自殺をするなら、マナーを守って

僕は昔から、むごたらしいものが大好きだ。

凄惨な話を聞くと心が満ち足りて、前向きな気持ちになれる。悪趣味極まりない小説や漫画は大好物だし、大昔に行われていた拷問の記録などを読むと胸が躍る。複雑怪奇な仕掛けを持つ拷問器具の図解を目にすれば、「頑張ってるな!」「よくこんなすごいものを考えたものだ」と純粋に感心し、知的好奇心を激しく刺激されてしまう。

こんなことを口にすれば、大抵の人間は眉をひそめて「不謹慎だ」と窘めるだろう。他人が酷い目に遭っているのを見て喜び、あまつさえ明るい気分になるなんて異常だと。

だが、それほどアブノーマルなことだろうか。そもそも人間とは、本質的に残酷さを好む生き物なのではないか。そう僕は思っている。

たとえば「笑顔」という表情がある。口角を吊り上げ、歯を剥き出しにするあの動作だ。

人は誰かの笑顔を見て「素敵だ」と感じる。しかし一説によれば、あの表情の起源は本来「恐怖」の表現だったという。つまり人間は、他者が怯えている顔を見て快感を覚える性質を持っているのだ。だからこそ、相手と距離を縮めたいときには自ら「恐怖」の表情を作って差し出し、相手を安心させ、取り入ろうとする。逆に、相手が浮かべた「恐怖」の表情に親愛の情を錯覚しさえする。

僕たちは、互いに恐怖の顔を見せ合いながら絆を偽装しているにすぎない。

たまに不祥事の記者会見で不意に笑ってしまい、「この期に及んで笑うとは何事だ」とバッシングを浴びている人がいる。笑顔の起源を知る僕からすれば、あれほど気の毒な姿もない。彼らはただ、極限の恐怖に晒されて、原始的な防衛反応としてあの顔をしてしまっただけなのだから。

「恐怖」の表情を尊び、それによって絆を深め合っている気になっている……そんな生物が、まともであろうはずがない。だから、僕は自分自身の悪趣味さをニンゲンらしいとすら思っている。

性悪説を引くまでもない。人間は本質的に醜悪だ。
野放しにしておけば「楽しいから」「ポジティブな気分になれるから!」というだけの理由で殺し合いを始めかねない。だからこそ、種の保存のために「最低限これだけは守ろう」と後付けで定められた妥協点こそが、法律であり、マナーなのだ。そこに崇高な意味など何ひとつない。破ったところで、罪悪感を覚える義理すらないと僕は思っている。

だからこそ、彼女に対して、僕は激しい困惑を覚えた。

「マナーがなってないから……私は自殺ができない! マナー違反だから」

涙目で切迫した訴えを投げかけてくる彼女を前に、僕の思考は停止しかけた。なぜそこまでマナーごときに執着するのか。あんなもの、醜悪な人間が便宜上でっち上げたハリボテのルールにすぎないというのに。

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彼女に出会ったのは、放課後の図書室だった。話しかけたのは僕のほうからだ。だが、それは明らかな失策だった。僕は、彼女のことを「かわいそうな人」だと見誤ってしまったのだ。

僕は昔から、かわいそうな人間が大好きだ。

困っている者や深い悩みを抱えている者を見かけると、積極的に声をかけるようにしている。それは小学生の頃から続けている習慣だった。

「どうしたの?」
「何か手伝えることはない?」
「無理してるよね?」

にこやかに笑みを浮かべ、親身になって寄り添ってみせる。別に彼らを救ってやりたいわけではない。ただ楽しいからだ。傷つき、のたうち回る人間を眺めるのがたまらなく好きだからだ。相談役や良き理解者という特等席を手に入れれば、苦悶する人間の表情や、生々しい心の叫びを最前列で鑑賞できる。

これまで、数え切れないほどの相談に乗ってきた。教師からの信頼も厚く、学級委員や生徒会役員を歴任したおかげで、惨めな人間たちを飽きるほど拝むことができた。もちろん、悩みそのものは熱心に解決してやる。しっかりと実績と信用を積み上げておかなければ、誰も僕に心を預けてくれなくなるからだ。

幸い味方したのが、他人から無条件に好かれやすい僕の容姿だった。僕は天性の「愛され顔」をしていた。端正な顔立ちに加え、幼少期から鍛え続けた表情筋のおかげで、いつでも完璧に快活なオーラを纏うことができる。僕がいるだけでその場が華やぐと誰もが口を揃えた。

教師にすら口を閉ざすような生徒も、僕の前では涙を流して心を開く。小・中学校時代には、不登校だった同級生をそれぞれ二人ずつ復帰させた輝かしい実績すらある。

「正義マン」
「偽善者」
「優等生」

懸命に人助けを続ける僕を、陰でそんなふうに嘲笑する連中もいた。だが、僕の目には彼らのほうがよほど哀れに映った。相談相手の絶望に歪む顔、涙、絞り出される悲鳴のような告白、そして誰かに仕掛けられた精巧で残酷な境遇の数々……あれほどエキサイティングなエンターテインメントが他にあるだろうか。

君たちも「人助け」をすればいいのに……。

こんなにも愉快で、蜜のように甘い極上の娯楽を一度も味わうことなく人生を終えるなんて、実にもったいない話だと心から憐れんでいた。

高校に進学してからも、僕はせっせと「人助け」に勤しもうとした。

だが、入学してすぐに僕は舌打ちすることになった。僕が進学したのは、県内でも偏差値が高めの私立進学校だった。毎年、国公立や有名私大へ多数の合格者を送り出す、いわゆるちゃんとした(・・・・・・)学校だった。

生徒たちの家庭環境には大きな問題はなく、それどころか、親が医師や会社経営者といった恵まれた境遇の同級生も珍しくない。飛び抜けた天才肌ばかりではないにせよ、誰もが前向きに机に向かっている。おっとりとした良い子がそろっている。それが僕の高校の特徴だった。

世間的には理想的な環境なのだろうが、僕にとっては退屈極まりなかった。

もちろん未熟な高校生の集まりだから、くだらない小競り合いなら定期的に起きる。ちょっとした誤解やすれ違い、些細な嫉妬に端を発する喧嘩。僕は胸を躍らせながら調停者を買って出て、見事に丸く収めては「頼りになる優等生」の座を固めたが、心は冷え切っていた。どれもこれも、あまりにスケールが小さく矮小すぎたのだ。

悩みを抱える人間が、信頼しきった僕にだけ晒してくれる、生々しい苦悩と絶望!!

僕が見たいのは、そういう極上の破滅なのだ。

唯一まともな娯楽にありつけたのは、二年生の四月のことだった。
新学期のクラスで、昼休みになると必ず姿を消す女子生徒がいた。声をかけて事情を訊き出すと、彼女は「会食恐怖症」という厄介な症状に苦しんでいた。
他人の視線があると、喉が塞がって食べ物を飲み込めないのだという。そのせいでクラスの輪に入れず、友人と距離を縮められないのだと、彼女は僕の前でめそめそと涙をこぼした。

「こういうのって、大人になれば自然と治ることもあるらしいんだけど……でも、今がつらいんだよね」

久々に転がり込んできた極上のご馳走を前に、僕は内心で舌なめずりをした。

「僕が見ていてあげるよ。一緒に少しずつ練習しよう。失敗したって絶対に笑わないから」

そう言って、放課後に彼女の食事のリハビリに付き合ってやった。あの時間は実に幸福だった。生物として最も基本的な生命維持の行為すらまともにこなせない彼女は、どこか儚げで、その苦悶の表情は愛らしくさえあった。

「だめ……うまく飲み込めない」
「どうしたらいいのかな」
「なんでこんな簡単なことができないんだろう」

劣等感に押しつぶされそうになって、泣きじゃくる彼女と二人きりで過ごす放課後。僕は「大丈夫、ゆっくりやろう」と優しい笑みで勇気づけながら、彼女の惨めなもがきを最前列の特等席で心ゆくまで鑑賞した。

だが、幸福な時間はあっけなく幕を閉じた。
彼女は驚くほど順調に回復し、ゴールデンウィークが明ける頃には、友人とお弁当を囲めるようになってしまったのだ。
輪の中心で笑いながら、僕にだけ送ってくる共犯者のような視線。それに完璧な笑みを返しつつ、僕は胸の内で激しい虚脱感を味わっていた。

とはいえ、彼女との一件で「カウンセラー」という職業の旨味に気づけたのは大きな収穫だった。それまでは文学部あたりを適当に志望していたが、大学では心理学を専攻しようと心に決めた。将来を思えば、そちらのほうが遥かに楽しそうな獲物にありつける。いずれ臨床心理士あたりの肩書を手に入れれば、現代社会の歪んだ病理や、極上の苦悶の最前線に合法的に立ち会えるはずだ。

だが、そんな遠い未来の希望を抱いたところで、目の前にある高校生活の退屈が埋まるわけではない。

犯罪者の手記を読み漁り、拷問器具の図鑑を開き、悪趣味な動画を貪りながら、僕は尽きることのない渇きを持て余していた。そうだ。僕は飢えていたのだ。だからこそ、失敗したのだ。

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高校三年生になる頃には、「この学校には面白いことなど何ひとつ転がっていない」と半ば諦めがついていた。それでも「もしかしたら」という浅ましい期待を捨てきれず、僕は獲物を探すように校内を観察し続けていた。

彼女の存在に気づいたのは、四月も半ばを過ぎた頃のことだ。

僕の高校には、旧校舎を改装して造られた二階建ての図書館があった。普段の普通科教室からは少し離れていたが、一般書のほかに受験用参考書や赤本がずらりと揃っているため、放課後は自習目的の生徒たちでいつもごった返していた。

閉館時間は夜の八時。だが、六時を過ぎると潮が引くように生徒たちが帰り始め、七時を回る頃には館内はがらんと静まり返る。
そんな時間になっても、彼女は決して席を立たなかった。注意深く観察を続けて分かったのだが、彼女はいつも閉館ぎりぎりの時間になって、ようやく重い腰を上げるのだ。

学年ごとに色が異なる制服のリボンから、彼女がひとつ下の高校二年生だと知れた。
彼女は放課後になると足早に図書館へやってきて、指定席のように同じ席へ腰を下ろし、適当に宿題をこなすだけ。時折、ぼんやりとした視線を窓の外の闇へ投げかけている。

髪は手入れもされず長めに伸びてぼさつき、制服のあちこちにはくたびれたシワが寄っていた。
そんな彼女の姿を遠巻きに眺めながら、僕の胸にはじわじわと甘い幸福感が満ちていった。

(家庭環境に、決定的な問題があるに違いない)

これほど遅くまで学校に居残り、誰の手入れも届いていない無防備な少女。家庭内で完全に放置され、顧みられていないネグレクトの気配がぷんぷんと漂っていたのだ。

彼女から濃厚な「不幸の気配」を嗅ぎ取った僕は、両親に「受験勉強に本腰を入れたいから」ともっともらしい口実を告げ、彼女に合わせて図書館へ居残るようにした。そして、閉館を告げるチャイムが館内に響き渡るタイミングを見計らい、彼女と同じ歩調で退館する。

そんな接触を数回繰り返し、こちらの顔が十分に刷り込まれたであろう絶妙なタイミングを見計らって、僕は声をかけた。

「ねぇ、いつも閉館まで残ってるよね?」

どこまでも何気なさを装った、完璧なトーンだった。相手を気遣い、労り、それでいて踏み込みすぎない程度の遠慮を滲ませた声音。この手口を使えば、大抵の弱者は警戒とおどおどした卑屈さを滲ませながら、取ってつけたような言い訳を口にするものだ。僕は相手のリアクションを何通りもシミュレーションしながら、どうやって懐へ潜り込もうかと計算していた。

だが、次の瞬間、僕は思わず足をもつれさせて後ずさった。
彼女が僕をまっすぐ見つめ返し、それこそ大輪の花が綻ぶように、眩しいほどの笑みを浮かべたからだ。

「わぁ……嬉しい! やっと話しかけてくれた」

弾むような、純粋な歓喜に満ちた声だった。僕の脳内は瞬時に疑問符で埋め尽くされ、完璧だったはずの思考回路が完全にフリーズした。
何ひとつ言葉を返せず立ち尽くす僕に、追い打ちをかけるように、彼女は無邪気な調子で言葉を継いだ。

「私、先輩にずっと助けてほしかったんです。先輩、お願いです、助けてください――私の自殺、手伝ってくれませんか?」