グラデーションフラワー

1
 制服のスカートが、ぐちゃりとつぶれたドーナツみたいに床に落ちている。わたしは真似をするみたいに、しばらくの間ベッドの上で丸くなっていた。そろそろ晩ごはんの支度をしなくちゃいけないなあ。そう思うのに、充電が切れたみたいに身体が麻痺して動かない。
 ――このストラップかわいいでしょ! この前けんくんとテーマパークに行ってきたんだ。お揃いなの。
 帰りの電車で偶然遭遇した深山(みやま)さんの嬉しそうな声が、頭の中で反響する。
 中学二年と三年のときに同じクラスだった深山さん。彼女は当時、「恋愛とか全く興味ないや」という態度で一貫していた。
 高校はお互いに別の学校だけれど、わたしはことあるごとに深山さんのことを思い返していた。
 わたしだけじゃない、大丈夫、と自分に言い聞かせるみたいに。
「お腹が痛い……」
 毎月恒例の疼きを感じてさすっていると、「ただいまー」と軽快なリズムが鼓膜を打った。
 誰の声だろう? のそのそと玄関に向かうと、お父さんひとりだけだった。よく考えれば「ただいま」と言う人なんてお父さんしかいないのに、知らない人みたいに聞こえたことにびっくりする。
 どうしてなのか、お父さんの頬が、高校の花壇に咲いているアネモネみたいに紅潮しているように見えた。仕事帰りにお酒でも飲んできたのかなと思ったけれど、不思議なくらい無臭だ。
「ごめんなさいお父さん、晩ごはんの支度は今からするから。先にお風呂に入って、」
 割って入るように、お父さんがなにかを呟く。
 首を傾げると、お父さんは鼻をこするような真似をしてから、「恋人ができた」と言った。
 ――今、なんて?
 パンチを喰らったみたいに脳がゆれる。
 キッチンに向かおうとしていた足が固まっていると、子宮の辺りがつきんと痛みを訴えた。
「今夜はおれが作るから、穂果は勉強でもしているといい」
 ドラマで見かけるようなお父さん発言に、口が半開きになる。
 スーツの上着を脱いで、シャツの袖をまくったお父さんが、石のように硬直している娘を気にすることなくキッチンに入っていく。
 いつぶりだろう、お父さんが晩ごはんを作るのなんて。わたしの記憶が正しければ、中学二年の夏休み以来だ。食事だけでなく、洗濯や掃除といった家事全般は、ほとんどわたしが担当している。我が家は昨日までそれが当たり前だったのに、どうしたというのだろう。コップから水が溢れるみたいに困惑が広がっていく。
「できたぞ」
 しばらくして、誇らしげな声と一緒に運ばれてきたのは馴染みのないビーフシチューだった。
 コクのあるソースの中に、ほろほろの牛肉と野菜が浮かんでいる。ブロッコリーとじゃがいもは『普通』だ。ただ、にんじんだけが見慣れない姿をしている。
「花……?」
「型とか使わないで包丁で作ったんだ。上手いだろ」
 自慢げにお父さんが言う。
 わたしが小学生の頃だって、こんなにかわいらしい姿でにんじんが食卓に出てきたことなんてなかったのに。まさか、十七歳になってお目にかかるとは驚愕だ。
「お付き合いをはじめた彼女、千紗都(ちさと)さんに教わったんだ」
「本当に、恋人ができたの……?」
 照れくさそうに、けれどしっかりとお父さんが頷く。
 千紗都さんはお父さんよりも四つ歳下の会社員で、若い頃に一度結婚したけれど、早くに旦那さんを病気で亡くしてからひとりだったという。そんな千紗都さんとお父さんの出会いは、仕事の取引先だったらしい。
「千紗都さんは料理がプロ並みでな。『穂果(ほのか)ちゃんに美味しいごはんを作ってあげたい』とか、『徹次(てつじ)さんには話しづらい悩みごとを聞いてあげたい』とか、穂果のことをよく気にかけてくれるんだよ」
 珍しく饒舌に話す姿は、父親というよりも同世代の男の子に見えた。クラスメイトが、彼氏彼女の惚気話をしている風景と不思議と一致する。恋愛に年齢は関係ないとわかっているけれど、お父さんのこんな表情を目の当たりにするなんて、夢にも思っていなかった。
 顔も知らない、千紗都さんの「してあげたい」という気持ちに窮屈さを覚えるわたしは、おかしいのだろうか。
 テーブルの下でお腹をなでる。雑巾みたいに内蔵を絞られるような感覚に、つい姿勢が前屈みになる。
 習慣のようにお父さんがテレビをつけると、ニュースで若者の結婚観について特集していた。ある調査によると二十代から三十代の男女ともに、恋愛未経験者が増加傾向にあるという。
「日本の未来が心配だ」やれやれとお父さんが首を振る。
『あなたもそのひとりですよね』、とテレビの中から指をさされているような気がして、心臓が嫌な音を立てた。
 見慣れない形のにんじんもお肉も美味しいはずなのに、わたしだけスプーンの進みが遅い。
 下腹部がずきずきと重くなる。もうなにもかも、すべてを放棄して布団の中に潜り込んでしまいたい、という暴力的な衝動に駆られそうになった。
「穂果」
 あっという間に完食したお父さんが、しっとりとした響きで名前をなぞる。
「よかったら今度、千紗都さんに会ってくれないか」
 ずんっ。大きな石が落下したみたいにお腹が重くなる。もしかしてお父さんは、千紗都さんという女性と再婚まで視野に入れて考えているのだろうか。
 そういえばここ半年ほど、酔っ払っている姿を見かけなくなった。恋人を作って出て行ったお母さんの恨み言をよく吐露していたのに。わたしを通して、憎んでいるような、縋るような目でお母さんの幻影を追い続けていたのに。
 わたしが六歳のときにお母さんが出て行って、お父さんがひとりで育ててくれた。事情を知っている親戚や近隣の住民は、わたしのお父さんを『善い父親』『立派な人』だと褒め讃える。
 お父さんには心から感謝している。お父さんがいるから高校にも通えて、毎日不自由なく生活することができている。けれどわたしは、周囲の人たちと同じ温度でお父さんを敬うことができない。
「穂果、聞いているのか?」
「わかった」
 自動ドアが開くように口角を持ち上げたわたしに、お父さんが安堵した様子で綻ぶ。
 来年の春、十八歳になって成人したら、わたしは相手が望む答えを素早くキャッチして、合わせる技術が高まっていくのだろうか。
「ごちそうさまでした」
 ようやく食べ終えて食器を下げに行くと、キッチンは荒れた庭のような状態になっていた。コンロ周りや白い壁、至るところにソースが飛び散っている。
 わたしは身長が低いから、椅子も用意したほうがいいかもしれない。
 食卓から背もたれのある椅子を運ぶと、廊下のほうからお父さんの明るい声が聞こえてきた。スマホを耳に押し当てている。電話の相手は、会話を聞かなくても見当がついた。
 じんじんと酷くなる痛みを緩和するようにお腹をなでてから、スポンジと洗剤に手を伸ばす。

 翌朝学校に行き、昇降口のそばにある自動販売機に向かうと、クラスメイトの栢野(かやの)くんがいた。バスケ部に所属している彼は朝練習だったらしく、オーバーサイズのTシャツにハーフパンツ姿で、額には汗が滲んでいる。
 よっと大きな手のひらを見せた彼に合わせるように、わたしも軽く手上げる。栢野くんとちがって、わたしの手は小さくて丸い。
「なあ笹良(ささら)、昨日の五限目に『高校生活調査アンケート』やったじゃん」
「やったね」頷きながらミルクティーを選択する。
 ダイエットの文字が頭の片隅に浮かんだけれど、甘い気分に打ち勝つことができなかった。体型を気にしているくせに、意志が弱い。
 炭酸水を選んだ栢野くんが、ごくごくと喉仏を上下に動かしてから話を続ける。
「最初の性別を選ぶ欄のところでさ、中黒に丸をつけて提出した生徒がうちのクラスにいるらしいよ」
「ナカグロって?」
「男と女の間にある黒い点印のことだよ」
 呆れたような眼差しが刺さる。みんなは当然のことのように知っているのだろうか。無知な自分が恥ずかしくなって視線が泳いでしまう。
「中黒に丸をつけて提出するなんて、なんか意味深だろ? 昨日の夜、そのことがグループLINEで話題なってさ。笹良(ささら)、見てない?」
「ごめん。昨日の夜はちょっと体調が悪くて」
 嘘ではないけれど、言い訳をしているような気分になる。生理二日目、下腹部から発せられる疼きを今すぐ手でさすりそうになったけれど、我慢した。今朝ストックしてある薬を飲んだのに、効き目があまりよろしくない。
「風邪か? 今はもう大丈夫なの?」
 小さく頷いたわたしは、口端を引っ張るように持ち上げてからミルクティーを飲んだ。
 ああ、甘くて冷たい。今お腹を冷やすのはよくないとわかっているけれど、気温がじわじわと上がり始めた五月半ばに、ホットを選択する気分にはなかなかなれない。
「じゃあ笹良は、カラオケの件も知らないのか」
「カラオケ?」
「話の流れで、来週の土曜にクラスのみんなでカラオケ行こうってなってさ。中間のテスト期間に入る前に遊ぼうって」
 朝、通知の数を見て驚いたのを思い出す。グループLINEが弾けるように稼働していたのは、遊ぶことについて盛り上がっていたからだったのかと納得する。
 ミルクティーのペットボトルを両手に挟むような形で、ごめんと目をつぶった。「誘ってもらえて嬉しいんだけど、その日は予定が入ってて」と言って断る。
 栢野くんはなぜか考え込むような表情を見せてから口を開いた。
「なあそれって、もしかして」
 ふと、彼の背後に見知った姿を捉えたような気がした。話の途中であるにもかかわらず、思いきりつま先立ちをする。今年、クラスが一緒になってから親しくしている女の子。
「おはよう穂果」後ろから声をかけられた。
 透き通るその声は、高くも低くもなくて安心する。いつの間に背後にまわっていたのだろう。
「俺もいるんですけど」
 冗談まじりに栢野くんは唇を尖らせた。
 きれいな歯並びを覗かせた翠(すい)が、今気づきましたとばかりに微笑する。
 すらりとした長い手脚に白い肌。今日も透明感に満ちている翠は、美しい煌めきを放っていた。
「おはよう。翠はクラスのグループLINE見た? カラオケ参加するの?」
 ううんと翠が首を振る。
 穂果はと訊かれ、わたしもと頷いた。来週の土曜は碧(あお)くんと会う約束だからと話すと、ちょうど炭酸水を飲み干した栢野くんが驚いたように目を見開いた。
「えっ、笹良って彼氏いんの?」
 信じられない様子で、えっえっと繰り返す。栢野くんは思っていることが顔に表れる。わたしは眩しく思いながら目を細めた。そしてそれ以上に、この場から逃げ出したくなった。
 みんなのように、わたしは恋の話ができない。こういった場に居合わせたとき、わたしは自分が普通じゃないのだと実感する。世間の目は優しくない。特に少数派に向けられる視線は冷たくなりがちだ。
 わたしは正直に首を振った。
「彼氏はいないよ」
「でもふたりきりで会うんだろ? それってつまり、友達以上恋人未満ってことだよな?」
 どうしてそんなに気になるんだろう、困ったなと首をひねる。
 高校生の男女が休日にふたりきりで会うイコール、恋愛的な意味合いで判断されてしまうことが多いことはわかっている。けれど、もう少し余白があったらいいのに。友達とも恋人とも異なる、自由で色鮮やかな空間が。
 どう説明したらいいんだろう――実は彼氏なんだ、照れて言えなくて――そう嘘を吐くほうが納得してもらえる場面だ。これ以上疑われることも変に揉めることもない。
 でも、嘘を吐いたら後悔する自分が目に見えている。
「栢野、もうすぐチャイム鳴るけど、制服に着替えなくていいの?」
 翠が鞄から取り出したスマホの画面を見せる。
「うおっ、やっば」
 焦りを露わにした栢野くんが、振り返ることなく駆けていく。廊下は走るな、と先生が鋭く注意する声が聞こえた。
「ありがとう」お礼を伝える。
 気にしないでいいよ、というように翠は笑みを浮かべた。
「昨日から急に暑くなってきたね」とこぼした翠が、スカートのポケットからヘアクリップを取り出す。慣れた動作で髪をアップにした。
 普段、髪を下ろしている姿しか見たことがなかったせいか、新鮮な気持ちで後ろ姿を見つめる。ふと露わになったうなじに、斜めに並んだほくろがふたつ見えて、双子みたいだなと頬が弛んだ。
「なに笑ってんの」
「ふふ、なんでもない」
 変なの、と口角を持ち上げる翠と並んで教室へ向かう。
 朝飲んだ薬がようやく効いてきたのか、下腹部にあった深い締めつけは、いつの間にか鎮まり返っていた。
 
「ぼくは、ベーコンときのこのチーズクリームオムライスにしようかな」
「碧くん、決まるの早い」
「穂果ちゃんはゆっくり悩んでいいよ」
 約束していた土曜日。水族館で開催されているアートアクアリウム展に訪れたわたしたちは、隣接している商業施設に入っている、チェーン店の洋食屋で遅めの昼食を摂ることにした。
「どの金魚もすごく綺麗だったね。日本の伝統とか和を感じるの久しぶりだったな」
「子どもみたいに目をきらきらさせてる穂果ちゃん、かわいかったな」
「碧くんだって、表情がはしゃいでたよ」
「そうだったかなあ」碧くんがくすくす微笑む。
 ふと、楽しそうでいいわねと言うような視線を、テーブル脇を通ったウェイトレスさんから感じた。碧くんを認めては、見比べるようにわたしのつむじから首下を映す。
「わたし、ケチャップチキンオムライスにする」
 迷った挙句、定番中の定番を選ぶ。「美味しいって知ってる安心感と、飽きがこないのが最大の魅力だよね」と話す碧くんに百パーセント同意して首を縦に振る。
 碧くんと会うのは今日で四回目だ。春休み、電車に乗っているとき急に貧血に襲われ、偶然そばにいた碧くんが手を差し伸べてくれた。
「ゆっくりしゃがんで、深呼吸して」
 すう、はあ、すう、はあ。
 ――少しずつ、冷や汗が引いていく。
 次の停車駅で一緒に降りてくれた碧くんは、飲み物を買ってくれたり、落ち着くまでわたしと一緒にいてくれた。
 感謝と申し訳なさで胸がいっぱいになる。初めて会うはずなのに、碧くんといるのは不思議と心地がよかった。明るい髪色をした彼はきりっとした一重が印象的で、芸能人みたいに綺麗にメンズメイクをしていた。
 回復したわたしは、お礼がしたいとSNSのアカウントを教えてもらい、ダイレクトメッセージで連絡を取り合うようになった。聞くと、碧くんはわたしと同じ十七歳で美容学校に通っているという。
 悩みに悩んで、デコパスのアイシャドウを贈ると、申し訳なさそうにしながらも喜んでくれた。今日も使ってくれているらしく、碧くんのまぶたを淡く彩っている。
 
 洋食屋を後にして、男女共有のパウダールームに向かった碧くんを待つ。通路の壁際に立っていると、少し先にランジェリーショップがあるのが見えた。ふわりとした繊細なレースに惹き寄せられるように身体が向かっていく。空いている時間帯なのか、お客さんは今わたしひとりだ。
 大人っぽくなりすぎない、美しいデザインのブラにそっと指先を伸ばす。普段は無地のシンプルなものを着用しているため、お洒落なデザインのものは持っていない。
 タグを確認しては肩が持ち上がった。高い。わたしには似合わない。そうわかっているのに、身に纏ってみたいという分不相応な欲が滲み出る。
 ――ほんの少し触るだけ。見るだけ。
 言い聞かせるように深呼吸をすると、隣に人の気配を覚えた。
「控えめなデザインが繊細で綺麗だね」
 いつの間にか碧くんが立っている。碧くんはただ、美しいものを眺めるように穏やかな声色で言った。変な茶化しや気まずさなど、微塵も感じせない佇まいにわたしの気持ちがなだらかに落ち着いていく。
 翠は大丈夫だけれど、こういった場所は同性同士でも気まずく感じることがあるものだ。それなのなどうして碧くんは、これほど自然に馴染んでいるのだろう。美容学校に通っていることも関係したりするのだろうか。
 ふっと、わたしの中で不安に似た羞恥が渦巻く。碧くんは人の好みや大切にしているものを馬鹿にしたりする人ではない。けれど、似合うと思うかはまた別の問題だ。
「翠によく似合いそう」
 誤魔化しと本心が入り混じる。胸の奥がちくりと痛んだ。
「穂果ちゃんは、誰かというより、自分のために見ているのかと思ったんだけど」
 どうやらお見通しだったらしい。また違った意味の恥ずかしさで顔が火照る。
「……だけど、似合わない自分を見てもがっかりするだけだと思うから」
 笑顔を作って、商品をディスプレイに戻した。
「ぼくも、鏡を見てがっかりするときあるよ」
「碧くんが……?」思いがけず目を見開く。
「全身オーバーサイズのものを着たいって思うんだけど、返って身体の細さが強調され過ぎちゃうから、着たいと似合うが合致するのって難しいなってよく思う」
 口調はいつもと変わらないのに、その目はとても寂しそうで。悩みなんてあまりないんだろうなと思っていた自分を反省する。
 でも、と碧くんが口を開いた。
「憂鬱に思うばかりじゃないよ」
「え?」
「自分が素敵だなって思うものを身に纏ったほうが、気分がよくなったり自信をもらえたりすることもあるから。似合うだけが正解じゃないと思う」
 肌をなでるそよ風みたいに、わたしの胸に浸透していく。
 目の前にあるマネキンみたいに、わたしはスリムではないけれど、ときめく心に嘘はつけない。
 店頭に戻したばかりのブラをもう一度手に取って、「一度、試着してみようかな」と勇気を出してみる。
 ふと、通路を歩いている数人の女性が、こちらへ足を伸ばしているのが見えた。
「ぼく、二店舗先にあるセレクトショップを見てるから、ゆっくり考えていいよ。何かあればDMして」
 ひらりと片手を振った碧くんが背中を向ける。
 さらりとした気遣いに、胸の内側がじんわりと温まるのを感じた。
 
「今日は本当にありがとう。碧くんのおかげでいい買い物までしちゃった」
 薄紫色の空に点々と浮かぶ星たちを見上げる。腕にさげるショッパーがスタッカートみたいに跳ねるのが心地いい。
「いいよ。ぼくも気に入った帽子に出会えたし」
「すごく似合ってるよ」
「ありがとう」
 セレクトショップで購入したバケットハットのつばに、碧くんが指先を伸ばす。その横顔に自然と笑みがこぼれた。
 あれ、そういえばこの感じ、似ている気がする。
 今になって、碧くんを見るときの目線高さが翠と同じくらいなことに気がついた。碧くんはわからないけれど、身長のことを気にしている男子は少なくない。
 わたしは自分が低身長なので、これ以上碧くんの背が高くなったら表情が見えづらくなってしまうかもしれないなと、身勝手な想像をしては寂しくなった。
 もし碧くんに恋人ができたら、きっと今みたいに出かけることはできなくなる。変わらないままでいることはおそらく難しい。
 歩幅を揃えて、最寄駅へと向かう。
 ――彼氏、華奢だけど格好いいね。
 ――よく食べる女の子がタイプなんだね。
 ――でも、メンズメイクちょっとやり過ぎじゃない?
 同い年くらいの女の子たちとすれ違う。感想は自由だ。けれど彼女たちは、相手の心に爪痕を残すことになるかもしれないなんて考えもしないのだろう。
 諦めに似た気持ちはあるけれど、それでも当然のようにカップルだと解釈されることに違和感を拭いきれない。SNSのように、それぞれの都合で作り上げられていく事実に、ひやりと背筋が冷たくなった。
「穂果ちゃんっ……」
 碧くんが急に、わたしの手首を軽く引っ張る。驚きのあまり固まったわたしは、そのまま碧くんの肩にもたれかかった。シャツ越しに感じた華奢な造りに息を呑む。
「穂花ちゃん、怪我はない?」
「大丈夫、って碧くんこそ大丈夫じゃないよっ」
 庇うようにわたしの身体を抱きしめた碧くんの右肩に、濃い滲みが広がる。すぐそばでは、申し訳なさそうに頭を下げる観光客の姿があった。その手には缶ジュースが握られている。
 大丈夫ですと相手に安心させるように笑顔を向けた碧くんの肩に、とっさに後ろからハンカチを当てて抑える。
 やっぱり細い。わたしなんかよりもずっと。折れてしまいそうな薄さに一抹の不安を覚える。
「近くにユニクロがあったと思うから、替えの洋服見てくるよ」
「広範囲じゃないから大丈夫。帰ってすぐに洗うから問題ないよ」
 ありがとうと穏やかにこぼした碧くんが、不快感をやわらげるように、張りついたシャツの裾を持ち上げるようにして引っ張る。日焼けを知らない、白いうなじが露わになった。
 斜めに並んだほくろふたつが、流れ星のようにわたしの目に飛び込んだ。