窓の外は、夏の訪れを彷彿とさせるほどの日差しが教室に差し込んでいた。
英語の授業は決まった席がない。好きな所に座るだけだった。颯太の定位置は真ん中の一番後ろ。後ろに座れば大翔の姿を盗み見ることが出来ると安直な考えだった。
だが、同じCクラスになった途端に、まさか本人から「よっ」と話しかけて自分の前に座るとは、颯太にとって予想外だった。
一日だけかと思いきや、次の英語の授業でも定位置のように座る大翔に対して危機感を覚えた。
日に日に増していく想いは、口から零れてしまいそうになる。大翔に自分の気持ちを知られるのが怖い。
ならば、いっそのこと席を離れてしまえばいい。そう思い颯太は、あえて今日の席を変えることにした。廊下側の真ん中。自分の後ろには、もうすでに他クラスの女子生徒が座っている。
「えー、今日は颯太がここに座るの?」
定位置だったらしい同じクラスの美穂が口を尖らせる。
「ごめん、今日だけ」
「まあいいけど、山田君の後ろ座っちゃおーっと」
軽い足取りで美穂が去って行く。いつも自分が座っている席を見ると大翔はまだ来ていないようだった。
大翔は目つきは悪いが顔はいい。美穂にその場所を譲るのは嫌だったが、しょうがないと腹を括りペンケースからシャーペンを取り出す。
「ってか、暑くない?」
「ねー、アラン先生。エアコン付けてくんないかなー」
確かに、と颯太は自分のこめかみに流れる汗を拭う。教科書で扇ぎながらノートを開いていると前の椅子が引かれた。
顔を上げれば、そこにいたのは大翔だった。
手に持っていた自分の教科書が床に落ちる。大翔がそれを拾ってくれて、机の上に置きながら腰を下ろす。「ありがとう」と伝えれば口元が微かに笑みを浮かべた気がした。
「今日、暑いな」
それだけ言って普段通りに手に持っていた荷物を机に置く。
「あ、やべ。シャー芯の替え忘れた。一本、くれ」
「あ、うん」
何も聞いてこない大翔に颯太はシャーペンの芯を一本渡す。受け取った大翔はシャー芯を机に置くと、大きな手を伸ばしてきた。
自分の前髪が撫でられ、こめかみの汗を拭っていく。
「汗、やば」
こめかみから全身に向かって熱が広がっていく。
「ちょっと、山田ー、あんた背がデカいんだから後ろ行ってよ」
後ろから聞こえてくる女子生徒の声を聞きながら、颯太も後ろに行って欲しいとノートと睨めっこをしながら願った。
「はあ? 真正面を見るわけじゃねえんだから、俺がどこにいようが問題ないだろ」
「うわ、ジャイアンじゃん」
「うるせー」
「山田、サイテー」
女子生徒と大翔の応酬が耳に入っても流れていく。
授業が始まったが、何も入って来ない。結果、抜き打ちで行われた小テストの解答用紙は真っ白に近い。脳の隙間から溢れ落ちた英単語を拾いあげていく。
「はい、終了。横か、後ろか、前の人と交換してー」
顔を上げて大翔を見る。しかし、颯太の視線は横の席へと動く。無理だ、と思ったからだ。
エアコンがつけられ、冷気が肌をどんなに撫でていっても、こめかみの熱は消えない。
だが、解答用紙が大翔に奪われていく。前に視線を戻せば「ん」と大翔が解答用紙を渡してきた。受け取り、アラン先生の説明を聞きながら赤いボールペンで丸を付けていく。
強くない筆圧は、書道をシャーペンで書いてるかのような知的な文字。男の自分でさえも羨ましくなる。
大翔は全問正解だった。
「じゃあ、解答用紙返してー」
大翔から返ってきた小テストは酷い有様だった。五問中二問しか合っていない。
こめかみの熱も引いていく。
「俺と前期テスト前、勉強するか?」
前から降って来た言葉に顔を上げれば、体を横に向け頬杖をついた大翔がいた。
「いやだ」
迷いもなく颯太は答えた。授業の終わりの鐘が鳴り響く。
「でも、英語苦手だろ?」
右端の生徒の「起立」という声が聞こえる。椅子を引く音と共に立ち上がれば、大翔を見下ろす形になった。
「大翔だけには教わりたくない」
大翔となんて勉強したら何も手がつかなくなる未来が颯太には見えていた。
「礼」
立つこともない大翔は、じっとこちらを見つめるだけで何も言ってこない。
「じゃあ、いいや」
そう言って立ち上がった大翔は、アラン先生に頭を下げた。
「でも、お前。まじでやらねえと、またクラス下がるぞ」
「……分かってる」
ほんとかよ、という大翔の言葉に颯太は口内を軽く噛む。
「まあ、まだ時間あるし、考えといて。俺はお前とせっかく一緒の英語のクラスになれて」
大翔の言葉が止まる。一緒のクラスになれてなんだというんだ、と颯太は自分のペンケースにシャーペンをしまっていく。
「……嬉しいんだよ」
ばっ、と顔を上げると大翔は表情ひとつ変えず、「なーんてな」と言って教室を出て行った。
「は?」
平然とそんなことを言える大翔が恐ろしく思えた。引いていったはずのこめかみに熱が再び灯る。
教室を移動しなければならないのに、颯太は椅子に再び腰を下ろしてしまう。
机にうつ伏す颯太の顔は、食べ頃のりんごのようだった。
「あいつ、俺を殺す気かよ」
颯太は笑って、ためらいもなく銃口を向けてくる大翔を想像した。
両手を上げてもそれがなんなのか分かっていないように撃ってくる。もう何度も撃ち抜かれ、立っているのもやっとだ。
しかも今になって至近距離で撃ち始めた。どんなに速く動いても百発百中で的確に当ててくる。
「マジでHP、雑魚いし、こんなん徹夜したって無理ゲーだわ」
颯太の指に引っ掛けていたペットボトルが地面に落ちる。
それを拾い上げ、土を払う。
大きなため息をつきながら、前髪をくしゃくしゃにする。我慢してきたものが一週間前の出来事で、いとも簡単に崩れたのだ。
「あー、雑魚い。ほんと、雑魚すぎる」
颯太は再び蓋を開けた。
