ガラスの靴の殺人姫

─── ❦ ───


「…」

夢か?これは。

なんで、セレネがここに…
昨日、本読んでて、寝ちゃって…、
…その間に?

なんで?


“モロー、セレネを大切にしてあげてね”

マリー…?

“セレネは、寂しがり屋で、私がいなくなったら抱きつける人もいないと思うの”

「…」

だから、か…。

境界線とか、立場とか。
そういうの以前に、セレネに、モローとして、抱きしめるくらいは、できるんじゃない?


そんなに、区分って大切?


“モローは、それでいいの?”
正直、どういう意味で聞かれたのかよくわからない。

別に今の関係に文句はない。

セレネといて楽しいし。
好きな剣術も続けてる。
本を読むのも好きだし、セレネの部屋を片付けるのも別に嫌いじゃない。

執事服も結構気に入ってるし、使用人さん達も自分の子供みたいに話しかけてくれる。

なにがだめなんだろう。

昔に戻りたい、と思うのはマリーに会いたくなる時だけど…

“モロー!はやく!”

時は戻らないからなぁ。


ブラウンの髪に、そっと、手を伸ばした。

毎日乾かしている髪だけれど、こう見ると綺麗な気がする。

風でカーテンが揺れて、日の光が入ると、蜂蜜色に光を集める。

もし僕が、執事ではない道を選んでいたら。
厳密には選んだわけではないのだけれど。

考えても無駄か。
朝食の準備に行かなくちゃ。


─── ❦ ───


厨房で、鍋を横目にお皿を洗う。

使用人だけでも多いのに、料理人もかなりの人数がいる。

「モロー君おはよう」
とメアリが声をかけてくる。
「おはよう、」

「セレネ様起こしに行く?」
「あ、うん、行ってくる」

今日の朝食はセレネ大喜びだろうな、なんて考えながら、セレネの部屋に辿り着き、引き返した。

僕の部屋から遠いんだからさ…、
てか、僕の部屋知ってたんだ。

階段を下りて、廊下を歩いて、また下りて。

「セレネ姫」
と、律儀にノックをするのだが、もちろん返事はない。

そっと開けると、セレネが椅子で本を読んでいた。

「あ、モローおはよ」
「おはようございます、よく眠れたんですか」
「うん。すっごいよく寝れた」

ふぁーあ、と伸びをしながらあくびをすると、ふらふらと立ち上がり、抱きついてきた。

「…」

「モローの部屋にはブラシないのー?」
「ないですよ、」
「えー、」

ブラシの代わり、と言うには頼もしくないが、手で髪を梳いてみる。

「いいね、それ」
「今日は食欲ありますか?」
「うん、」
「朝食の準備、できてますよ」
「今日はなに?」
「エッグベネディクトです」
「最高!早く行こ!」

セレネに手を引かれ、食堂に足を早めた。

食堂のドアを押し開けると、
「ほんとだ!モロー天才!」
なんて飛び跳ねて喜びを表現している。

「セレネ、埃が舞うからやめなさい」
と王妃陛下に注意されている。
「はぁーい」

椅子に座ると、目を輝かせて、唇を舐めた。

厨房からオニオンスープを運ぶと、
「ぇへ、ありがとう」
なんてパンの屑がついた顔で笑みを浮かべる。

「ついてますよ、」
と布巾で口元を拭うと、
「知ってたし!」
なんて謎の負けず嫌いが発動する。
「そうですか。」

「セレネ、そんなんじゃイムレでうまくやれないぞ?」

イムレ?

「なんで?」
「向こうには、モローみたいにセレネを甘やかしてくれる人はいないんだ、」

「モローがいるじゃん」
「モローは一緒に行けない」

「え?」
慌てて口を塞いだ。

「失礼いたしました、」
と慌てて厨房に駆け込んだ。

厨房のドアを後ろ手で閉めて、そのままドアに寄りかかった。

「なんでよ、モローと一緒じゃないなら行きたくない」
「もう結婚は決まったんだ、」
「いやだよ、取り消す」
「そういうのはできないんだよ、ちゃんと言ったはずだ」
「言われてない」
「聞いてなかった、んだろう?」


セレネが、イムレに…

「モロー君大丈夫?」
とメアリが顔をのぞき込んでくる。
「うん、大丈夫、」

「アポリアはもう時期なくなるんだよね」
「セレネ姫が結婚するから?」
「そう。私達はもう、仕事がなくなるの」

「…」


「だから!嫌だって言ってんじゃん!」
「セレネ、落ち着きなさい」
「じゃあ父上は母上と離れ離れになれって言われたら、はいそうですかって受け入れるの!?」
「…それとこれとは別だろ?」
「一緒だよ、何も違わない。」
「これはもう決まったことなん_」
「もう一回、イムレに会わせて!」


セレネの中でイムレは会いたくなるような人間になったのか…?

「モロー君も大変でしょ?」
「なにが?」
「いつもセレネ様に振り回されているじゃん」
「そうだけど、別に苦ではないんだけど。ただ、離れるとなると…」

僕は、セレネに出逢う前、セレネといない時。

どんな生活をしていた?


─── ❦ ───


「急に呼び出すなんて珍しいな。」

城のベランダで、イムレとセレネが話している。
セレネはスコーンを食べていて、モローは自身の部屋で本を読んでいる。

「私、貴方と住みたくない」
「へぇ。住まなきゃいいじゃん。」
「どうすればいいと思う?」
「俺と結婚するから、イムレに来なきゃ行けないんだろ?」
「そう」
「じゃあ、イムレに来られない理由を作ればいい。」
「例えば?」


「アポリアの女王になるとか。」
イムレは、ため息をつきながらそう言った。

「そんなん拒否するやついねぇよ。」

「たしかに…」
とスコーンを頬張る口元には屑がついている。

「俺もお前みたいなみっともないやつと住みたくない」
「なにそれ!」

「うるせぇな、本当に、笑」
「お前の執事どうかしてるぜ、笑」

「どうかって?」
「物好き。」

「じゃあアポリア国民みんな物好きね。」

「お前の執事、幼馴染って本当かよ」
「そうだよ。ちっちゃい時から一緒にいる」

「イムレに来たくないのってその執事が好きだからじゃねぇのかよ」
「…そうだよ?」

「本命はそっち、ってことか」
「ん?」
「なんでもねぇよ、」

「スコーン食べなくていいの?あげるよ」
「俺が持ってきたんだぞ」
「木苺のスコーン初めて」
「そうかよ。」

「…この前は悪かった」
「この前って?」
「誘拐、されちまっただろ」
「誘拐?あぁ、」
「俺がお前の執事を連れていけばああはならなかったのかなって思うんだ」
「まぁ、そうだろうね。」
セレネは否定することなく、次のスコーンを手に取った。

「モローは護衛もできるからね。毎日ナイフ持ち歩いてるよ」
「あんな眠そうな顔してるのにか?」
「うん。どこかのポケットに入れてる」
「怖ぇな、」
「切れないやつだった気がする。全身骨折させられるくらいの」
「だとしても怖ぇよ、」
「そう?」

「ほんとうに連れていけばよかったな。なんとなく気に入らなかったんだよ、」
「ぼけっとしてそうだもんね。」