きみが俺を好きなのはここが男子校だからでしょ?

「ねえ、陣太はなんでいつも、三崎くんの肩を持つの?」
「だって、可哀想だから。阿誠くんが」
「え? それだけ?」
「うん。それだけ」
「ほんとに?」
「それだけで十分なんだよ」
「えぇ〜……」

 俺の疑問はあまりにもあっさりと解決されてしまった。
 ……でも、それだけで十分って、どういうことなんだろう……?


  □ □ □


「好きです。付き合ってください」
「だめです。ごめんなさい」
「今日もだめか〜! いいか、また来るからな! 覚えとけよ!」

 また今日も、同じことが繰り返される。
 何度も、何度も。
 ザコ敵みたいな捨て台詞を残して去って行こうとする背中を見て、考えた。
 なんでいつも、粉砕するってわかっているのにぶつかってきてくれるのだろう?
 三崎くんほどの人だったら、俺なんかにこだわらなくても、いくらでも向こうから寄ってくるのに。
 こんな無駄なことを繰り返している間に、何人もの恋人候補が三崎くんの前を通り過ぎてしまっているかもしれないのに……。

(俺だけが、何もしてないのに……――)


「……え……?」

 ――気づいたら、立ち去りかけていた背中は止まって、振り向いた切れ長の目がまんまるになってこっちを見つめていた。
 それは……俺がその腕を掴んで引き止めていたからだ。
 そりゃ、驚くに決まってる。だって今までこんなこと、一度だってしたことない。

「なんで…………そんなに真剣なの……? 俺なんて……逃げてるだけで…………こんなに、何もしてないのに……」

 けど、そんな言葉が、勝手にぽろぽろとこぼれてくる。

「なんで……」

 今までだって、ずっとそう思ってた。
 でも、思ってるだけだった。

「なのに……なんで……そんなに、好きって言ってくれるの?」

 好きなのは、
 ――俺のほうなのに。

 なぜだか泣きたい気持ちだった。言葉みたいに涙もこぼれてくるんじゃないかと思って、見上げていた顔を下に俯けた。

 ――1秒、2秒、3秒……

 このまま上を向けないまま時間が止まってしまうのかもしれないと思った頃。
 突然重みを感じて、恐る恐る目だけで再び見上げてみると……頭の上に、手がのっていた。
 頭に手…………?

「――!?」

 びっくりして思わず目だけじゃなく頭ごと大きく見上げてしまったけれど、その手が滑り落ちることはなかった。

「かわいい」
「――」

 12センチ上から、ふわふわと柔らかい笑顔が降ってきた。

「そうやって、必死になって俺のこと考えてくれてるとこ、すっげーかわいい」
「…………」
「姫ちゃんは、俺の告白だけはちゃんと向き合ってくれるから。簡単に流したりしないで、何度目でも全部真剣に受け取って、真剣に返してくれる」
「え……」
「だから俺だって真剣に挑むんだよ! 何回同じこと繰り返しても、一度だってないがしろにしないで全部大事に受け止めてくれる子が、俺みたいな奴の前に現れてくれるなんて奇跡なんだから。手に入れないでどうすんだよ!」
「……」

 名残惜しそうに離した手をそのまま軽く上げるようにして、少し苦笑するような顔で「じゃ、また」とだけ言い残すと、三崎くんはどこかへ駆け出して行ってしまった。
 一人取り残されたような形になって、俺も移動しようとしたのだけれど、なぜだか脚が地面に縫い付けられてでもいるみたいに、その場から動けなくなっていた。

「……俺、何もしてないわけじゃ、なかったの……?」

 ただ逃げているだけのことを、三崎くんはそう思っていなかった。

 ――姫ちゃんは、俺の告白だけはちゃんと向き合ってくれるから――

 好きだからだよ。
 きみが今日まで言ってくれた好きの全部に「俺も」って返しても全然足りないくらい。こうしている間も、毎日、毎秒、好きが積み重なっていくから……

 だから――
 なのに――!

 好きになればなるほど、「はい」が言えなくなる。
 だって…………女の子じゃないから。
 男子校で一番かわいくたって、三崎くんの隣に並んで、あんな風には――あの子みたいには、なれないんだから……。


  □ □ □


「ここまで来てもまだそんなこと言うんだ」
「だって……」
「もう十分自覚してるんでしょ? いま何と戦ってるの?」
「だってさ…………」

 ……陣太の言う通りだ。
 俺は三崎くんが好きで、三崎くんも俺が好きで、敵なんてどこにもいない。なのに俺だけが、いもしない敵と勝手に戦って勝手に負けてる。はたから見たら相当に滑稽なんだろう。
 でも、はたから見ている人にはきっとわからない。
 今の俺は、もう今まで以上にシンデレラでなくなることが怖いんだ。

 ――かわいい――
 ――姫ちゃんが一番かわいい――

 そう言ってくれる彼が。
 かわいいって微笑んで抱きしめてくれる彼が、いつかいなくなってしまうことが……怖いんだよ。

「だって……俺は…………男だから」
「そんなの知ってるよ」
「俺は、女の子じゃないから…………」
「…………」
「男子校だから……女の子がいなくて誤魔化されてるだけだから……だから…………」
「……男同士だからとか、自分が女じゃないから好きになってもらえないとか…………」
「……え?」

「なんでそんなことばっかり言うんだよ!!!!」

 ――……

 一瞬、自分の耳を疑った。
 今の大声、陣太が出したの……?

「………………ごめん。お邪魔しました」
「……!? 陣太……っ?」

 今度は一転して蚊の鳴くような小さな声で、それだけ言って走って俺の家から出て行ってしまった。

「…………」

 俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。出会って1年も経ってないとはいえ、陣太が声を荒らげるどころか感情らしい感情を表に出したことさえ見たことがなかった。

「え、今の大声、愛人くん? まじで!? おまえ何したの?」

 2階から転げ落ちそうになりながら兄ちゃんが降りてきた。よっぽどびっくりしたのだろう。そりゃそうだ。兄ちゃんだって、普段の落ち着き払って人を食ったような理屈を並べる大人みたいな陣太しか見たことないはずたから。

「何かしたっぽい。ちょっと追っかけるわ。捕まえられる自信ないけど!」
「俺も行くよ」
「いや、兄ちゃんはたぶん家にいたほうがいい。なんかわかんないけど、もし陣太が戻ってきたら、ここに兄ちゃんがいたほうがいいような気がするんだ」
「? そうなのか……?」

 じゃああとよろしく、と、俺は何の計画も立てずに無鉄砲に夜の街へ出た。
 なんで兄ちゃんを家に残したほうがいいと思ったのかはわからなかった。



「……やっぱ見つからないか。そんな気はしたけど」

 さすがに子供じゃないから、陣太の身の安全を心配することはないだろう。でも追いつきたかった。ちゃんと話して、自分が何をやらかしてしまったのか理解して謝りたかった。

「何となく例のカフェの方向に来ちゃったけど、普通に考えたらバイト先じゃなくて自宅に帰るよな」

 でも俺は陣太の家を知らない。思えばいつも、向こうがうちに来るばかりだった。

「…………ん? ……ハッ!?」

 その時、そこにやばいものを見つけてしまった。いや、別にやばいものってわけでもないんだけど……。

「おまえ今は来ないでよ……。ここで何か起きてる場合じゃないんだって。空気読めって」
「にゃー」

 こんな時に、因縁の黒猫が現れた。
 もしかしてコイツただカフェGrimの近くに居着いてるだけなのでは?

「仕方ない。帰ろう。おまえも家あるなら早く帰れよー?」
「にー」
「さてと…………え?」


 この黒猫様は、やっぱりただ者じゃないっぽい。

「え……姫ちゃん? どうしたんだよ、こんな時間に手ぶらでこんなところに。……それになんか、不安な顔してる?」
「三崎くん……」
「いま俺バイト終わって店閉めて帰るところだけど……よかったら、話聞かせてくれる?」

 付き合ってなくてもそれぐらいはいいだろ?と、目線を俺に合わせてくれた三崎くんは、今だけ身長差0センチになった。