ガラスの靴の殺人姫

「ごきげんよう。」

なんて、偉そうに微笑みかける。

そうすれば途端に、ほら。


首が落ちた。



─── ❦ ───



「ごきげんよう。」
「あぁセレネ、ごきげんよう」


朝食をとっている父上と母上の間に座ると、目の前にお皿が置かれ、パンが積まれる。

「あぁ、そのくらいで大丈夫、」

丸いテーブルには白いテーブルクロスが掛けてあり、その上にキャンドルやお皿が並んでいる。

「今日は舞踏会でしたよね?」
「あぁ、19時からな。いい結婚相手を見つけるんだぞ?」
「顔面偏差値によりますとも、笑」

「セレネ、そんなこと言わないの」
母上がため息をつきながら苦笑いをする。
「失礼いたしました」
と無理やり口角を上げてパンを詰め込む。

結婚する気なんてさらさらない。

まぁ、政略結婚だったら仕方がない。
そうなったら、私と旦那の部屋を_いや、城を分けてもらえるように頼もう。

「セレネ姫、朝食を食べたら稽古をしますよ」
スープを運んできたモローが私に耳打ちをする。

「えー、食休みはー?」
「ありません」

「セレネ、今日は忙しいんだ、仕方ないだろう?」
と父上が眉を下げて微笑む。

「仕方ないなぁー。明日は今日の分の食休みとお昼休みとデザートをとるからね?」
「承知いたしました。では本日のお昼休みとデザートもなし、ということで」

「えっちがう、」
「失礼いたします、」
とモローは頭を下げて歩いて行ってしまう。
「えっねぇ違うってば!」
呼びかけても、振り返る気配はなかった。
「欲張るからよ」
母上が呆れたようにスープを掬っていた。


─── ❦ ───


「はぁー、」

朝食後、自室のベッドでマリーの写真を眺めていた。

モローのおばあちゃん。
私にとってのおばあちゃんでもあるけれど。


“セレネ、起きなさい”

“姿勢直しなさい”

“護身術は知っておいて損はないわよ”



「…元気かな」


なんて呟いていると、部屋のドアがノックされる。

「はーい、」

「失礼します、早速やりますよ」

ベッドから立ち上がると耳のすぐ横を

「うわっ、」

鎌のようなものが掠った。

「外しました」

「相変わらず意地悪だねー」

「暗殺に開始の合図なんてないですからね」

モローは律儀にベッドの裏まで回るとおもちゃの鎌を回収した。

「さて。」

モローが背後から短い木剣を取り出し、私に手渡しする。

「3回勝負です。勝ったら本日のデザートを差し上げます」

「負けないよ、笑」


今日のデザートはなにかな、なんて考えているとモローが早速私の頭に剣を振り下ろした。

「ちょ…っ、」

自分の剣でモローの攻撃を防ぎながら、どこか突ける余地はないかと探す。

上から、下から。
予測不能なモローの攻撃は、

「…くっ、」

防ぐだけで精一杯である。

下がれば椅子が、避ければ棚が。


剣が当たるたびにカンッと音が響く。

「セレネ様ー?何をしていらっしゃいますの!?」
ドアの外から、使用人の声が。

「あ゛っ…!ちょっとモローと_きゃぁっ!!」
体重をかけた絨毯の端が滑り、モローの剣が私の首を向いた。

「セレネ様?」

ドアが開き、使用人が顔を出す。

「モロー君、お遊びはいいけど怪我はさせないでちょうだい。」

「わかってます」

「二人ともほどほどにしなさいよ」

「はぁーい」

「…」

「…行った?」

起き上がろうとすると、

「まだ足音がする」
と、モローに喉元へ剣を押し付けられる。


「あっそうだセレネ様、17時からお着替えしますよ」

「えー早くない?」

「仕方がないんです、」

「わかったよぉー、」

ガチャン、とドアが閉まり、足音が遠のいていく。

「…セレネ姫が細ければ早く着られそうですけどね」

「うっさい!」

「ということで僕の1勝ですね、笑」

「あーもぅ、」

次、次勝てばいいんだから。



─── ❦ ───



「…ということで本日のデザートはお預けです」

「そんなぁ…」

へなへなと床に座り込み、自分の木剣を眺めると、ボコボコと小さな凹みがある。

「また作ってもらうので大丈夫ですよ、」

「そっか。」

「次は_」

「セレネ様!お着替えのお時間ですよ!」

「早くない…?」

時刻はまだ16時半。

「時間かかりますから、笑」

「もう…!」


─── ❦ ───


ため息をつきながら更衣室に行くと、何人もの使用人が待ち構えている。

「僕はここでお待ちしております、」

丁寧に頭を下げると、ドアを閉めた。

「セレネ様、お着替えしましょうね~♪」

「…はい、」





「あ゛っ!! 痛い痛い!」
「私達も胸が痛いんですよ、」

物理的に締めてんのそっちな!?

これだからドレスは…

「はい吸ってー、」

素直に肺いっぱい吸って後悔する。

「吐いて」

その瞬間、ぎゅぅっと肺が絞られる。

「ゔ…っ!」

「まだ…っ、吐いてなかったのに…」


「後ろに紐がついているドレスは高貴な証なんですよ、」

それ、私にドレス着せるたびに言ってる…


マネキンのようにしているだけで支度が済むのだから、コルセット以外は嫌いじゃない。

立っていればスカイブルーのドレスを。
座っていればガラスの靴を。


気がつけば、髪の毛までも綺麗にまとめられている。

「お綺麗です」

鏡を見れば、まぁ、たしかに悪くはない。

「舞踏会楽しんでくださいね」

「がんばりまーす」



─── ❦ ───



更衣室から出て大広間に行くとタキシードのモローと合流する。

「前髪上げてるの珍しい」
「気分です」

大広間は料理を運んだり椅子を並べたり、大忙しだ。

チキンの丸焼きに、クラムチャウダー。

スコーンに、ムースに、プリン。

壇上の端から、その様子を眺める。

「おいしそう…」

「セレネ姫は食べられませんよ」

「わかってるよ…」

妙に、モローがわざとらしく咳払いをした。

「ん?あぁ、存じ上げておりますわ、」

そうだ、他所行きの顔しなくちゃいけないんだ…


「今日は誰かな〜」

「ネルム王国の外交官、ルシアンはいかがですか?」

誰それ、殺すようなやつなの?

「どうして?」

「なんとなくです」

ここで言えないような奴なんだ…。

ま、どんな奴かなんてどうでもいいけど。

「セレネ姫の美貌でイチコロですよ、♡」

この人外面だとこういうこと言うんだよなぁ…

「はいはい。」


─── ❦ ───


「見ろ、セレネ姫だ、」
「まじか、本物初めて見た…」

舞踏会が始まって早々、たくさんの目線が向いていることに気がつく。

人混みは好きじゃない。
そういうふりをしておけば、都合がいいから。

ルシアンはどこにいるのかな。

勝手に来てくれれば都合がいいのに。


下手にキョロキョロするとたくさんの目が向いていて少し不気味である。

こういうの、疲れるんだよなぁ…

「セレネ様、もし良かったら踊りませんか?」
と、どこかの国の誰かが声をかけてくる。

「お名前は?」

「コリスです、」

違った…しかもイケメンでもない…

踊る価値なし。

「失敬、私が先に約束をしているんです」

背後から腰を抱き寄せられた。

誰?
この声、モローじゃない…

「失礼いたしました…、」

コリスが去っていったあと、腰を抱き寄せた男性は_
「私、ルシアンです。」

あぁ、この人か。

「先ほどから、私を探していらっしゃいましたよね?」

「…えぇ、」

ターゲットが見つからなきゃ意味ないし。

「せっかくなので踊りませんか?」
とフェイスラインに手を添えられる。

さらっと触ってくんなよ…、ターゲットじゃなかったら突き飛ばしてたわ、

「すみません…、ちょっと人混みで体調を崩してしまったところなんです、」

なんて、額に手を添えれば、
「外の空気を吸いに行きますか?」
と案の定手を差し出してくる。

相手から誘ってくださるなら、むしろ好都合だ。

「…では、少しだけ…、」

あとはよろけながら、中庭に向かうだけ。

「人混みが苦手なんて、王女として大変でしょう?」

「えぇ、なのでできるだけ舞踏会は断っているんです…」

殺す人がいないときはめんどくさいだけだけどね。

「そうですか、アポリア国一の美女が人目を避けるなんて、おとぎ話のようですね」

口説くの下手だなぁ…

「よく言われます、」
とか、適当に言っておけばいいか。

「ですよね、私も貴方ほどの美女は見たことがない」

美女美女うるさいなぁ。
もっと美女以外の語彙ないんか。

「そうですか」

私を口説くのは大変だぞー。
まずターゲットの時点で恋愛対象外。
ざんねんでした。

中庭にたどり着くと、
「どうぞ」
とブランコに私を座らせる。

その隣にルシアンも座り、
「僕と結婚しません?」
なんて馬鹿げたことを言う。

ゴーン、ゴーン、と、0時の鐘が鳴る。

もうそろそろ、巡回が来てしまう。

「いえ、結構です」
なんてきっぱり告げると、

「は!?俺様のプロポーズを断るのかよ!!」
狼もびっくりの大声。

彼が私に手を伸ばした。
一歩、二歩。

彼の手は宙をかき、よろけ。

私はその無様な顔を蹴り上げていた。


地面に背中から倒れたルシアンは、私を化物を見るような目で眺め、
「お、俺様を、誰だと思ってんだよ、」
肘で器用に後退りする。

「誰、でしょうね」

城のベランダ、屋根、時計塔を順に眺め、人影はない。

手のひらでナイフをくるくると回す。

「ごきげんよう」



─── ❦ ───



完了、っぽい。

胸に刺さったナイフを横目に立ち上がり、ドレスの裾を整えた。

さぁて。モローとスコーンでも食べようかなぁ。


「おい!誰か倒れてるぞ!」

まずい…!巡回がもう…!

裏口まで、約三百メートル。

重いスカートを持ち上げて、でこぼこの石畳を。


パキン


えっ?


ヒール部分が…
絶対この石畳やん。


「おいそこの女!止まれ!」

そんなの、走るしかない。

足音的に、二人。

足の速さなら負けない…!


裏口…!あった!


段差を飛び越え、ドアを開けて。

城の中に転がり込み、鍵を閉め、
「おい開けろ!」

ない。
折れた方のガラスの靴が、ない。

でも、今は逃げるしかない。

残ったガラスの靴をつかみ、裸足で足を早める。

使用人階段を登り、
厨房を通り抜け、
更衣室の前を通り過ぎ、
階段を登り、一番奥の部屋…!


ドアを勢いよく開けると、
「お疲れ様です」
とモローが私の部屋を片付けている。

「うまくいきましたか?」
「えぇ、もちろんですとも」


「…私のガラスの靴が片方ないの、気づくと思う?」

「なくしたんですか、」

「逃げてる時にね…」
ため息をつきながら、手袋を取り床に投げた。

「セレネ姫はなんでもなくしますからね、どこかの国の知らない奴に取られたなんて言っておきますか?」
と、モローが眉を下げ、その手袋を拾った。

「大丈夫なの?それ」

「…それか、セレネ姫の幼い頃のガラスの靴を更衣室に置いておきますか」

「まぁ足の大きさはあんま変わんないけど…」

「ではそういうことで。」



─── ❦ ───



ドレスを早く脱ぎたくて更衣室をうろうろしていると、
「セレネ様…っ、あっ、いらっしゃった」
使用人の一人が、ドアから顔を覗かせた。

「そんなに慌ててどうしたのです?」

「中庭で人が殺されました」

「本当ですの!?よりによって舞踏会の日なんて…」

「まだ犯人が捕まっていないので、城の外には出ないでくださいね」

「わかったわ。それより早くドレスを脱がせていただけないかしら」

「承知いたしました、」



使用人が私の背後に回り、ドレスを脱がされると、みるみるコルセットが緩んでいく。

「ふぁーぁ…」

「舞踏会はお疲れになりますわよね?」

「そう、本当にね…」

「あら、ガラスの靴は?」

「あぁ、今モローに拭いてもらってて、そのうち持ってくるはず」
咄嗟にしては、いい嘘だと思う。

「承知いたしました、今夜はゆっくり休んでくださいね?」

「ええ、そうします」

「失礼いたしました、」
と使用人は更衣室を後にした。



その入れ替わりに、モローが幼少期のガラスの靴をクッションに乗せて入ってきた。

「あら、綺麗に拭いてくださりありがとうございます、」
「姫のためならどうってことないですよ」

「国中大騒ぎね」
「ですね。」



─── ❦ ───



ネグリジェを脱ぎ、疲労とともに湯船に浸かる。

「ふぁー、」

今日はハラハラしたなぁ。

まさか靴が割れるなんてなぁ…


ぶくぶくと鼻先まで沈み、ぼんやりと幼少期のことを思い出していた。


“モロー!はやく!”
“セレネ!待ってよ!”

2人で追いかけっこをして。

その様子をマリーがベンチで見ていたのを覚えている。

お花で冠を作る日もあった。
剣で戦う日もあった。

モローにどうしても勝てなくて、部屋で泣いていた時に、こっそりマリーが剣術を教えてくれた。

“護身術は知っておいて損はないわよ”


毎日のように剣で戦って、

“勝った!勝った!私の勝ち!”

なんて、誇らしげな顔をモローに向けたのを覚えている。


あの勝てた日から、モローはみるみる背が高くなり、簡単には勝てなくなってしまった。


「…ふふ。」



─── ❦ ───



服を着替えて部屋に戻ると、モローがまた、部屋の片付けの続きをしていた。

「もぅー、またやってるの?」
「マリーに怒られるような気がするんです」
「なんで?」
「今日、セレネ姫が絨毯で転んだでしょう?」
「そうだけど…」
「部屋を片付けないといつか大きなミスをする気がするんです」
「へぇー。よくわかんないけどありがとう」

「髪、乾かします」
「ん、ありがとう」


モローは友達。
というか、友達、だった。

“あの日”を境に、友達ではなくなった。


モローにタオルを渡すと、根元からゆっくりと絞り始めた。

「…」

「…明日行きたいところある」
「あまり遠くへは行けませんよ」
「…わかってる」



─── ❦ ───



「ネルム王国の外交官、ルシアンで間違いなさそうだな。」

「ですね。他殺です。」

「このナイフの見覚えを確認するのと、あとはこのガラスの靴だな。」

「犯人が残したものですか?」

「ああ。目撃者によると逃げてる最中に脱げたんだそうだ。この靴の折れたヒール部分と、被害者の顎の跡が一致する。」

「犯人はそのガラスの靴で顎を蹴り上げた、と考えられますね」

「いや、手に持って顎を殴ることもできるぞ、」

「たしかに…」

「とりあえず舞踏会の人たちにガラスの靴に見覚えがあるか聞くか、」

「もう皆さんお帰りになりましたよ」

「は。参加者一覧は?」

「アポリア国王に尋ねましたが、知り合いを好きに呼んでいい舞踏会だったそうで、把握はしていないとのことで」

「まじかよ…」

「目撃者がいるんですよね?顔は見ていないんですか?」

「夜の0時だぞ。外は真っ暗。ライトも足元確認の低いライトだけだった。」

「犯人はなんでガラスの靴なんですかね。」

「舞踏会で背伸びしたかったんだろ、」