次の日、空は珍しく曇天だった。仄かに雨の香りが鼻先を撫でていく。昼食を摂った後、コンビニのアイスを食べたいがためにティティとベンチに座っていた。
「その味、好きだねえ」
「うん」
木のスプーンでオレンジ色の氷を削っていく。一口食べると広がっていく瑞々しい甘酸っぱさに、口元が緩む。
「ねえ、一口ちょーだい?」
「え、やだ」
「えー! 僕のもあげるから!」
手元にあるティティのカップはソーダ味だった。嫌いではない。むしろ悩んでいた味だ。
カップを差し出すと自分で氷を削って口に含んだティティは、「んー!」と声を出していた。颯太も同じように削ってソーダ味の氷を食べる。冷たくて、優しい味だった。
食堂の方から佐々木と土屋の姿が見えた。どうやら向こうもこちらに気づいているようだ。手を挙げれば土屋が駆け足で近寄って来た。まるで大型犬のよう。
苦笑をこぼした颯太は、自分の横に座る土屋が口を開いていることに気づく。
「なんだよ」
「俺にもくれ」
「いやだ」
「さっき、ティティにもやってただろ」
ティティは自分のスプーンで食べていたのだ。
自分のスプーンを使って誰かにあげるのはいやだった。
「あ、それなら俺も俺もー」
「だから、嫌だって」
ニヤニヤ笑う佐々木がしゃがんで土屋と同じように口を開ける。はやくしろ、と言われ、仕方がなく二人の口にアイスを運んでいく。少し減ったオレンジ味の氷は、溶け始めてカップの中で動き始めていた。
「うんまー、もう一回くれ」
「自分で買えよ!」
「はーやーくー」
肩に顔を乗せてくる土屋に「分かったから」と言って、オレンジ味の氷をスプーンに乗せて運ぶ。
「なに、やってんだ?」
土屋がスプーンを咥えた瞬間に大翔の声が聞こえてきた。コンビニ側に顔を向ければ、八木と共に脇道から歩いて出て来る。
「あれ、何してんの?」
佐々木の言葉に八木がコンビニの脇を親指で示す。
「こっちにグラウンドあるだろ? 飯食ったあと、キャッチボールしてたんだよ」
ティティの横に腰を下ろした佐々木は、大翔を見て「ふーん」と腕を組み始めた。
「お前も欲しいなら、もらえばいいじゃん」
佐々木の言葉に、大翔が自分の前に来て膝を曲げる。いつもより視線が自分より下がり、自分の唾をごくり、と飲み込んでしまう。
「くれ」
餌を待つ雛鳥のように口を開けた大翔。震える手で氷を掬う。しかし、何度もカップの中に落下していく。
「おいー、何やってんだよ」
そう言いながら土屋の手が颯太の手に触れようとした時、大翔の大きな手が震える手首を掴む。
掬った氷は大翔の口の中へと消えていく。鼻から吸う息が浅く短くなってしまう。
「さんきゅ」
戻ってきたスプーンを目で追う。
「なあ、もう一口くれ」
土屋が横から肩にくっついてくる。
「……やだ」
「え?」
「やだ、もうやんない」
「なんでー」
「俺の分がなくなるだろ!」
違う。本当は大翔の次に自分が食べたかった。土屋は文句言いながら立ち上がり佐々木と共にコンビニへ入って行く。
大翔と八木もコンビニの中へと消えていく。
「良かったね」
肘で突いてくるティティの肩に頭を乗せる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、心臓の鼓動が落ち着いていく。
「まじで心臓もたない」
「えと、なんだっけ、あれだ! きゅんきゅんしたよ」
優しく肩を撫でられ、自分の顔を手で覆う。
「苦しい」
「そうだね」
「もう告って楽になりたい」
タイ語で何かを呟くティティに颯太は「なんて?」と聞く。
「教えなーい、だって、こんな美味しい状態、間近で見れてるんだもん」
「美味しい状態? 状況の間違いじゃなくて?」
「えー、どっちか分かんない」
「いや、状況だろ。どういうことだ、ティティ」
颯太はアイスのカップを横に置いて、ティティの腰に両手を回し揺らす。
「面白がりやがってー!」
「あはは、やめてよー颯太ー」
コンビニから出て来た佐々木と土屋が「またやってら」と言いながら、袋から棒アイスを取り出して近づいてくる。
「まーた、イチャイチャしてんのか」
「そうそう、甘えてきた颯太を可愛がってる」
ティティの口元にチョコがコーティングされたアイスを持って行く佐々木は、颯太を見下ろしながら笑っていた。
「お、うんまっ。ありがとー」
そのまま、そのアイスは自分にも向けられる。一口食えということだろう。ティティとは反対側にかぶりつく。
「うん、うまい」
「ほら、俺のもやるよ」
土屋のアイスは抹茶の棒アイスだった。かぶりつくと苦味と甘味が入り混じる。
「まあまあ、うまい」
「まあまあとかいいながら一口でけーよ」
笑う土屋に颯太は、笑い返した。コンビニから出てくる大翔と八木は、こちらを見ながら同じようにアイスを取り出していた。
大翔は押し出すタイプのアイスのようだ。二つくっついている容器を外し、口をつける部分を外す。
眉間に皺を寄せながら近づいてくると、大翔に腕を引かれ、ティティから引き剥がされる。しっかり座れと言いたげだった。
「ほら、これ一口やる」
口に含み、まだ溶けていないそれを歯で噛んで押し出す。甘いコーヒーの味が口内に広がった。
細かい氷が瞬時に溶け、液体へと変わる。
「うまい」
「だろ」
大翔は躊躇いもなく、他人が咥えた部分を口に含んでいた。「じゃあな」と去って行く大翔と八木の姿に、颯太は「無理ゲーすぎる」と声を漏らした。
「無理ゲーってお前がいつもやってんのそんな難しくないだろ」
「いや、難しい。超むずい」
自分の横に置いておいたカップを手に取る。氷はほとんど溶けてしまっていた。容器に口をつけて、流し込み、残った氷をスプーンで掬う。
「まっじでむずい」
颯太は、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。
