一歩早すぎ!?な多音ちゃん

 入学式の間も彼女の様子はおかしいままだった。新入生入場のために列になっていたところにずっと僕の顔をじっと眺めていた。微笑みながら軽く手を振ると、恥ずかしがる様子もなく、真顔のまま敬礼を返してくれた。入場してからもちらちらと後ろに座る僕のことを観察してくる。一歩間違えるとストーカーと疑われそうなものだが、彼女には不思議と気持ち悪さというか、不快感がなかった。むしろ、「何で、俺?」といった疑問の方が強かった。

「新入生!退場!」
 その声がかかった後、新一年生は皆それぞれ自分たちの教室に向かった。僕たちは、A組の列に並んで教室に入った。そして、今からがお楽しみの担任発表だ。となり教室内がそわそわとしている中、多音が近づいてきて、僕の頬をぐりぐりといじり始めた。
「おお、もちもち」
「なんでいきなり触ってくるんだよ。周りに変な目で見られるでしょ」
「いや、気にしないよ。だって、歩はこれからもっと恥をかく。だからこのくらいは日常茶飯事になる」
「またそんなこと言って、はあ。てか、多音はどこの席なの?」
「ん?もちろんここだよ」
 そう言って、真横の席を指さす。僕は頭を抱えるしぐさをしたが、それを見て彼女はにやりと口角を上げた。そして、机に顔を伏せた僕の耳にささやいてくる。
「歩って恥ずかしがり屋さん?あんまりクラスじゃ喋らないタイプ?」
「そんなこともないけど。いや、」
「じゃあさ、私と挨拶の練習をしよう。ちゃんと挨拶ができるようにならないと愛想が悪いと思われちゃうよ」
「いいよそんなこと」
「そんなこと言わないで。ちゃんと挨拶、するの。はい、おはようございます」
「おはようございまーす」
「もっと大きな声でやらないと誰も聞こえないよ、はい、もう一回大きな声で」
「おはようございます!」
「いいよ、もっと大きな声で」
「おはようございます!!!」
 多音に乗せられて、僕は大きな声を出しすぎてしまった。そして、不運なことに僕が大きい声を出した瞬間に大柄な先生が入場してきてしまった。
 「おお、すごく元気に挨拶してくれた人がいるぞ!君は誰だ?」
 先生は、まんべんの笑みで僕のことを指さしてくる。クラスメイト全員が僕に注目して、くすくすと笑っているのが聞こえ、耳が真っ赤に染まっていく。
「あ、たかはま、あゆむって言います」
「おお、歩くんか!よろしくな!俺はこの一年このクラスの担任をすることになった、大本鉄郎(おおもとてつろう)だ」
「ああ、よろしくお願いします」
「よかったね、歩。もうこのクラスの人気者になったよ」
 多音はさっきよりも半音高い声で耳打ちしてくる。誰のせいだよ!
 「どちらかというと、人気者というより変人だと思われてるんですけど」
「服の色が違う時点ですでに異端児だよ」
「それは多音もいっしょでしょ」
 先生は準備を終えると、教卓の前に立ってみんなを座らせる。
「よーし、座れー」
 入学してすぐ、緊張と浮つきが走るクラスの中で、みんなすぐに着席をする。
「よし、みんな座ったな。じゃあ、改めて自己紹介するぞ。このクラスの担任になりました、大本って言います。楽しく厳しいをモットーに授業していくから、みんなよろしく。あと、担当授業は数学だ」
 ゴリゴリのマッチョ体型にジャージという明らかな体育会系の見た目をして数学なのか、というギャップに驚く。
「それじゃ、俺の自己紹介をしたところでまずはクラス委員を決めなくちゃいけないんだ。これからすぐに学年集会があるからね。じゃあ、クラス長やりたい人は挙手!」
 先生がそう言っても、当然誰も挙手も返事もしない。
「困ったなあ。早く決めなくちゃいけないのに」
 先生が困り顔で全員の顔を眺めていく内に僕と目が逢った。そして、首の動きが止まる。
「お、歩君、こういうの好きじゃない?」
「いや、え!」
 突然の名指しに驚く。反応に困っていると、横に座っている多音がぼそっと漏らした。
「歩君はクラスの人気者になりたいみたいですよ」
「ち、違う、そんなことな、」
 僕が言い終わる前に先生は笑顔になって言う。
「よし、異論もないみたいだし、高浜歩君にクラス長をやってもらおうかな」
 クラス中から生暖かい拍手が巻き起こった。もう断ることはできない。
「じ、じゃあ僕がやります」
「よし、決定だ!あと、副委員は、」
「私がやります!」
 歩の後ろの席に座る女子が大きな声で手を上げた。
「おお、いいねえ。君、名前は?」
「大辻尋絵(おおつじひろえ)です!高浜くん、よろしくね!」
「ああ、よろしく」
 多音が余計なことをしてくれたせいで、大変な高校生活が幕を開けてしまった。