きみが俺を好きなのはここが男子校だからでしょ?

 最近陣太は、鬼のように入れていたバイトを少しセーブしたみたいで、家に来る頻度が上がってきた。
 確か明確な目標があって、達成できる目処が立ってきたから……とか言ってたけど、ほんとしっかりしてるよなぁ。

「バイトだけしても仕方ないからね。両方大事にしないと」
「ん? 両方って?」
「それより阿誠くんと何かあったの?」
「!? な、何かって、なにかね?」
「なにその口調。動揺するにしてももうちょっと隠せないの?」
「…………」

 コイツは一体どこまで勘づいてるんだ? まさか全部じゃないと思うけど、……思いたいけど、陣太のことだから、もう透視とかしててももはや驚かないかもしれない。

「そんな赤くなっちゃうほど動かされる感情があるなら、それ大事にしたほうがいいんじゃないの? 変な理屈よりもさ」
「り、理屈はおまえの得意分野だろ」
「僕の理屈は感情の上に成り立ってるから」
「それなら俺だってそうだよ」
「…………そっか」

 ……ん? なんか、いやに素直だな。珍しい。

「そう考えると、僕たちって案外同じようなもんなのかもしれないね。方向が違うだけで」
「??? なんか今日は難しいことばっかり言うな」

 まぁ、陣太もさすがに疲れてるんだろうな。タフに見えるけど、毎日学校に通いながらエグいほどバイト入れて、ちゃんと宿題もやってきて、授業中に居眠りもしないで真剣にノート取ってて。
 考えれば考えるほど、俺とはえらい違いだ……。
 見習わないとなぁ、と思う反面、正直なんでそんなに頑張るんだろうって思わないでもない。理解できないとかじゃなくて、純粋な疑問として。

(まさか実はほんとに超人で、全部平気でやってのけてる……なんてことはあるわけないよね?)

 ――と、そこまで考えて、気づいた。
 俺って、いま何か頑張ってる……?

「…………」


『姫ちゃん、好きです。付き合ってください』
『だめです。ごめんなさい』
『今日もだめかよ! 何回でも来るからな!』

 三崎くんは、何度断られても、何度でもぶち当たりに来てくれる。
 ただまっすぐに、俺が「はい」と言う時まで、諦めないでひたすらに何度でも……。
 じゃあ俺は? 俺は、何を目標にして、何に向かって努力してる……?


(……なんて。別にいいじゃんそんなこと、どうでも)

 振り払おうとするけれど、なんだかいつもみたいに上手くできない。――本当にいいの? 本当にそれでいいの?

「…………」
「なに変なカオしてんだ? ちゃんと砂糖いれたぞ?」
「――え?」

 横からかけられた兄の声に引き戻されて我に返ると、いつの間にか目の前にマグカップが置かれていた。甘い湯気を立てているカフェオレ。陣太がもう飲み始めているところを見ると、今日も俺の分だけ後回しにされていたようだ。どうせ気づかなかったからいいけど。

「なんでもない。陣太が来てる時は麦茶がココアとかカフェオレにグレードアップしてラッキ〜」
「おまえが煎れてもいいんだけどな?」

 ――そんな赤くなっちゃうほど動かされる感情があるなら、それ大事にしたほうがいいんじゃないの? 変な理屈よりもさ――

 ……その言葉、重いよ。
 今の俺なんて、タオルより軽いものしか持てないへなちょこ野郎なんだから……。

「宇深さん、壊れた時計ってどれですか?」
「ん? そんなの見たいのか? これだけど」
「……ふむ。これ、アラームとカレンダーの他にも何か機能とか付いてます?」


  □ □ □


 俺はあの本屋に行かないほうがいいのかもしれない。
 あの時結局漫画どころではなくなってしまって買えずに帰ったので、今日改めて本屋に向かったら……
 また現れたのだ。あの黒猫が!!
 今日はまだ日中だから、驚いてすっ転んだりはしなかったけど(こうやって思い返すとまぬけすぎるな……)、どうやらあの黒猫に会うと、必ず何かが起こるらしい。
 奴がのんびりと歩き去った後にふと目を凝らすと、たまたま向けてしまった視線の先に、――俺の一番見たくない景色を見てしまったのだから。

(なんで……――いや、べつにおかしなことでも何でもないけど)

 そこにあったのは、三崎くんと1人の美少女が肩を並べて親しげに歩き、それによって彼らの周囲だけが一段階明るく照らされてなんかエモい映画みたいになってるキラキラの景色だった。


  □ □ □


「だからってなんでここに逃げ込んでくるの」
「近かったから」

 黒猫に会ったらこのカフェGrimに駆け込む。ここまでがワンセットになってしまったようだ。

「一応貴重な昼休憩なんだけど?」

 そう言いながらも陣太は一緒のテーブルに付いてくれる。そしてやっぱり店の制服が似合う。

「あの美少女は知ってるんだ。俺の記憶が正しければ、……たぶん三崎くんの中学時代のラスト彼女」
「そうなんだ」

 いつでも一軍女子に囲まれていた三崎くんは、中学の3年間だけでも3回くらい彼女が代わっている。しかも、交際中でもお構いなしで別の女子たちに囲まれていたから、なんだかあんまり恋愛に対して誠実じゃなくて、遊んでる印象が強かった。
 その中でも一際美人だったのが最後の彼女――先ほど見かけた美少女――だった。

「ねえ、俺に付き合ってくださいって言ってくるってことは、あの彼女とはもう別れてるんだよね?」
「さすがにそうなんじゃない? 阿誠くんはそんなクズ男じゃないでしょ」
「だよね……? それならまぁ、いいんだけど……」
「そこも信用できないって?」
「そんなわけじゃない……よ……」

 歯切れが悪くなっているようではどうしようもない。
 ……でも、久々に三崎くんが女の子と一緒にいるところを目の当たりにして、なんていうか、やっぱりそこが三崎くんに一番相応しい居場所に見えてしまったから。
 あの彼女は、三崎くんがすごく苦労していた受験の時期を支えた特別な存在なのだろう。今でもあんなに仲が良さそうで、……どこからどう見たって、誰もが羨むような完璧な美男美女カップルだった。

「俺三崎くんのことずっと見てたから知ってるんだよ。三崎くんは、とにかくかわいい女の子が大好きなんだ」

 当たり前だよね。男なんだから。
 ――しかし、そんな俺の言葉に対する陣太の返答は意外なものだった。

「阿誠くんがそう言ったの?」
「え?」
「阿誠くんが、『俺はかわいい女の子が大好きなんだ』って、そう言ったの?」
「いや、そんなことは言ってないけど」
「じゃあなんでわかるの?」
「え……いや、それは……」
「本人が言ってないならわからないじゃん」

 そう言うと陣太は、もうこの件からは興味をなくしたように、店のメニュー表をパラパラと捲って何やら真剣に考え始めた。

「冬のメニューって難しいのが多いんだよねぇ。そのぶんポイント高いけど」
「……」
「ポットパイか……揺季んちってオーブンある?」


 実はずっと気になっていたことがある。
 たいしたことではないから、わざわざ訊くことでもないかなと思っちゃって、いつもなんとなくそのままになっていたけど……。
 今日はなんだか、妙にそれが気になってしまって。
 オーブンあったかなぁと頭の隅では考えながらも、口では別のことを言っていた。

「ねえ、陣太はなんでいつも、三崎くんの肩を持つの?」