背中文字のカムトープ


 コンビニでティティと話をした颯太は、結局大翔に会うことなく帰路に就いた。
 家族と食事を摂り、リビングで姉さんとドラマを観ていた。
 脳内で変換されていく脚本は、颯太をより楽しませる。

◯道(夜)

 スーツを着ている翼、半袖にジーパンを履いている有紗の手を引いて足早に歩く。

有紗「ねえ、ちょっと、ねえってば!」

 翼の手を振り払う有紗。
 翼、手を見下ろす。

有紗「意味わかんないんだけど!?」
翼「……やっぱ無理だ」
有紗「なによ、それ」

 声を震わせる有紗、近づいてくる翼の胸を叩く。

有紗「あんたが別れようって言ったじゃん!」


 机にあった颯太のスマートフォンが通知音と共に振動した。
 手に取りメッセージの相手を確認すると「山田大翔」と書かれていた。

「……っ」

 スライドして内容を確認すると、颯太は勢いよく立ち上がった。

「は? ちょい、なに」

 姉さんの怪訝な顔はごもっともだ。テレビの中の俳優と女優は、互いを見つめ、唇が触れそうになっているシーンだ。
 颯太は「ごめん」と言って、リビングを出て行く。部屋に入り、再び画面を確認した。

「今、電話できるか?」

 たったその一言だけなのに、息が苦しくなる。ベッドに座り「いいよ」と返事を返せば、電話がすぐにかかってきた。
 来なかった理由を話してくれるのだろうか。
 今から何を言われるのだろうか。
 そんな不安を抱きながら、指をスライドしてそっとスマートフォンを耳に当てた。

『颯太、悪い。こんな時間に』

 電話の向こう側にいる大翔の声は僅かに響いており、遠くの方で誰かの話し声が聞こえてくる。

「ううん、大丈夫。どうした?」
『今日、行けなくて悪かった。本当にごめん。待っててって言ったのに』
「しょうがないよ。用事があったんだろ?」

 帰り際に中庭で飛び跳ね、嬉しそうな顔をした女子生徒の顔が浮かぶ。

『ああ、実は……後輩に呼び出されてさ』
「男?」
『いや、女』
「ってことは、告白、か」

 取り繕う声は、大翔にバレていないだろうか。自分の足元を見下ろす颯太は、小さく息を吸った。

「良かったじゃん」
『全然、良くねえよ』
「なんでだよ、告白だろ?」
『テスト前だぞ? 頭湧いてんのかって思ったわ』

 つい先日、自分も勢いで告白しそうになっていたことが蘇る。あの時しないで良かった、と颯太は胸を撫で下ろす。

『ってか、違う。後輩との話なんてすぐ終わったんだ。だけど、色々考えてたらいつの間にか、時間がもろに過ぎてた。ごめんな』
「何回謝るんだよ。別にいいよ」
『一人で帰ったのか?』
「いや、ティティに会ったから二人でだべって唐揚げ食って帰った」

 大翔が電話の向こうで息をついた音が聞こえた。まじか、という声も聞こえる。

「おい、どうしたんだよ」
『いや、なんでもない』

 だが、そんな雰囲気ではない。

『俺、野球に集中しねえといけねえのに……』
「大翔?」

 ふー、と息をつく音が耳元に届く。
 
『悪い。テスト勉強、明日から部屋でやるわ』
「え?」

 胸に何十キロもある重りが乗せられた気分だ。

『お前のことだから、どうやって振ったんだよ、とか聞いて来そうだろ』
「いや、聞かねえよ」
『はは、そう言われると聞いて欲しくなるな』
「なんでだよ」

 大翔の笑い声に、颯太の胸に乗った重りがすぐに取っ払われていく。

「なら、聞いてやろうか? 野球に集中したい、とか、好きな人がいる、とか言ったんだろ?」

 電話の向こう側で、誰かが大笑いしている声が聞こえる。そして、誰かの足音も。
 大翔自身が動くような音が聞こえてくる。「おーい」と声をかけても、返事は返って来ない。
 もしかして、本当にそう言ったのだろうか。なら、好きな人は誰だ。
 勝手に詮索し始める脳は、大翔に声をかけたりしている同じ学年の女子生徒達の顔を呼び起こす。

『……わっかんねえ。覚えてねえ』

 返ってきた言葉に颯太は「はあ?」と声を出した。
 告白されて、振った言葉を覚えていないとはどういうことなのだろうか。
 ここまで黙っておいて、それはないだろう。

「じゃあ、いいや」

 好きな人を聞いたところで、枕を濡らすのがオチだ。颯太はベッドの上に倒れ込む。

「とりあえず、明日からテスト勉強は別ってことだな?」
『そうなったらお前も家でやんの?』
「いや、学習部行って、ティティとやるかな」

 また、大翔のため息が聞こえてきた。

『お前さ、まじで』
「なに」
『いや、なんでもない』
「あ、そうだ。話変わるけどさ、母さんが泊まってもいいって」
『……やば、すんげえ嬉しい』

 噛み締めるように喜んでいるような声がした。そんな大翔の反応に颯太も小さく笑ってしまう。

「そんなに?」
『あったりめえだろ』

 電話の向こう側で音楽が流れ始めた。そろそろ消灯だと、知らせる鐘のようなものだ。颯太は過去にティティと電話した際に、聴いたことがあり知っていた。

「じゃあ、寝るか」
『……え』
「だって、そろそろ消灯だろ?」
『そんなことも知ってるんだな』
「まあ、ティティとよく電話するしなー」

 電話の向こうで『またティティ、かよ』と聞こえた。笑って吐き捨てるような声色ではない。どこか、苛立っているような声色だった。
 颯太はこめかみに大翔から銃口を向けられている気分になる。余計なことを聞かなければいいのに、浮き立つ胸はそれを止めようとはしない。

「なんだ、嫉妬か?」

 笑いながら大翔に問いかけた。

『あー……、たぶん、そう』

 撃ち抜かれた弾丸はものの見事に貫通し、空いてる腕で自分の目元を覆う。

「ふーん」
『じゃあ、切るわ』
「うん、おやすみ」
『……おやすみ、颯太』

 電話が切れた画面を見上げる。
 重くなったり浮き足だったり、苦しくなったり、自分の心臓にもう一人住んでいるのではないかと思うくらいだ。
 
「やば、顔あっつ」

 大翔がティティに嫉妬をしている。それは友達を通り越しての感情だろうか。そうだとしたら、自分と同じ気持ちだったりするのだろうか。
 うつ伏せになった颯太は、ベッドに顔を埋めた。