俺の好きな人が、俺を好きらしい。
――ただし、妥協で。
□ □ □
「だーかーらっ! なんで妥協ってことになってんだよ!」
12センチ上から、不満が降ってきた。
どう見たってかっこいい。
(きみは、いいよね)
見たいだけ夢を見て、目覚めたらまた、普通の生活が始まるだけなんだから。
――目覚められない人はどうなると思う? きみにわかるわけない。わかってたまるか。だから余計なことをしないで。
「なんで信じてくれないんだよ……」
細くなった声だけを背中に残して、足早にその場を後にする。
誰もが憧れる凛とした高身長イケメンが頭ひとつ落としてしおしおに萎れた姿を遠目に見ると、俺はいつだってこう思うのだった……――
(……うわあああめっちゃかわいそう!!!! ごめんねー!! でも俺の方がかわいそうだからー!!)
……こう、思うのだった。
□ □ □
男子校では、一定の男子がシンデレラになる。
女子のいない世界でだけかけられる、『かわいい』の魔法。一番かわいいはずの女子が存在しないから、男子の中ではあまり男らしくない見た目をした何名かの男子が、「このへんなら男でもまだましか」という妥協により、何倍にもかわいく見える魔法をかけられるのだ。勝手に。
中学まで、俺はただの「なよなよしたいじめられっ子予備軍」だった。女子からも男子からも「なんでスカートはかないのー?」とか「バレンタインチョコ誰にあげるのー?」とか毎日のようにからかわれては毎日のようにめそめそと泣いていた。
からかってくる奴らから逃げたかったから、高校は頑張って遠くの進学校に入ったけど、どうせ環境が変わったところで変わった先の奴らにからかわれる日々が始まるだけだろうと、そう思っていた。
しかし事は予想外の方向へ進んだ。
入学した先の男子校では、俺は「なよなよした男らしくない男」ではなく、「学校で一番可愛い子」になった。
つまり平たく言えば、――女子のいない世界の中で、女子の代替品になる存在――として生まれ変わったのだった。
「揺季」
「……――ん?」
「おはよ。なに考え込んでんの?」
「あぁ、おはよー。昼なに食べようかなって」
「絶対嘘じゃん」
「嘘だけど、そんなに変わらないよきっと」
「へぇー?」
「お、姫と愛人じゃん。おはよー」
「はよ」
「おはよ〜」
朝から呼ばれるにはあまり爽やかではないワードだが、いつものことだし別にいい。
俺の苗字が姫路なのは一旦置いといて、「愛人」と呼ばれている相内陣太は、渾名から先に生まれてきたかのような、妙な色気のある男だ。
こんな二人がいつも一緒にいるもんだから、「姫と愛人」なんていう売れない芸人みたいなコンビ名を付けられてしまうのも無理はない。
「姫ちゃん今日もかわいいねー」
「そうですか」
「じゃ、またねー」
「うん。またね」
「で、ほんとは何を考えてたの?」
二人に戻ったと同時に話も戻した陣太は、俺じゃなくて上空の飛行機雲を見ている。
「きかなくてもどうせわかってるんでしょ」
「まぁそうだね」
「昼はきつねうどんにしよ」
「阿誠くんのこと、それでいいと思ってないんでしょ?」
「…………」
――俺が三崎阿誠に告白されたのは、高校に入って1ヶ月くらい経った頃。随分早いと思いそうなところだが、早いどころかその頃には既に何人もの生徒からの告白を受けていた。もちろん全員男子なのは言うまでもない。
□ □ □
入学してすぐにシンデレラになった俺の元に、たくさんの王子様が集まってきた。100キロの相撲部主将も、アニメのプリントTシャツを来ているオタク陰キャくんも、彼らはみんな王子様だ。魔法で出てきたドレスに騙されて吸い寄せられてしまったおとぎの国の王子様。
三崎くんもその一人に過ぎない。
「姫ちゃん、好きです! 付き合ってください!」
ただ、一つだけ彼が他の誰とも違うのは。
(なんで……? なんで、三崎くんが俺に…………)
【俺が】彼のことを好きだってことだった。
「あの、」
「誰もOKされてないのはわかってる! みんな、なんか『そうなんだ〜』とか『ありがとね〜』とかでのらりくらりと流されたって言ってるから、俺もそうなるってことは承知の上なんだ! でも、一度で諦める気はないから! だからそ――」
「ううん。そんなことしない」
「……え?」
「確かにみんなには、そうなんだ〜とか曖昧なこと言ってたかもしれない。でも、三崎くんにはそんなこと言わない」
「そ、それじゃ、もしかして……」
「はい。だめです」
「やったー!……って、ん? あれ? 今、何て言った?」
「三崎くんだけはだめです。ごめんなさい」
「え? え? え?」
「では」
急いで踵を返した。顔が見れなかった。
十分離れた辺りで、……それでもまだしっかりと耳をつんざくほどの音量で、彼の絶叫が聞こえた。
「なんで俺だけ振られたーっ!?」
□ □ □
「きつねうどんにするって言わなかったっけ?」
「『どん』は合ってる」
「親子丼の丼は漢字だけどね」
「今日もバイト?」
「そう」
「ふーん」
「僕と遊べなくて寂しいのか、阿誠くんの話が聞きたいのか」
「その二択しかないわけ?」
陣太は、三崎くんとバイト先が同じで仲が良い。
……いいな。そういう関係になれたら、きっとそれが一番楽しくて、一番幸せなんじゃないかと思う。
「僕のこと羨ましがってたよ。『姫ちゃんと仲良くていいなぁー』って」
「……その話やめない? 親子丼がまずくなる」
「揺季は何が一番怖いの?」
「はい?」
「一度知っちゃった幸せを失うこと? 疑いながら日々を過ごすこと?」
「…………」
今は、おまえに自分の気持ちを掘り起こされるのが一番怖いよ。そんな返事は、ふわとろ卵に包んで飲み込んだ。
□ □ □
「妥協って……誰がそんなこと言った?」
「言葉にしなくても、それが事実ってだけだよ」
「いや勝手に決めんなよ! 俺は本気で好きなんだって言ってんのに!」
「それもわかってる」
「は?」
「当人は本気なつもりだから、本気っていうのも正しいんだよ」
「何ややこしいこと言ってんだよ!」
「でも、つもりになってるだけだから」
「はぁ?」
「そういうことだから」
「おい待てよ! 納得できるわけねーだろ!!」
今日も逃げる。毎日逃げる。足元のおぼつかないガラスの靴で、転びそうになりながら逃げる。
納得できなくて当然だ。
彼の目に映る俺は、今どんな酷い奴なんだろう。
でも、仕方ない。喜んで飛びついたりしたら、その後どうするの? 魔法が解けた後に、俺はどうなるの?
ここには女子がいない。きみの大好きなかわいい女の子たちがいない。だから俺が一番かわいく見えてる。それだけのことなんだよ。
きみがなぜ男子校に入学したのかはわからないけど、この3年間だけ代替品で凌いだら、卒業して女の子のいる環境に行って、もう代替品なんて必要なくなるんだ。
だって、ここを出たら、きみの周りにはたくさんのかわいい女の子たちが入れ代わり立ち代わりやって来るんだから。
中学の時みたいに。
――ただし、妥協で。
□ □ □
「だーかーらっ! なんで妥協ってことになってんだよ!」
12センチ上から、不満が降ってきた。
どう見たってかっこいい。
(きみは、いいよね)
見たいだけ夢を見て、目覚めたらまた、普通の生活が始まるだけなんだから。
――目覚められない人はどうなると思う? きみにわかるわけない。わかってたまるか。だから余計なことをしないで。
「なんで信じてくれないんだよ……」
細くなった声だけを背中に残して、足早にその場を後にする。
誰もが憧れる凛とした高身長イケメンが頭ひとつ落としてしおしおに萎れた姿を遠目に見ると、俺はいつだってこう思うのだった……――
(……うわあああめっちゃかわいそう!!!! ごめんねー!! でも俺の方がかわいそうだからー!!)
……こう、思うのだった。
□ □ □
男子校では、一定の男子がシンデレラになる。
女子のいない世界でだけかけられる、『かわいい』の魔法。一番かわいいはずの女子が存在しないから、男子の中ではあまり男らしくない見た目をした何名かの男子が、「このへんなら男でもまだましか」という妥協により、何倍にもかわいく見える魔法をかけられるのだ。勝手に。
中学まで、俺はただの「なよなよしたいじめられっ子予備軍」だった。女子からも男子からも「なんでスカートはかないのー?」とか「バレンタインチョコ誰にあげるのー?」とか毎日のようにからかわれては毎日のようにめそめそと泣いていた。
からかってくる奴らから逃げたかったから、高校は頑張って遠くの進学校に入ったけど、どうせ環境が変わったところで変わった先の奴らにからかわれる日々が始まるだけだろうと、そう思っていた。
しかし事は予想外の方向へ進んだ。
入学した先の男子校では、俺は「なよなよした男らしくない男」ではなく、「学校で一番可愛い子」になった。
つまり平たく言えば、――女子のいない世界の中で、女子の代替品になる存在――として生まれ変わったのだった。
「揺季」
「……――ん?」
「おはよ。なに考え込んでんの?」
「あぁ、おはよー。昼なに食べようかなって」
「絶対嘘じゃん」
「嘘だけど、そんなに変わらないよきっと」
「へぇー?」
「お、姫と愛人じゃん。おはよー」
「はよ」
「おはよ〜」
朝から呼ばれるにはあまり爽やかではないワードだが、いつものことだし別にいい。
俺の苗字が姫路なのは一旦置いといて、「愛人」と呼ばれている相内陣太は、渾名から先に生まれてきたかのような、妙な色気のある男だ。
こんな二人がいつも一緒にいるもんだから、「姫と愛人」なんていう売れない芸人みたいなコンビ名を付けられてしまうのも無理はない。
「姫ちゃん今日もかわいいねー」
「そうですか」
「じゃ、またねー」
「うん。またね」
「で、ほんとは何を考えてたの?」
二人に戻ったと同時に話も戻した陣太は、俺じゃなくて上空の飛行機雲を見ている。
「きかなくてもどうせわかってるんでしょ」
「まぁそうだね」
「昼はきつねうどんにしよ」
「阿誠くんのこと、それでいいと思ってないんでしょ?」
「…………」
――俺が三崎阿誠に告白されたのは、高校に入って1ヶ月くらい経った頃。随分早いと思いそうなところだが、早いどころかその頃には既に何人もの生徒からの告白を受けていた。もちろん全員男子なのは言うまでもない。
□ □ □
入学してすぐにシンデレラになった俺の元に、たくさんの王子様が集まってきた。100キロの相撲部主将も、アニメのプリントTシャツを来ているオタク陰キャくんも、彼らはみんな王子様だ。魔法で出てきたドレスに騙されて吸い寄せられてしまったおとぎの国の王子様。
三崎くんもその一人に過ぎない。
「姫ちゃん、好きです! 付き合ってください!」
ただ、一つだけ彼が他の誰とも違うのは。
(なんで……? なんで、三崎くんが俺に…………)
【俺が】彼のことを好きだってことだった。
「あの、」
「誰もOKされてないのはわかってる! みんな、なんか『そうなんだ〜』とか『ありがとね〜』とかでのらりくらりと流されたって言ってるから、俺もそうなるってことは承知の上なんだ! でも、一度で諦める気はないから! だからそ――」
「ううん。そんなことしない」
「……え?」
「確かにみんなには、そうなんだ〜とか曖昧なこと言ってたかもしれない。でも、三崎くんにはそんなこと言わない」
「そ、それじゃ、もしかして……」
「はい。だめです」
「やったー!……って、ん? あれ? 今、何て言った?」
「三崎くんだけはだめです。ごめんなさい」
「え? え? え?」
「では」
急いで踵を返した。顔が見れなかった。
十分離れた辺りで、……それでもまだしっかりと耳をつんざくほどの音量で、彼の絶叫が聞こえた。
「なんで俺だけ振られたーっ!?」
□ □ □
「きつねうどんにするって言わなかったっけ?」
「『どん』は合ってる」
「親子丼の丼は漢字だけどね」
「今日もバイト?」
「そう」
「ふーん」
「僕と遊べなくて寂しいのか、阿誠くんの話が聞きたいのか」
「その二択しかないわけ?」
陣太は、三崎くんとバイト先が同じで仲が良い。
……いいな。そういう関係になれたら、きっとそれが一番楽しくて、一番幸せなんじゃないかと思う。
「僕のこと羨ましがってたよ。『姫ちゃんと仲良くていいなぁー』って」
「……その話やめない? 親子丼がまずくなる」
「揺季は何が一番怖いの?」
「はい?」
「一度知っちゃった幸せを失うこと? 疑いながら日々を過ごすこと?」
「…………」
今は、おまえに自分の気持ちを掘り起こされるのが一番怖いよ。そんな返事は、ふわとろ卵に包んで飲み込んだ。
□ □ □
「妥協って……誰がそんなこと言った?」
「言葉にしなくても、それが事実ってだけだよ」
「いや勝手に決めんなよ! 俺は本気で好きなんだって言ってんのに!」
「それもわかってる」
「は?」
「当人は本気なつもりだから、本気っていうのも正しいんだよ」
「何ややこしいこと言ってんだよ!」
「でも、つもりになってるだけだから」
「はぁ?」
「そういうことだから」
「おい待てよ! 納得できるわけねーだろ!!」
今日も逃げる。毎日逃げる。足元のおぼつかないガラスの靴で、転びそうになりながら逃げる。
納得できなくて当然だ。
彼の目に映る俺は、今どんな酷い奴なんだろう。
でも、仕方ない。喜んで飛びついたりしたら、その後どうするの? 魔法が解けた後に、俺はどうなるの?
ここには女子がいない。きみの大好きなかわいい女の子たちがいない。だから俺が一番かわいく見えてる。それだけのことなんだよ。
きみがなぜ男子校に入学したのかはわからないけど、この3年間だけ代替品で凌いだら、卒業して女の子のいる環境に行って、もう代替品なんて必要なくなるんだ。
だって、ここを出たら、きみの周りにはたくさんのかわいい女の子たちが入れ代わり立ち代わりやって来るんだから。
中学の時みたいに。


