朝の天気予報で「梅雨明け」と出ていた。午前中の授業が終わり、食堂へ行くために外へ出れば熱風がまとわりついてくる。
「あぢ~」
そう言うくせに左側にいる土屋が颯太に腕を伸ばし肩を組む。
「おいー、見てるこっちがもう暑い」
「いや、だっていい腕置きなんだよ」
「あー、確かに?」
おい、と言いながら土屋の腕を外していく。両サイドにいる土屋と佐々木は自分より頭一つ分高い。大翔と同じくらいの身長を持っていたはずだ。
自分の制服の第二ボタンを開けてシャツに空気を送り込む。
だが、それも生緩くて意味をなさない。
「昨日の英語の勉強どうだった? 久しぶりに山田といっぱい話せただろ?」
佐々木の問いに「まあ、それなりに」と返す。
沢山話すことが出来たと言えばそうなるのだろうか。修学旅行で買ったボールペンを大翔が持っていたことを知った。
「美穂が言ってたけど、めっちゃ仲良いって」
「別にそんなんじゃない」
「この前も山田がお前にオレンジジュース渡してたって」
「それは、俺が寝不足だったからで」
ふーん、と佐々木の声が頭上から降ってくる。
だが、何もないわけではなかった。颯太は自分が我慢できずに想いを伝えようとした瞬間を思い出す。
あの時、後輩らしき女子生徒がいなければきっと伝えてしまっていただろう。
「あー、ティティ以外にも懐かれて、お前大変だなあ」
土屋の手が頭の上に置かれる。ぐりぐりと動かされてバスケットボールの気分だ。
「いや、土屋違う。ティティに関してはこいつが懐いてんだよ。そんでお世話してもらってんの」
「あれ、そうだっけ?」
「そうそう」
頭から手が外されると土屋の指がこめかみに触れてくる。自分が汗を拭われたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「汗、やばくね?」
「文化部舐めんな」
食堂の前に来ると、換気扇から漏れ出た玉ねぎを炒めたような香りと肉を焼いたような香りが空腹の胃袋を刺激する。
シャツでこめかみの汗を拭いながら中に入れば、エアコンが効いていた。佐々木と土屋は「あー、涼しい」「生き返る」と言って、用意された食事を取っていく。
今日のメニューはハンバーグらしく、皿の上に乗った温野菜を見ながら自分の胃袋が悲鳴をあげていた。
空いている席につけばバスケ部の下級生が佐々木と土屋に挨拶をしながら去っていく。
「お前ら、また……」
前に座る佐々木の横に座る土屋の白米はこんもり盛られている。
「「ちわーす」」
この挨拶は野球部だ。出入り口に視線を移せば大翔と友人達が入って来ていた。
「お、山田達じゃん。あいつらの方がもっと飯盛るぜ」
ニヤつく土屋は、ハンバーグを口に含む。
そんなこと言われたら気になってしまう。大翔はどのくらいの量を食べているのだろうか。
ぞろぞろとやってきた列に土屋が「おーい、山田ー」と声をかける。大翔と目が合うと無意識に息を止めた自分がいた。
息を吐き出し、ブロッコリーやにんじん、ナスといった温野菜を無理矢理口に放り込む。
「おー颯太、今日は佐々木達と一緒なんだな」
いつもより上がった大翔の口角に思わず、数回しか噛まなかった温野菜を飲み込んでしまう。少し大きかったのか、食道を通っていく感覚に違和感を覚え、お茶で流していく。
「なあ、なあ、飯見せろよ」
土屋の言葉に眉間に皺を寄せた大翔は、こちらを見てくる。
「いや、一緒だろ。意味分かんねえな……」
ほら、と見せてきた大翔の白米は土屋の言う通り大盛りだった。
「な? な? 言ったろ? 俺達より多いだろ?」
「あー、飯のことか」
お盆を上げた大翔はそのまま、友人達の元へ行くと思った。しかし、「こっちで食べるわー」と友人達に声をかけ、一つ空いている自分の横に腰を下ろしてきたのだ。
「今日、一緒に食べてもいいか?」
「えー、いいけど、そっち佐々木一人になるじゃん」
佐々木が「じゃあ、お前が来い」と土屋に移動してくるように手招きをする。
移動するのはどう考えても大翔の方だ。なのに、土屋は文句一つ言わずに立ち上がり、佐々木の横へと席を移動する。
「良かったな、颯太」
佐々木の言葉に、良くない、と返事を返したかった。
この食堂から提供される食事は美味しいはずなのに、何も味がしない。箸でハンバーグを一口大にして口へと運ぶ。玉ねぎや肉の感触はする。ただ、それだけだ。
「佐々木と土屋は夏休み、どうするんだ? 実家帰んの?」
大翔の問いに二人は「試合負けたら帰る」と返事をした。
「山田はどうすんの?」
「俺は、帰らねーよ」
三人は楽しそうに談笑しながらも白米の量がどんどん減っていた。どこにそんな量が入るのか。颯太は皿に残った最後の一欠片を口に含む。
「そうだ、なあ、颯太。八月の後半なんだけど、三日間だけ、泊めてくんね?」
大翔の言葉に咀嚼していたハンバーグのカケラが、鼻の奥に紛れ込む。
「ごふっ、げほっ、鼻いたっ……」
「おいおい、大丈夫かよ」
背中を優しく擦られる。目の前にいる佐々木と土屋が椅子を引くような音が聞こえた。
「大丈夫か? 颯太」
佐々木が箱ティッシュを片手に顔を覗いてくる。「大丈夫」と伝えると、自分の横に来た土屋が「上向け」と顎を上げてきた。
鼻腔の奥に回って来たハンバーグがゆっくりと喉へと落ちていく。
「もう、大丈夫。ありがとう」
そう言って、土屋の手を外す。颯太は元凶である大翔を見る。
「なんで急に」
「いや、どーせ帰れないなら、友達の家で遊ぼうかと」
席に戻った土屋が「いいなー」と何度も言ってくるが、その声は段々とぼやけていく。
「ダメか? せっかく仲良くなれたんだし」
賑やかな食堂の声もノイズが除去されるように大翔の声がはっきりと自分の耳に届けられる。
「……またかよ」
大翔はいつもそうだ。不意打ちに向けてくる銃口はいつも自分を貫いてくる。
ティッシュで鼻をかめば、賑やかな食堂の音が戻ってきた。鼻を拭きながら、緩む口元を隠す。
「また? 嫌なら嫌って言ってくれた方がいいんだけど」
「いや、違う。別のことだから」
傍にあるティッシュに再び手を伸ばし、鼻を拭いていく。別にもう鼻水なんて出ていない。いないのに拭いてしまう。
大翔が放った銃弾は、確実に颯太の脳天を貫いた。「いやだ」と言える雰囲気でもない。
「泊まっても、いい。母さんに聞いてからだけど」
「まじ? やった。じゃあ、ラウント、交換しよう」
すかさずポケットから出して来た大翔はラウントのQRコードを出してきた。
「え、お前ら一年の時、仲良さげだったのに交換してなかったのか?」
「まあ、うん」
土屋の言葉に颯太は苦笑を漏らした。
仲良さげと言っても、しょっちゅう話す仲ではなかった。佐々木がいない時に話をしたりする程度。野球部が夏の大会で負けたあの日。
そして、大翔を慰めたあの日までは、確実にただの友達だった。
颯太は夏を過ぎた頃から、大翔との口数が減っていったのを思い出す。
佐々木がいない時は、隣のクラスの土屋の元へ逃げていた。
「一年の時は、色々緊張してたんだよ」
ティッシュを丸めてお盆の端へ置く。
「確かになー、なあ山田、俺とも交換しようぜ」
「俺も俺も~」
佐々木と土屋もポケットからスマートフォンを取り出し、連絡先を交換していく。
鼻をティッシュで抑えながら、ポケットからスマートフォンを取り出して、大翔のQRコードを読み込む。
ラウントのアカウントに「山田大翔」という名前が追加された。スタンプを送れば、よろしくと返事が返ってくる。
「やっぱそいつと仲良いんだな」
小さな大翔の声が耳に入ってくる。
「あー、ティティと颯太のそれ? なー、仲良いよなあ」
佐々木の言葉に大翔の画面を覗けば、颯太のラウントの背景画像を見ていた。去年、ティティと出かけた時の写真だ。
エモい写真を撮りたいと二人で試行錯誤した中の一枚。青空をバックにスマートフォンを下に置き、五秒タイマーを設定して撮ったものだ。ちゃんとした写真は撮れたが、顔を見合わせ笑っている何気ないこの写真が颯太は好きだった。
颯太の視線が大翔の顔に向かって上がっていく。
大翔の表情が少しだけ曇っているように思えた。
