冬の魔物

 はあっとため息をつきノートに彼女の名前を書いたところで、不意に名前を呼ばれて驚いた。

「わ! 綾川さん!」

 俺はガタンと音をさせ、慌ててノートを閉じた。彼女はそんな反応を返すと思っていなかったのか、びっくりした表情を浮かべていた。

 そして、しまったと思った。あまりにも、挙動不審過ぎだぞ。俺。

「ごめん……驚かせちゃって」

 ここは図書館で、静かにしていることが暗黙のルールだ。綾川さんは周囲を見回して、誰もいないことを確認していた。

 誰もいない。二人きり。うん。そうか……今は、それがなんだか。

「いやいや……ごめん。うん。なんでもない。ごめん」

 見られていないはずと思いながら、顔が熱くなってきたのを感じていた。駄目だ。駄目だ。うん。駄目ではないけど、駄目だ。

 ……これを、自分に言い聞かせている時点でもう、本当に駄目だ。

「佐倉くん。何かあったの?」

「いや、何も……」

 心配そうな表情の綾川さんの顔は、驚くほどに近かった。駄目だと思いながら、唇が触れた。一秒もかからないうちに我に返った。