きみが俺を好きなのはここが男子校だからでしょ?

「姫様ぁ〜、おはようございますぅ」
「あ、どうも……」
「いやぁ〜今日も可愛らしい。姫様はこのむさ苦しい男どもしか生息しない荒地に舞い降りた救いの女神です!」
「はぁ……」
「では、自分はこれで! 愛人くんもまたな〜」
「うん」
「……」
「揺季ってあの子嫌いだよね」

 登校中。隣を歩く陣太は、マウントレーにゃんの無糖ラテを飲みながらさして興味もなさそうに呟いた。
 やっぱり俺って態度に出やすいんだ。取り繕ってるつもりだったけど、バレバレっぽいもんなぁ。陣太が無駄に鋭いだけだったらいいんだけど、今のところ可能性は半々ってところかな。

「あいつ、同じ中学だったんだよ」
「そうなの?」
「そう。でさ」

🕒

『姫路く〜ん、着替えるの遅くなぁい? そんなに男子更衣室に長居したいのぉ〜? もしかして狙ってる子でもいちゃう? ねーねー?』
『……ごめん、急ぎます』
『ギャハハ。おいやめてさしあげろよー。おまえ目当てだったらどーすんの!』
『うっわ無理すぎ〜! キショいから行こーぜ』

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「ほんとに?」
「そ。なのに高校入ったらなんか急に手のひら返してきてさ。別にいいんだけど、そりゃ好きにはなれないよね」

 陣太は驚いてるけど、中学ではみんなそんなもんだったから、別にあいつが特別酷かったってわけでもない。なんならもっと上もいたと思うから、あんなのはまだマシなほうだったかもしれないし。

「じゃあ、高校生になって揺季のかわいさにやられちゃったわけだ」
「俺は何も変わってないのに?」
「まぁ、そうだよね」
「そんなもんなんだよ」

 環境が変われば、人の見え方も変わる。
 俺は高校生になって突然化粧を始めたわけでもないし、女装を始めたわけでもない。中学から何の変化も成長もない、ただの男らしくない男を飽きもせず続けているだけだ。
 それでも人の評価は変わる。キショいからかわいいに変わる。だから、この後も変わる。今度はかわいいから別の何かに。キショいに戻るのかもしれないし。
 女子にモテモテの王子様は、俺が「かわいい」になっているこの世界が終わったら、本物のかわいいがたくさん待ってる世界に帰っていくだけなのだから。

「あの子と阿誠くんは全然違うんじゃない?」
「心読むなって言ったのに」
「最近読心術が研ぎ澄まされてる。バイトの成果かな」
「三崎くんが違うのはわかってるんだよ。あんなのと同じにしたらいくらなんでも失礼だ。でも……」

 噂をすれば、とでも言えばいいのか。気付くと少し離れたところにその姿が見つかった。
 男女問わず人気のある彼は、男子校でもいつも群れの中心にいる。面子のほとんどは友人で、2割くらいは取り巻きだろう。
 俺は観察に慣れてしまっていた。
 今見えている群れは、もちろん全員が男子生徒だけれど、……中学の時は、――あれのほとんどが女子だった――。

「……俺って女装とかしたらどうなるのかな?」
「物理的な意味で言ってるなら、似合う以外ないんじゃない?」
「というと?」
「精神的な意味で言うなら、拗らせて目も当てられなくなりそう」
「…………的確すぎんのやめて?」
「歩くよりも座る時が地味に難しいよ」
「したことあるの!?」


  □ □ □


 ――さて。借りたものは返さなければいけない。
 料理と違って洗濯は得意分野だから、頑張って落とそうとはしてみたんだけど……やっぱり血って落ちにくいんだな。結局元の状態までには戻らなくて、なるべく近いデザインのタオルを探して新しいのを買い直した。
 だから、今からそれを渡しに行くわけなんだけど……

(わああ、どうしよぉ〜!!)

 よく考えてみたら、俺のほうから三崎くんに話しかけたことって、中学から数えてもただの一度もなかったのだ。

(だとしても、なんでこんなに緊張すんの!? ぜんっぜん話しかける勇気ないんだけど!! あぁもう、こんなんでどうすんだよぉ!)

 もう今日は諦めて明日にする? でも明日ならいけるの? 今日いけないなら明日もいけないんじゃね? こういうのは遅くなればなるほど相手に失礼だし、向こうから声掛けてくれるの待ってるのも、借りた身として誠実じゃないし。
 やっぱ今日、今から行くべきだよな、うん。
 三崎くんのクラスに行って、ドアの近くにいる人に声掛けて呼んでもらえば、1人で廊下に出てきてくれるはず。さすがに取り巻き連れてはこないだろう。
 そう考えながら、まっすぐ進まないといけないはずの足は、……勝手に近くの空き教室に逃げ込んでしまった。
 なにやってるんだろう……。借りたタオルを返すだけなのに……。

「えぇと、――昨日は迷惑かけてごめん。……いや、それより親切にしてくれてありがとう、かな?」
「昨日助けて頂いた姫路です。……いや、鶴じゃないんだから」
「洗ったんだけど、やっぱり落ちなくて、同じのじゃなくてごめんだけど、新しいの買いました。……えぇと、どうぞ? 違うな。受け取ってくれますか? いやそれじゃ重めのプレゼントだ」

 あぁ、ごちゃごちゃ考えててもどれが正解かわからない。
 もういい! 何も考えないで会いに行ってしまえ!
 会って渡すもの渡して帰る、それだけだ……!
 やっと意を決した俺は、ラッピングまではいかない程度に簡単に包んでもらった新品のタオルを1枚握りしめ、閉じこもっていた空き教室のドアを堂々と開けた。

「――……」

 ――それはもう、堂々と。

 全開にしたドアの前、握りしめたタオルが手から滑り落ちそうになるほど、腰を抜かしそうになるほど、呼吸を忘れそうになるほど驚いた。
 意を決して会いに行こうと思っていたまさにその人が、開けたドアの前にいたのだから。――ただし、後ろ姿で。

「あ、あの……今の、聞いてた……?」

 青ざめながらたずねた時、その後ろ姿の両肩が小刻みに震えていることに気づいた。

「? あの……三崎くん…………?」

 恐る恐る手を伸ばしかけた、――その時。


「……え――?」


 突然ぐるんと振り向いたと思ったら。
 次の瞬間には視界の景色が消えて、長い両腕に頭ごとすっぽりと抱き込められていた。

「かわいい」

 何も見えなくて、ただいつもよりもちょっと高い位置から、小さな声だけがぽとんと落ちてきた。

「そういうところが……ずっと前から……――」

 最後のほうは、よく聞こえなかった。
 いま自分がどこにいて、何をしているのか、何もわからなくなっていたけれど……
 背中には腕があって、頭上には声があって、頬には熱と心音があって。
 全部が俺の好きなものだった。

「……! ごめん! まだ付き合えてないのにこんなことしちゃだめだった!」

 はっとしたような声がして、ここにあった好きなもの全部が、一斉に離れた。虚空に放り出されたような気持ちがした。
 代わりに視界が戻ったけど、見たかった顔を見ることがなんかできなくて、でもそれは相手も同じみたいで、お互いよくわからない方向を見ながら渡すものを渡して受け取るものを受け取って、なんか適当に「じゃあ」とか「うん」とか言い合って散り散りになってその場を後にした。
 空き教室から離れて一人になると、今頃になって熱の上がってきた額に両手をやって考える。

「……今の、何だったんだ? いろいろ」