─── ❦ ───
翌朝
目が覚めて、起き上がる気力もなく天井を眺めていると、誰かの足音が近づいてくる。
モローか…
モローだったらいいなぁ…
なんて、目を閉じると、ドアの隙間から何かが投げられ、壁に刺さった。
なに?
ドアの付け根側に回り込み、入って来るのを待っていると
「いないぞ」
という低い男の声がする。
誰?
クローゼットにのぼり、天井に頭がつかないように身を潜める。
部屋に入ってきた男二人は、全身黒い布で覆われていた。
「ありったけ盗め」
時刻は8時。
もうそろそろモローが…
ドゴッ
一人、二人、と床にねじ伏せられる。
「姫を襲撃しようなんて、いい度胸ですね」
この声、モローだ…!
なんて感動しているうちに、みるみる紐で縛られていく。
「お前!なにすんだよ!」
「貴方こそなにしているんですか。ここは貴方の城ではありません。庶民が入っていい場所じゃないんですよ」
「お前だって庶民だろ!」
「…」
モローはなにも言わずに、その二人をずりずりと引っ張っていった。
─── ❦ ───
ベッドで二度寝をする気になれず、でも部屋を出る気にもなれなくて。
“お前だって庶民だろ!”
モローは、どう受け取ったのかな。
“セレネ姫”
“なんで?”
“仕方がないことなんです”
あの日を境にモローは、私の呼び方も、口調も、変わってしまった。
“セレネ、モローはもうお友達じゃないのよ”
“なにそれ!モローは友達だもん!戻ってよ!”
“申し訳ありません”
「…」
立場なんて、肩書なんて。どうだっていい。
庶民だから。
姫だから。
友達だけど。
執事だから。
私達を、モローとセレネとして見ていた人は、マリーだけだったんじゃないかな。
「セレネ姫、ご無事でしたか」
「…うん」
「最近は情勢が不安定ですからね、やつらだけで済むといいのですが」
「今日もイムレ王子に会うのでしょう?」
「…今日はそういう気分じゃない…」
「スコーン、どのくらい持ってきてくださるんですかね」
「…さぁ」
─── ❦ ───
ドレスは今日は全力拒否をして、ゆるいワンピース姿でイムレと面会をした。
「…外に出ないか」
「…別にいいけど」
イムレは相変わらず硬くて、嫌な感じで。
モローと外に行こうとしたら、
「お前は来るな」
と止められてしまう。
「お前がいないところで話がしたい」
「ですが…」
「剣だって持ってる。護身は習って育っている。とにかく来るな」
この人モローより強いのか…?
人を殺したことはなさそうだけど。
「ま、大丈夫だよ。モローは城でのんびりしてたら?」
イムレが
「夕方には戻る」
と、私を先に馬車に乗せてくれる。
「…いってらっしゃいませ」
モローの姿が見えなくなってから、イムレは喋りだした。
「お前は_」
「セレネ」
「…セレネは、俺と結婚したいのか?」
「別に」
イムレから顔を逸らすとりんごの木が見えた。
「政略のためだったらという感じか?」
「…まぁ」
「…」
「…イムレは?」
「俺は…女を好きになれない」
「なんで?」
「…恋愛として見れないんだ、」
「ふぅん?」
「だから正直、誰でもいい」
「へぇー。」
すごい政略結婚向きだなぁ。
「でも俺はお前となら、政略結婚してもいい」
「誰でもいいんでしょ?」
「誰でもいい、ってのは、見た目とか性格の話であって、」
「お前と政略結婚がしたい」
「なんで?」
「アポリアは、俺の故郷なんだ。アリア草原。」
アリア草原_
イムレ国に最も近いアポリアの草原。
アリア草原の名もなき川が国境となっている。
「幼少期の戦争でアポリアとイムレは別の国となり、国境を跨ぐことは許されなくなった」
「いや、跨いでんじゃん、」
「お前に会うと言えば許されるからな」
都合よく使われてんなぁ。
「お前と政略結婚をして、お互いの国の仲を取り戻したいんだよ、」
「ふーん。」
「着いたぞ」
とイムレが先に馬車を降りてドアを開けてくれる。
「どうも。」
転ばないように地面に足をつけると、
イムレの背後に何かが飛んでくる。
「イムレ後ろ!」
「うぉ、」
イムレが避けて、地面に刺さったそれは。
「斧…?なんで飛んでくんだよ、」
イムレが斧を引き抜いた瞬間、
「きゃぁっ…!!」
「セレネ!?」
誰かに口を塞がれ、木の陰に引きずり込まれる。
「んー!ん!」
「騒いだらあの赤髪を殺す」
耳に響く、地を這うような声。
目隠しをされ、何かに乗せられた。
─── ❦ ───
あ゛ー、あたま痛…
さっむ…、
薄っすらと目を開けると、石壁の薄暗い部屋だった。
そうだ…拐われて…
モローに迷惑かけちゃったなぁ…
背後に人がいたのに気づかないなんて…
私もまだまだだなぁ…
…そういえば、イムレは?
拐われたの、私だけ…?
目を手で擦ると、拘束されていないことに気がつく。
あぁ、姫だから か弱いと思ってんのか…
ドアが開き、全身黒い男が入って来る。
「今朝誘拐に失敗したときはどうしたものかと思ったが」
あいつらの仲間か。
「朝誘拐されかけて呑気に外に出るお前も惨めだな」
─── ❦ ───
そわそわしながら、一人で紅茶を飲んでみるのだが、なんだが違和感が付き纏う。
セレネと買いに行ったスコーンも、たしかに美味しい。
“モロー!”
“モロー、今日行かなきゃだめかな?”
“めんどくさいんだもーん”
「…」
セレネがいない日はあの日以来初めてだな…
「モロー君…!あっ、いた…!」
メアリが焦った様子でドアから顔を出した。
「なにかありましたか?」
「セレネ様が…!」
「誘拐、されました」
─── ❦ ───
「これがお前の飯だ。」
「食え」
犬かなにかなのか、私は。
アポリア国の王女、セレネ様だぞ。
周りには大柄な男が5人。
一人で勝つことは難しい。
だったらこのまま、か弱い女の子のふりをしていたほうがマシだという考えに行き着いた。
「…」
「本当に無口で表情も動かないな。可愛げのない」
投げられたスプーンで、そっと目の前のスープを掬った。
冷た。
味はほとんどしないし。
具も入っていない。
…私よくスープって分かったな、
やはりうちの使用人達は有能なんだなぁ。
─── ❦ ───
「あっ、あの…!この辺でセレネ姫を見ませんでしたか?」
「あらぁ、いなくなっちゃったの?」
りんごの木を横目に散歩していたお婆さんに声をかけたのだが、
「見てないわねぇ」
手がかりはなさそうだった。
「ありがとうございます、」
とあるお爺さんにも聞いてみた。
「そりゃあ、アルムの倉庫におるかもなぁ」
「アルムの倉庫?」
「なんでも管理している場所じゃ。薄暗くて、人も少ないから、悪い奴らがたまりやすいんだぁよ、」
「そ、それってどこにありますか?」
「ここからすぐのところ。真っすぐ行ってひょい。」
「ひょい…」
とあるお婆さんにも聞いてみる。
「アルム倉庫に行くのかい?ついてきなさい。一人で行くと迷うよ。なんてったって、倉庫は120個あるからね、」
ひゃくにじゅう…
─── ❦ ───
ずっと私を囲って、お酒を飲んで。
喋って。
なにも言わない私に声をかけて。
なにが目的なのだろうか。
「まったく怖がってるようには見えねぇな。」
この人がたぶん一番強い。
手にナイフを研ぐ時に出る粉らしきものが付いてるから。
「誘拐され慣れてんじゃね?」
この人が一番酔ってる。
そんなまさか。
初めてだよ。
なにも喋らない人がリーダーで。
酔ってる人が変な発言をすると、咳払いをしている。
きっとモローが来てくれるし。
このまま静かにしておけば殺されることはないはず。
─── ❦ ───
「…これ、一つ一つ探すしかないんですか」
「そうね。」
目の前に広がる広大な草原を遮るように、数え切れぬ石畳の箱が建っている。
120なんて、数えるだけでも時間がかかるのに。
「モロー君!」
思わず振り返ると、メアリ含む使用人の方々の後ろに、アポリア国民が軍を成している。
「え゛…っ、」
「誘拐なんて許されることじゃないわ」
「セレネ様はうちの常連なんだぞ?」
こんなにたくさんの人が、セレネのために…
「…セレネ様を狙ったのが運の尽きね」
「さぁ、探しますか!」
それぞれが腕まくりをし、肩を回し。
一つ一つの倉庫に近づいていく。
ドアを開け、1倉庫あたり数人で飛び込んでいく。
「セレネ様!」
「お返事を!」
─── ❦ ───
「…」
モロー、早く来ないかなぁ。
寒くて凍えそう…
眠いなぁ…
これ、寝たら死ぬやつ…?
「おや、おねむかな?」
「睡眠薬が効いたんだ」
なにか、入れられた…?
頭がぼんやりして…
「いた!モロー君!いたよ!」
使用人さん…?
「セレネ様!セレネ様しっかりして…!」
─── ❦ ───
「セレネ、セレネ…、」
この声、モロー…なの…?
「セレネしっかりして…」
ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前にモローの顔があった。
「セレネ…?」
「モロー…」
重たい唇を動かすと、モローがぎゅっと私を抱きしめた。
「…ない、てるの…?」
「泣いてない、」
「ごめん、抱きしめ、たいんだけど…手が、動かなくて…」
「無理しなくていい、」
と、震えた手で、背中の服を掴まれ、肩に額を預けられた。
─── ❦ ───
目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。
でも、一つだけ見慣れない物があった。
「モロー…」
私のベッドで、倒れ込むように寝ている。
ふわふわの青みがかった銀髪を撫でて、そっと覆いかぶさるように抱きしめた。
モロー、あったかい…
珍しく、ジャケットのまま寝ているし、髪も少し寝癖がついている。
モローは、なにも変わらないね。
大人の事情でこんな格好させられて。
きっと休みなんてないし。
私が知らないところで苦労してることは多いと思うし。
「…」
この感情は、なんだろう。
「セ、セレネ姫…いけませんよ…」
「なにが?」
「抱きしめられては困ります、」
「…なんで?」
「セレネ姫は、お姫様なので…」
「いいじゃん。別に。」
「…僕は庶民なんですよ」
「だから?」
「…跨いではいけない線なんですよ」
「…」
「…離してください」
「…モローは、それでいいの?」
「良い悪いじゃないんですよ、」
「…そっか」
翌朝
目が覚めて、起き上がる気力もなく天井を眺めていると、誰かの足音が近づいてくる。
モローか…
モローだったらいいなぁ…
なんて、目を閉じると、ドアの隙間から何かが投げられ、壁に刺さった。
なに?
ドアの付け根側に回り込み、入って来るのを待っていると
「いないぞ」
という低い男の声がする。
誰?
クローゼットにのぼり、天井に頭がつかないように身を潜める。
部屋に入ってきた男二人は、全身黒い布で覆われていた。
「ありったけ盗め」
時刻は8時。
もうそろそろモローが…
ドゴッ
一人、二人、と床にねじ伏せられる。
「姫を襲撃しようなんて、いい度胸ですね」
この声、モローだ…!
なんて感動しているうちに、みるみる紐で縛られていく。
「お前!なにすんだよ!」
「貴方こそなにしているんですか。ここは貴方の城ではありません。庶民が入っていい場所じゃないんですよ」
「お前だって庶民だろ!」
「…」
モローはなにも言わずに、その二人をずりずりと引っ張っていった。
─── ❦ ───
ベッドで二度寝をする気になれず、でも部屋を出る気にもなれなくて。
“お前だって庶民だろ!”
モローは、どう受け取ったのかな。
“セレネ姫”
“なんで?”
“仕方がないことなんです”
あの日を境にモローは、私の呼び方も、口調も、変わってしまった。
“セレネ、モローはもうお友達じゃないのよ”
“なにそれ!モローは友達だもん!戻ってよ!”
“申し訳ありません”
「…」
立場なんて、肩書なんて。どうだっていい。
庶民だから。
姫だから。
友達だけど。
執事だから。
私達を、モローとセレネとして見ていた人は、マリーだけだったんじゃないかな。
「セレネ姫、ご無事でしたか」
「…うん」
「最近は情勢が不安定ですからね、やつらだけで済むといいのですが」
「今日もイムレ王子に会うのでしょう?」
「…今日はそういう気分じゃない…」
「スコーン、どのくらい持ってきてくださるんですかね」
「…さぁ」
─── ❦ ───
ドレスは今日は全力拒否をして、ゆるいワンピース姿でイムレと面会をした。
「…外に出ないか」
「…別にいいけど」
イムレは相変わらず硬くて、嫌な感じで。
モローと外に行こうとしたら、
「お前は来るな」
と止められてしまう。
「お前がいないところで話がしたい」
「ですが…」
「剣だって持ってる。護身は習って育っている。とにかく来るな」
この人モローより強いのか…?
人を殺したことはなさそうだけど。
「ま、大丈夫だよ。モローは城でのんびりしてたら?」
イムレが
「夕方には戻る」
と、私を先に馬車に乗せてくれる。
「…いってらっしゃいませ」
モローの姿が見えなくなってから、イムレは喋りだした。
「お前は_」
「セレネ」
「…セレネは、俺と結婚したいのか?」
「別に」
イムレから顔を逸らすとりんごの木が見えた。
「政略のためだったらという感じか?」
「…まぁ」
「…」
「…イムレは?」
「俺は…女を好きになれない」
「なんで?」
「…恋愛として見れないんだ、」
「ふぅん?」
「だから正直、誰でもいい」
「へぇー。」
すごい政略結婚向きだなぁ。
「でも俺はお前となら、政略結婚してもいい」
「誰でもいいんでしょ?」
「誰でもいい、ってのは、見た目とか性格の話であって、」
「お前と政略結婚がしたい」
「なんで?」
「アポリアは、俺の故郷なんだ。アリア草原。」
アリア草原_
イムレ国に最も近いアポリアの草原。
アリア草原の名もなき川が国境となっている。
「幼少期の戦争でアポリアとイムレは別の国となり、国境を跨ぐことは許されなくなった」
「いや、跨いでんじゃん、」
「お前に会うと言えば許されるからな」
都合よく使われてんなぁ。
「お前と政略結婚をして、お互いの国の仲を取り戻したいんだよ、」
「ふーん。」
「着いたぞ」
とイムレが先に馬車を降りてドアを開けてくれる。
「どうも。」
転ばないように地面に足をつけると、
イムレの背後に何かが飛んでくる。
「イムレ後ろ!」
「うぉ、」
イムレが避けて、地面に刺さったそれは。
「斧…?なんで飛んでくんだよ、」
イムレが斧を引き抜いた瞬間、
「きゃぁっ…!!」
「セレネ!?」
誰かに口を塞がれ、木の陰に引きずり込まれる。
「んー!ん!」
「騒いだらあの赤髪を殺す」
耳に響く、地を這うような声。
目隠しをされ、何かに乗せられた。
─── ❦ ───
あ゛ー、あたま痛…
さっむ…、
薄っすらと目を開けると、石壁の薄暗い部屋だった。
そうだ…拐われて…
モローに迷惑かけちゃったなぁ…
背後に人がいたのに気づかないなんて…
私もまだまだだなぁ…
…そういえば、イムレは?
拐われたの、私だけ…?
目を手で擦ると、拘束されていないことに気がつく。
あぁ、姫だから か弱いと思ってんのか…
ドアが開き、全身黒い男が入って来る。
「今朝誘拐に失敗したときはどうしたものかと思ったが」
あいつらの仲間か。
「朝誘拐されかけて呑気に外に出るお前も惨めだな」
─── ❦ ───
そわそわしながら、一人で紅茶を飲んでみるのだが、なんだが違和感が付き纏う。
セレネと買いに行ったスコーンも、たしかに美味しい。
“モロー!”
“モロー、今日行かなきゃだめかな?”
“めんどくさいんだもーん”
「…」
セレネがいない日はあの日以来初めてだな…
「モロー君…!あっ、いた…!」
メアリが焦った様子でドアから顔を出した。
「なにかありましたか?」
「セレネ様が…!」
「誘拐、されました」
─── ❦ ───
「これがお前の飯だ。」
「食え」
犬かなにかなのか、私は。
アポリア国の王女、セレネ様だぞ。
周りには大柄な男が5人。
一人で勝つことは難しい。
だったらこのまま、か弱い女の子のふりをしていたほうがマシだという考えに行き着いた。
「…」
「本当に無口で表情も動かないな。可愛げのない」
投げられたスプーンで、そっと目の前のスープを掬った。
冷た。
味はほとんどしないし。
具も入っていない。
…私よくスープって分かったな、
やはりうちの使用人達は有能なんだなぁ。
─── ❦ ───
「あっ、あの…!この辺でセレネ姫を見ませんでしたか?」
「あらぁ、いなくなっちゃったの?」
りんごの木を横目に散歩していたお婆さんに声をかけたのだが、
「見てないわねぇ」
手がかりはなさそうだった。
「ありがとうございます、」
とあるお爺さんにも聞いてみた。
「そりゃあ、アルムの倉庫におるかもなぁ」
「アルムの倉庫?」
「なんでも管理している場所じゃ。薄暗くて、人も少ないから、悪い奴らがたまりやすいんだぁよ、」
「そ、それってどこにありますか?」
「ここからすぐのところ。真っすぐ行ってひょい。」
「ひょい…」
とあるお婆さんにも聞いてみる。
「アルム倉庫に行くのかい?ついてきなさい。一人で行くと迷うよ。なんてったって、倉庫は120個あるからね、」
ひゃくにじゅう…
─── ❦ ───
ずっと私を囲って、お酒を飲んで。
喋って。
なにも言わない私に声をかけて。
なにが目的なのだろうか。
「まったく怖がってるようには見えねぇな。」
この人がたぶん一番強い。
手にナイフを研ぐ時に出る粉らしきものが付いてるから。
「誘拐され慣れてんじゃね?」
この人が一番酔ってる。
そんなまさか。
初めてだよ。
なにも喋らない人がリーダーで。
酔ってる人が変な発言をすると、咳払いをしている。
きっとモローが来てくれるし。
このまま静かにしておけば殺されることはないはず。
─── ❦ ───
「…これ、一つ一つ探すしかないんですか」
「そうね。」
目の前に広がる広大な草原を遮るように、数え切れぬ石畳の箱が建っている。
120なんて、数えるだけでも時間がかかるのに。
「モロー君!」
思わず振り返ると、メアリ含む使用人の方々の後ろに、アポリア国民が軍を成している。
「え゛…っ、」
「誘拐なんて許されることじゃないわ」
「セレネ様はうちの常連なんだぞ?」
こんなにたくさんの人が、セレネのために…
「…セレネ様を狙ったのが運の尽きね」
「さぁ、探しますか!」
それぞれが腕まくりをし、肩を回し。
一つ一つの倉庫に近づいていく。
ドアを開け、1倉庫あたり数人で飛び込んでいく。
「セレネ様!」
「お返事を!」
─── ❦ ───
「…」
モロー、早く来ないかなぁ。
寒くて凍えそう…
眠いなぁ…
これ、寝たら死ぬやつ…?
「おや、おねむかな?」
「睡眠薬が効いたんだ」
なにか、入れられた…?
頭がぼんやりして…
「いた!モロー君!いたよ!」
使用人さん…?
「セレネ様!セレネ様しっかりして…!」
─── ❦ ───
「セレネ、セレネ…、」
この声、モロー…なの…?
「セレネしっかりして…」
ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前にモローの顔があった。
「セレネ…?」
「モロー…」
重たい唇を動かすと、モローがぎゅっと私を抱きしめた。
「…ない、てるの…?」
「泣いてない、」
「ごめん、抱きしめ、たいんだけど…手が、動かなくて…」
「無理しなくていい、」
と、震えた手で、背中の服を掴まれ、肩に額を預けられた。
─── ❦ ───
目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。
でも、一つだけ見慣れない物があった。
「モロー…」
私のベッドで、倒れ込むように寝ている。
ふわふわの青みがかった銀髪を撫でて、そっと覆いかぶさるように抱きしめた。
モロー、あったかい…
珍しく、ジャケットのまま寝ているし、髪も少し寝癖がついている。
モローは、なにも変わらないね。
大人の事情でこんな格好させられて。
きっと休みなんてないし。
私が知らないところで苦労してることは多いと思うし。
「…」
この感情は、なんだろう。
「セ、セレネ姫…いけませんよ…」
「なにが?」
「抱きしめられては困ります、」
「…なんで?」
「セレネ姫は、お姫様なので…」
「いいじゃん。別に。」
「…僕は庶民なんですよ」
「だから?」
「…跨いではいけない線なんですよ」
「…」
「…離してください」
「…モローは、それでいいの?」
「良い悪いじゃないんですよ、」
「…そっか」

