たとえば私がいないほうが。


 光里が帰った数分後、お母さんが真っ白な顔をして病室に戻ってきた。
 明るい話ではなかったことは、様子を見ればすぐにわかる。
 お母さんは力が抜けたようにベッド脇の丸椅子に座り、しばらく私の顔を眺め続けた。

 夕日が窓から差し込み、部屋がオレンジ色に染まる。
 長い時間、石像のように動かずにいたお母さんが、おもむろに布団から私の左手を取り出し、額の前で両手で祈るように握り込んだ。

 肩が震え、呼吸が乱れ、小さな嗚咽が洩れる。
「お願い……」
 乱れた呼吸のまま、お母さんの震える声がこぼれた。

「お母さんのこと、ずっと嫌っててもいい。勉強だってしなくていい。私はただ、あなたが生きてさえいれば、それだけでいいの……」

 痛切に、祈りを込められた声。

「お願い、生きて……」

 握った手に、水滴が伝い落ちてくる。

「生きて、さくらこ」

 お母さんが泣いているところを、初めて見た。