「姫ちゃんおはよー」
「おはよー」
「姫ちゃん今日もかわいいよ!」
「了解でーす」
今日も一日が始まる。
女子に飢えた王子様たちを慰めるために俺はここにいる。
不本意でないと言えばまあ嘘になるけど、でも別にこれでいい。だって、シンデレラをやっていれば、少なくとも笑われたり馬鹿にされたりしなくて済むのだから。
それで十分だ。それだけで、この男子校に入った意味は十分にある。
「姫ちゃん!」
「はいはーい」
お次は誰ですかー? と、振り返りかけたところで……バネじかけのようにビヨンと前に向き直る。
「おい! なんで俺だけ無視なんだよ! 他の奴らにはファンサするだろ!」
ファンサなんてしてない。手を振られたら振り返したり、そんなもんだ。
「……ごめんごめん。条件反射で」
「余計傷つくわ」
「用件はなに?」
何かブツブツと文句を言った後、三崎くんは早足でやって来て俺の横に並んだ。
「俺諦める気ないからな」
「…………」
「俺は本当に本気で姫ちゃんのことが好きだから。女子がいないから妥協で選んでるって言うけど、そんなんじゃない」
……やめてよ。
「何回でも好きって言うから。また来るから覚えとけよ!」
やめて。もう会いに来ないで。そんな顔見せないで。
こんな俺の気持ちなんて、きみにだけは一生わからないよ。
こんなに、悲しいほどかっこいいんだから。
□ □ □
「ねえ、これ以上うちの人気スタッフ落ち込ませるのやめれる? 店の活気がなくなって売り上げ落ちて僕らの時給が下がったら揺季のせいだよ」
「ホストじゃないんだから」
「ホストだったら個人の売り上げだからまだいいよ。カフェは連携プレーなの」
そのバイトが今日は休みということで、陣太は久しぶりに俺の家に来ている。ここ最近の彼はいつにも増してバイト漬けになっていたから、学校以外でこうして一緒に過ごせるのは考えてみると本当に久々かもしれない。
「三崎くん、店でも人気なの?」
「そりゃそうでしょ」
「そりゃそうか」
カフェの制服は、陣太が着ているのを何回か見たことがある。グレーを基調にしたシックなデザインで、大人びた顔立ちの陣太にとてもよく似合っていた。
三崎くんがいない時を見計らって来店しているから、彼が着ているのを見たことは一度もない。
(どんななんだろうな……)
エプロンのストライプ柄は、長身を際立たせるだろう。長めの前髪は留めたり上げたりしているのだろうか? 前髪上げてるのって見たことないな。似合うのかな? いや、何だって似合うに決まってる。
……見たいな。
「見に来ればいいじゃん。いる時に」
「心読んだ?」
「読んだ」
「読まないでよ」
「女性のお客様に言い寄られても、全くなびいてないよ」
「…………」
「近くに女子校あるでしょ、お嬢様校。あそこのお嬢様たちが阿誠くん目当てでよく店に来るけど、どんな可愛い子にも接客以上のこと何もしてない」
「……そうなんだ」
「それでもだめなの?」
「仕事中にちょっと会いに来るだけの人たちなんて、学校で毎日顔突き合わせて机並べてるような密な関係じゃないもん」
そういう問題じゃなくない? って、あからさまにドン引きしている陣太の顔が、湯気で半分消えた。同時に立ちのぼった甘いココアの香りが、ギザギザしていた心を気休め程度に溶かしてくれる。いいタイミング。
「どうぞ」
「ありがとうございます、宇深さん」
「こちらこそ、いつも揺季のお世話ありがとう。こいつヤバいだろ?」
「ヤバいですけど割とすぐ慣れたので問題ないです」
「兄ちゃん、俺のは?」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
面倒くさそうにキッチンに戻っていく兄の背中に、俺はこっそり感謝した。話題を変えてくれてありがとう、兄。
俺を言い負かす気満々だった陣太は、ココアに気を取られたのだろう。すっかり和んだ様子でぼんやりキッチンの方を見ている。甘いものってほんと人を癒すよなぁと思いつつ、自分のココアが運ばれてくるまでの間に、思考はやっぱり最初に戻る。
誰よりもかっこよくて、誰よりもまっすぐで、――誰よりも優しいあの人が、ずっと好きだった。
今も変わらず、好きなんだ。
いつでも一緒にいられたらどんなにいいだろうって思う。差し出された手を握ることができたら、どんなにいいだろうって。
それ以上のことは、たとえ想像でも考えちゃいけない。だって俺は女の子じゃないから。一番になれるのは魔法がかかっている今だけだから。
だから、期待しちゃいけないんだ……。
「ご馳走様。じゃあそろそろおいとましますか」
「え、もう? てか飲むの早。まだ俺の分来てないのに」
「やっぱ今から短時間でもシフト入れてもらえないかなって思って」
「えー? 働きすぎでしょ。今日だって久々の休みじゃなかった?」
「あれ? 愛人くんもう帰んの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうも言ってられないんですよ。でももう少ししたらなるべく休み増やそうと思ってるんで。そしたらうるさいぐらい遊びに来ます」
ははは、それはいいなーと、笑いながら見送る兄ちゃん。
カフェの接客みたいに丁寧に頭を下げて、陣太は帰って行った。
「あの子大人びてるよなぁ。ほんとにおまえと同級生?」
「名簿見る?」
「そこまで疑ってねーよ」
「……あーあ」
「ん?」
「俺そんなに落ち込ませてたんだ。店の活気なくなるほど凹んでんだ。うわーんごめんまじごめんほんとごめん!!」
「な、なんだ急に、何の話?」
□ □ □
陣太は本当にあの後バイトに行ったらしい。
翌日も疲れた顔ひとつ見せずに飄々としている。尊敬するようなむかつくような、変な奴だまったく。そういえばコイツ、昨日俺のことヤバいって言わなかった? 言ったよね? スルーしちゃったけど今思えば酷くね?
「こんど宇深さんにココアのいれ方教わりに行っていいか訊いといて」
「え、いいけどあの人素人だけど――
「姫ちゃん発見! 今日は逃がさねーぞ!」
「わっ」
――油断してた。今日も来ました、一番会いたくなかった……そして一番会いたかった人。
「…………」
……あ。なんかちょっといつもと違うと思ったら。
「前髪……」
「ん? あぁ、これ。え、なに、気づいてくれたの?」
「…………」
いつもは斜めに流してる長めの前髪が、今日は半分だけ簡単なピンで留まってた。
「寝癖ついてて微妙に直らなかったから、応急処置で留めてきたんだけど。へぇ〜、こんな変化にも気づいてくれるなんて、嬉しいじゃん」
見てみたいなぁって思ってたら、まさか本当に見れてしまうなんて。……あまりにタイムリーだったから、ちょっとドキッとしてしまった。
――これも、いい。うん、やっぱり何でも似合う。
……もっと、いろいろ見てみたいな。普段は見せない表情とか、仕草とか。……なんて。そんなこと思っちゃだめなのに。
「姫ちゃん、好きです。付き合ってください」
「あ……」
そんなことを考えてたら、いつものやつが降ってきた。
12センチ上から、まっすぐ、俺の眼の中に。
「……だめ。ごめんなさい」
「あぁぁもう! なんか今日はいけそうだったのに!」
「残念だったね」
「あいじん助けてくれよぉ。どうしたらこの子俺の気持ち信じてくれんの?」
「僕はやれるだけのことやってるんだけどね」
魔法は解けるから。0時になっても目覚められないのは俺だけだから。
おとぎ話の中に取り残されるってわかっているから。……だから、だめなのに。
なんで楽にさせてくれないんだよ。
「おはよー」
「姫ちゃん今日もかわいいよ!」
「了解でーす」
今日も一日が始まる。
女子に飢えた王子様たちを慰めるために俺はここにいる。
不本意でないと言えばまあ嘘になるけど、でも別にこれでいい。だって、シンデレラをやっていれば、少なくとも笑われたり馬鹿にされたりしなくて済むのだから。
それで十分だ。それだけで、この男子校に入った意味は十分にある。
「姫ちゃん!」
「はいはーい」
お次は誰ですかー? と、振り返りかけたところで……バネじかけのようにビヨンと前に向き直る。
「おい! なんで俺だけ無視なんだよ! 他の奴らにはファンサするだろ!」
ファンサなんてしてない。手を振られたら振り返したり、そんなもんだ。
「……ごめんごめん。条件反射で」
「余計傷つくわ」
「用件はなに?」
何かブツブツと文句を言った後、三崎くんは早足でやって来て俺の横に並んだ。
「俺諦める気ないからな」
「…………」
「俺は本当に本気で姫ちゃんのことが好きだから。女子がいないから妥協で選んでるって言うけど、そんなんじゃない」
……やめてよ。
「何回でも好きって言うから。また来るから覚えとけよ!」
やめて。もう会いに来ないで。そんな顔見せないで。
こんな俺の気持ちなんて、きみにだけは一生わからないよ。
こんなに、悲しいほどかっこいいんだから。
□ □ □
「ねえ、これ以上うちの人気スタッフ落ち込ませるのやめれる? 店の活気がなくなって売り上げ落ちて僕らの時給が下がったら揺季のせいだよ」
「ホストじゃないんだから」
「ホストだったら個人の売り上げだからまだいいよ。カフェは連携プレーなの」
そのバイトが今日は休みということで、陣太は久しぶりに俺の家に来ている。ここ最近の彼はいつにも増してバイト漬けになっていたから、学校以外でこうして一緒に過ごせるのは考えてみると本当に久々かもしれない。
「三崎くん、店でも人気なの?」
「そりゃそうでしょ」
「そりゃそうか」
カフェの制服は、陣太が着ているのを何回か見たことがある。グレーを基調にしたシックなデザインで、大人びた顔立ちの陣太にとてもよく似合っていた。
三崎くんがいない時を見計らって来店しているから、彼が着ているのを見たことは一度もない。
(どんななんだろうな……)
エプロンのストライプ柄は、長身を際立たせるだろう。長めの前髪は留めたり上げたりしているのだろうか? 前髪上げてるのって見たことないな。似合うのかな? いや、何だって似合うに決まってる。
……見たいな。
「見に来ればいいじゃん。いる時に」
「心読んだ?」
「読んだ」
「読まないでよ」
「女性のお客様に言い寄られても、全くなびいてないよ」
「…………」
「近くに女子校あるでしょ、お嬢様校。あそこのお嬢様たちが阿誠くん目当てでよく店に来るけど、どんな可愛い子にも接客以上のこと何もしてない」
「……そうなんだ」
「それでもだめなの?」
「仕事中にちょっと会いに来るだけの人たちなんて、学校で毎日顔突き合わせて机並べてるような密な関係じゃないもん」
そういう問題じゃなくない? って、あからさまにドン引きしている陣太の顔が、湯気で半分消えた。同時に立ちのぼった甘いココアの香りが、ギザギザしていた心を気休め程度に溶かしてくれる。いいタイミング。
「どうぞ」
「ありがとうございます、宇深さん」
「こちらこそ、いつも揺季のお世話ありがとう。こいつヤバいだろ?」
「ヤバいですけど割とすぐ慣れたので問題ないです」
「兄ちゃん、俺のは?」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
面倒くさそうにキッチンに戻っていく兄の背中に、俺はこっそり感謝した。話題を変えてくれてありがとう、兄。
俺を言い負かす気満々だった陣太は、ココアに気を取られたのだろう。すっかり和んだ様子でぼんやりキッチンの方を見ている。甘いものってほんと人を癒すよなぁと思いつつ、自分のココアが運ばれてくるまでの間に、思考はやっぱり最初に戻る。
誰よりもかっこよくて、誰よりもまっすぐで、――誰よりも優しいあの人が、ずっと好きだった。
今も変わらず、好きなんだ。
いつでも一緒にいられたらどんなにいいだろうって思う。差し出された手を握ることができたら、どんなにいいだろうって。
それ以上のことは、たとえ想像でも考えちゃいけない。だって俺は女の子じゃないから。一番になれるのは魔法がかかっている今だけだから。
だから、期待しちゃいけないんだ……。
「ご馳走様。じゃあそろそろおいとましますか」
「え、もう? てか飲むの早。まだ俺の分来てないのに」
「やっぱ今から短時間でもシフト入れてもらえないかなって思って」
「えー? 働きすぎでしょ。今日だって久々の休みじゃなかった?」
「あれ? 愛人くんもう帰んの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうも言ってられないんですよ。でももう少ししたらなるべく休み増やそうと思ってるんで。そしたらうるさいぐらい遊びに来ます」
ははは、それはいいなーと、笑いながら見送る兄ちゃん。
カフェの接客みたいに丁寧に頭を下げて、陣太は帰って行った。
「あの子大人びてるよなぁ。ほんとにおまえと同級生?」
「名簿見る?」
「そこまで疑ってねーよ」
「……あーあ」
「ん?」
「俺そんなに落ち込ませてたんだ。店の活気なくなるほど凹んでんだ。うわーんごめんまじごめんほんとごめん!!」
「な、なんだ急に、何の話?」
□ □ □
陣太は本当にあの後バイトに行ったらしい。
翌日も疲れた顔ひとつ見せずに飄々としている。尊敬するようなむかつくような、変な奴だまったく。そういえばコイツ、昨日俺のことヤバいって言わなかった? 言ったよね? スルーしちゃったけど今思えば酷くね?
「こんど宇深さんにココアのいれ方教わりに行っていいか訊いといて」
「え、いいけどあの人素人だけど――
「姫ちゃん発見! 今日は逃がさねーぞ!」
「わっ」
――油断してた。今日も来ました、一番会いたくなかった……そして一番会いたかった人。
「…………」
……あ。なんかちょっといつもと違うと思ったら。
「前髪……」
「ん? あぁ、これ。え、なに、気づいてくれたの?」
「…………」
いつもは斜めに流してる長めの前髪が、今日は半分だけ簡単なピンで留まってた。
「寝癖ついてて微妙に直らなかったから、応急処置で留めてきたんだけど。へぇ〜、こんな変化にも気づいてくれるなんて、嬉しいじゃん」
見てみたいなぁって思ってたら、まさか本当に見れてしまうなんて。……あまりにタイムリーだったから、ちょっとドキッとしてしまった。
――これも、いい。うん、やっぱり何でも似合う。
……もっと、いろいろ見てみたいな。普段は見せない表情とか、仕草とか。……なんて。そんなこと思っちゃだめなのに。
「姫ちゃん、好きです。付き合ってください」
「あ……」
そんなことを考えてたら、いつものやつが降ってきた。
12センチ上から、まっすぐ、俺の眼の中に。
「……だめ。ごめんなさい」
「あぁぁもう! なんか今日はいけそうだったのに!」
「残念だったね」
「あいじん助けてくれよぉ。どうしたらこの子俺の気持ち信じてくれんの?」
「僕はやれるだけのことやってるんだけどね」
魔法は解けるから。0時になっても目覚められないのは俺だけだから。
おとぎ話の中に取り残されるってわかっているから。……だから、だめなのに。
なんで楽にさせてくれないんだよ。


