った。
誰に嫌われても別にいいけど、三崎くんに嫌われるのはちょっとだけ嫌だなぁって。
そう思ったのに……――。
『なに言ってんだよ! かわいいのは良いことだろ!』
「きみは、そう言ってくれたんだよ」
「――……」
俺も、もう目を逸らさない。彼の瞳の中にいる自分を、しっかり見つめ返す。
この距離は、あの中庭のベンチの距離。
《特別》になったあの瞬間と同じ距離で、いまきみとここにいるんだ。
「かわいいお姫様でいれば、男子校では悪い扱いを受けなくて済むから、不本意だけど別にいいんだって思ってた。思い込んでた。でも、違った。……《かわいい》っていうのは、きみにとって価値のある俺でいられるってことだから。だからこのままの自分でいいんだって思えるようになったんだよ」
覚えてる? あの時、こっちがぽかんとしちゃうくらい真剣な顔で、俺の両手を強く握ってたの。
あれが、初めてきみに触れられた時。
――初めて、他人に触れられて、嬉しいって思った時だった。
「うん……」
俺たちは、通りを少し外れたところにある森林公園のベンチに並んで座っていた。黒猫はここまではついてきていない。
こうして二人がけのベンチで三崎くんと横並びになるのは、これで二度目だ。一度目は日が落ちる前だったから、隣の横顔がよく見えた。今ももっとよく見えたらいいのに。月明かりしか当たらない秋の夜闇がもどかしい。
「で、何を話しててそうなったんだ?」
「あ、それは……」
「ん?」
「……」
何て答えたものかと悩んでいると、――三崎くんは、ふっと困ったように笑いだした。
「まぁ、だいたいわかるけどさ」
「え」
「俺のこと相談してたんだろ?」
「……」
今度は普通に笑っている。
「俺も同じことしてたもん」
「え、そうなの?」
「そうだよ。姫ちゃんひでぇんだから。バイトで一緒になるたびに泣きついて慰めてもらってました」
「そうなの!?」
「っていうのは言いすぎだけど!」
「……」
「俺たちずーっとアイツ挟んでボール投げ合ってたんだよ。真ん中に立ってる奴から見たら、さぞ滑稽だったろうな」
「……そうだったんだ…………」
「で、だ」
ケタケタと笑っていた顔が、何かを思案するように月を見上げた。唯一の光源となっている月の光が瞳に映り込んで、夢みたいにキラキラしてる。
「あいじんクンはいつも、姫ちゃんの家にばっかり行きたがってたんだよな?」
「え? うん、そうだけど」
「二人きりになりたいとかではなくてだな?」
「なっ!? ないよっ!! だいたいうちに来ても二人きりになんかなれないし! 兄ちゃんいるんだから!」
はぁっ!? 何言ってんの!? あるわけないじゃんあってたまるかそんなこと!!
「うん、そうだよな。兄ちゃんいるんだよな」
「? うん……」
「なんだ、そっか〜。なるほどなぁ」
そう言うと三崎くんは、なんかすっきりした様子で月に向かって大きく伸びをした。え? ちょっと、なんで1人で納得してんの? 置いていかないでくれない?
「なんか俺たち、みんな同じことで悩んでたんだな」
「もうちょっとわかるように説明してよ」
「いや、そうなると俺の口から言うわけにはいかなくてだな……。でもまぁ、大丈夫だから。心配するようなことは何もないから、安心しろって!」
「っ〜……なんか納得いかないんだけど」
「――じゃあ、逆にこっちから訊いてもいい?」
「……へ?」
急にまっすぐこっちを向くから、思わずどきりとした。
さっきまで夜空を映していた瞳が、今は俺を映している。
月明かりが映らなくなったのに、まだキラキラしたままなのはなぜだろう?
「な、なに……?」
「姫ちゃんはなんで俺のことが好きなの?」
「だってそれは……え? ……え!? なんで知ってんの!?」
「気づくなってほうが無理あると思うんだけど」
「いつから……?」
「最初に振られた少し後くらいかな」
「そんな前から……」
「気づくよ。『だめです』って言いながら、ずっと見てるんだから。俺のこと」
「……!」
咎めるような台詞を言いながら、その目は優しく細められていて、雛鳥が親鳥から無償の愛情を受けているような気持ちになった。雛鳥になったことないからわからないけど。
……なぜだろう。
知られちゃいけないことを知られていたんだっていうのに、なんでそんな気持ちになるんだろう……?
「いつも変な理由つけて拒絶してくるのに、言ってる時必ず、言われてる俺より辛そうなの、わかってないとでも思ってた?」
「それは……」
そんなこと、言わないで。気付かないふりしてて。そんなふうに見ないで……――。
ねえ、いま自分がどんな顔してるか知ってる――?
「姫ちゃんは、いつも自分がどんな顔してるか知ってる?」
「――え?」
「求められてるのってわかるんだよ? ほんとは求めてるのに、必死にだめだって言い聞かせて、物欲しそうに見上げてくる顔がどれだけかわいいかわかってる? そんな顔見せられるたびに抱きしめたくなるの、毎回どんな思いで抑え込んでるかわかる? 1回やっちゃったけどさ」
「え、え……あの、…………」
何を言われているのか理解しようとしても、脳が降参して両手を上げているようでどうにもならない。
「ね、なんで好きになってくれたのか、教えてよ」
「……」
あぁ、もうだめだ。
もう、この目に抗うことができない。
シンデレラよりも強い魔法でもかけられてしまったのだろうか……?
「中学の時、俺はずっと三崎くんに憧れてた。メソメソして男らしくなくていつもみんなの笑いものになってた俺と、三崎くんは真逆だったから。かっこよくて、女の子に気遣いができて、俺より12センチも背が高くて。あんなふうになれたら、俺もからかわれたりしないで済むんじゃないかって……いや、違うな」
真剣に耳を傾けている三崎くんは、一瞬も逸らすことなくじっと俺の目を見つめている。その瞳に月明かりはもう必要なかった。
「あんなふうになれたら……――自分を嫌いにならずに済んだのにって。そう思ってたんだ」
「――」
長い睫毛が僅かに揺れた。俺の好きな人は、やっぱり優しい。
「中庭に誰もいなかった日、あったでしょ? みんな部活中で、帰る人はとっくに帰ってて。俺は校舎に住みついてる子猫の世話してて遅くなったんだけど、三崎くんはなんであんな変な時間にいたの?」
「なんだっけ。校舎に住みついてる校長の世話か何かしてたかな。覚えてない」
「あはは。なにそれ。……それで、誰もいない中庭のベンチに座って、一人でいろいろ考えてたんだ。もう学校休もうかなぁとか、でも兄ちゃんが心配するかなぁとか。そしたら……――」
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『こんなとこで何してんのー』
『え? ……わあっ! み、三崎くん!?』
『そんなに驚くことないだろ。え、俺そんな怖い?』
『いや、あの……そうじゃなくて……』
『ん?』
『……憧れてたから……あ! ごめんなさい! 迷惑だよね』
『なんで迷惑なんだよ? 普通憧れられてたら嬉しいだろ』
『…………やっぱり、三崎くんはすごいね。俺もそんなふうに言えるようになれたらよかったのにな』
『……?』
『三崎くんみたいにかっこよかったら、こんなふうに毎日みんなに笑われたりからかわれたりしないで済んだのに。……あーあ、俺ってなんでこんななんだろうね。へへへ、嫌になっちゃうよ〜』
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こんな話をされたら鬱陶しいだろうなと思った。
三崎くんみたいなキラキラした人が、こんなうじうじした自虐を聞かされたら、俺のことなんて嫌いになっちゃうかもしれないって。
あーあ、なんでこんなこと言っちゃったんだろうって思った。
誰に嫌われても別にいいけど、三崎くんに嫌われるのはちょっとだけ嫌だなぁって。
そう思ったのに……――。
『なに言ってんだよ! かわいいのは良いことだろ!』
「きみは、そう言ってくれたんだよ」
「――……」
俺も、もう目を逸らさない。彼の瞳の中にいる自分を、しっかり見つめ返す。
この距離は、あの中庭のベンチの距離。
《特別》になったあの瞬間と同じ距離で、いまきみとここにいるんだ。
「かわいいお姫様でいれば、男子校では悪い扱いを受けなくて済むから、不本意だけど別にいいんだって思ってた。思い込んでた。でも、違った。……《かわいい》っていうのは、きみにとって価値のある俺でいられるってことだから。だからこのままの自分でいいんだって思えるようになったんだよ」
覚えてる? あの時、こっちがぽかんとしちゃうくらい真剣な顔で、俺の両手を強く握ってたの。
あれが、初めてきみに触れられた時。
――初めて、他人に触れられて、嬉しいって思った時だった。


