背中文字のカムトープ

 雲一つない青空に上がる小さな白い丸い星。
 颯太は広い球場を観客席から見下ろす。相手高校の打者が一塁に出た。
 思わず脚本を想像せずには、いられない。

◯野球場(俯瞰)

 グラウンドに向かって声を上げる西大和高校の生徒達の声。

◯野球場・得点板

 西大和高校と北都学園と学校名が書かれている。
 西大和高校 計ニ点。
 北都学園 計五点。

◯野球場・グラウンド

 汗を拭う大翔、真剣な眼差しをしている。
 ピッチャーである八木、ボールを投げる。
 打者がバットを振るう。
 当たったボールは再び、空に上がる。


「獲れー!」

 横にいた土屋の声で脳内の脚本が閉じた。戻った意識は上がったボールを無我夢中で追いかける。
 ボールはグラウンド外にある得点板の近くへ落ちていく。
 ホームランだ。
 俯き、帽子を深く被った大翔に目を向けてしまう。
 塁に出ていた一人と打ったばかりの打者がホームに帰ってくる。得点板の西大和高校の点数は、二から四へと変わってしまった。
 相手の西大和高校の観客席から喜びの声が響き渡る。
 
「がんばれ」

 もう頑張っていることは分かっているのに、声が出てしまう。

「がんばれー!」

 颯太は、一年生以来の大声をグラウンドに向かって叫んだ。隣にいる佐々木や土屋も颯太と共に声を上げる。
 その後、なんとか続く得点は抑えることができた。北都学園の攻撃になる。塁に出たのは二人。そして、背番号九番を背負った大翔が打席に立つ。

「大翔ー、がんばれー!」

 準々決勝などで大翔が打席に立つと、走者をホームによく返していた。

「今回、あいつやる気すげーよ」
「山田ー!」

 帽子の間から流れる汗をタオルで拭う。グラウンドにいる選手は、きっとこんな汗をもっとかきながら張り裂けんばかりのプレッシャーと緊張が混じった空間で戦っているのだろう。

「がんばれ、大翔っ」

 両手を握り締める。鋭い音がグラウンドに響く。

「いけー!」
「走れ走れー!」

 溢れんばかりの声が鼓膜を貫く。得点板に書かれている北都学園の点数が五から七に変わった。
 吹奏楽部のトランペットの音や打楽器の音が観客席を、肌に触れる空気に振動を与える。
 佐々木と土屋と抱き合いながら、大翔の名前を呼ぶ。
 塁に出た大翔は帽子を取って、肩で汗を拭う。それだけで、心臓がまた痛くなった。

「かっこいいな、大翔は」

 思わず出た言葉に、佐々木と土屋が驚いたような表情をする。そして、そのまま肩に腕を回されて「だな」と三人で笑い合った。




 バスに揺られて北都学園に向かっている颯太は窓の外を眺めていた。

「いやー、あそこで打てる心臓がやべーよ」
「山田、やばいよな」

 大翔の名前ばかりが上がる。嬉しいはずなのに、あんなに自分も喜んだのに今は、素直に笑えない。
 得点は四対七で決勝戦の切符を北都学園が手に入れることができた。あの後、九回表まで大翔達は守り切ったのだ。
 最後に整列して帽子を取って観客に頭を下げる野球は、青春の一ページと言える表情をしていた。
 大翔も口元を緩めていたが、その顔と少し怖い真面目な表情はギャップがあるらしい。女子生徒達の気になる存在になっており、名前を呼ばれていた。

「……やだな」

 横にいた土屋が肩に寄りかかってきた。

「なにが?」
「別に」
「あー、分かった。山田が人気者になってモテ期だから怒ってるんだろ?」

 間違ってはいない。二年生の時はそんなに名前が上がっていなかったのに、なぜ今になって。
 颯太は肩にいる土屋の顔を押す。

「正解なのか? なんだ、お前。可愛いとこあんじゃん」
「どこが可愛いんだよ、やめろよ。ティティも言うんだよ、そういうこと」
「あー、ティティは言うだろうな。可愛いの好きだし。あいつの部屋、可愛いもの多いもん」

 バスが学園に入って行く。プシュー、と空気が抜けるような音がするとバスが停車して扉が開く。
 順々に出て行く生徒の波を視線で追う。ポケットに入れておいたスマートフォンが揺れた。画面には山田大翔の文字。メッセージが来たようだった。画面をスライドして確認すれば、思わずスマートフォンを抱きしめたくなってしまう。

 声、聞こえた。さんきゅ。

 たったそれだけなのに、なんとも言えない苦しさがあった。言葉にするとしたら、優越感というものかもしれない。そこに淡い恋心もくっついてくるから、ややこしい。何度、大翔のことで胸が苦しくなるのだろうか。颯太は俯き、大翔に「お疲れ。かっこよかった」とだけ送った。
 そっと、画面にある「さ」の文字を長押しする。上に動かせば「す」が出てくる。スライドせず指を離せば「さ」が入力され、「か」を長押しした。

「颯太、行くぞ」

 土屋に肩を叩かれて、「さ」と「か」を消していく。
 バスから出ると、あの球場の暑さを思い出させる熱風が頬を撫でた。

「……あっつ」