名前を呼ぶには、近すぎる。

「うん。わかってる」
「……」

 さも簡単に「わかってる」と言われ、眉間にぎゅっとしわが寄る。わかっていて引かないなんてあり得ない、と思った。

「だってね。……作ったことないのに手作り弁当渡してくるような奴が、軽いわけある?」
「あ、いや、それは……」

 一番痛い高校の思い出を引き合いに出され、言葉を失う。あの頃の俺はなりふり構わず、まめに対して必死だったのだ。

「でも俺にはね、それくらいで丁度いいよ」

 俺の手の上から頭を芝生に下ろしながら、まめが言う。俺の手に、まめの手が重なった。
 俺は、重なった手を恋人繋ぎに握り直しながら、「いいの?」と返した。やりすぎ、と咎(とが)められると思っていたので、信じられない気持ちだった。
 しばらくして、「あのね」とまめが口を開いた。

「のむは、のぐと仲良いじゃん。俺も仲良いしいつメンだけど……のむのこと好きって気付いてから、今思うと、ずうっと、ちょっと嫉妬してたんだ。だから、あの時お弁当のことのぐに相談したって聞いて、のむにあんな風に嫌なこと言っちゃったんだと思う」

 いつメンの中でも、先に仲良くなった野口こと「のぐ」は、あの頃、まめのことを唯一相談できる相手だった。糸杉は恋愛には疎い様子だし、何より察しが良すぎて相談しにくかった。きっと、相談していないけれど気付いていたと思う。一方、のぐの”話したくないことは別に聞く気がない”というスタンスが、楽だったのも確かだった。
 「だからね」とまめが続ける。

「のむが重いんだとしたら、俺は嫉妬深いんだよ」

 まめが、繋いだ手に少しだけ力が籠めた。俺は、同じだけ握り返した。そして力強く答えた。

「ウェルカム」
「わぉ、急な外国人」

 2人で、脱力して笑う。
 太陽の熱で温まった芝生の上で、ぼんやりしながら口を開く。

「俺さ、まめの世話焼くの好き。やりたくてやってる。まめがありがとーってうれしそうにしてくれるの、見るのが好き」
「……そっか。そっか。うん。……それなら、のむのしてくれること全部、ありがとうって受け取る」
「いいのか?本当に?」
「うん。でもあたりまえじゃないの、忘れないよ」

 まめの言葉に、耳から頬にかけてぶわっと鳥肌が立つような感覚に包まれた。俺は欲望に任せてやりたいことをやっているだけなのに、こんなことを言ってくれるのか。
 続けてまめが口を開いた。

「俺はね、俺は……恥ずかしいんだけど……もっとくっつきたいし、甘えたい。それに、のむにも甘えられてみたい」

 公園の開放的でのどかな雰囲気が、俺を動かした。
 繋いだ手を離すと、そのまめの手の甲に、今度は俺が頭を乗せる。

「俺次男だから、甘えるのもたぶん得意」

 至近距離で目が合って、みるみるまめの頬が赤くなる。

「イケメンでオカンで次男て、少々属性過多では……」

 そう言いながら、まめが手をグーにした。突然こめかみにまめの小さな拳が刺さって思わず呻(うめ)く。

「いってぇ。なぁ、この枕硬過ぎん?」

 それを見たまめが、うははは、とさもおかしそうに笑った。

「当店イチオシの、握り拳型高反発枕でございます」
「反発しかないって」

 ひとしきり笑った後、2人で上を向いた。空が眩しくて、目を瞑(つぶ)った。
 そのまま、どちらからともなく話し続けた。

「俺の作ったごはんを、まめに食べさせたい」
「うん。楽しみにしてるね。……俺はねぇ、のむとテーマパーク行きたい。知ってた?テーマパークだと、手を繋いでても周りはあんまり気にしないんだって」
「マジ?」
「うん。俺、俺ね。……手を繋いでデートしてみたい」
「俺も。したい」
「うん」
「……俺は、まめとお揃いのものが欲しい」
「あー。持ってなかったねぇ。……今日買いに行っちゃう?」
「普段身に着けられるものがいいな」
「スマホケースとか?それでさ、テーマパーク行ったらペアストラップ、買う……」
「のぐと糸杉に即行いじられそう」
「2人になら……別にいいよ……」
「ちょっと腹立つけど、まぁいっか」
「……」
「あのさ、俺。……俺、いつか」
「……」
「……いつか、まめのこと名前で呼びたい」
「……」
「……まめ?」
「……」

 俺は、目を開けてまめの方を見た。急に目の前が明るくなり、眩しくて目を細めた。芝生で寝転んで目を瞑るまめは、やっぱり夏休みの小学生みたいに朗らかで無垢で、無防備に見えた。規則正しく上下する胸を眺めながら、心の中で願った。

 ーーこの光景をこのまま手の中に閉じ込めて、持って帰れたらいいのに。

「……はっ。俺、今寝てた?!」

 突然身体をビクッとさせて、まめが起き上がる。それに驚いて、俺も起き上がった。
 乱れた髪に草を付けたままのまめに、思わず手を伸ばした。
 まめが目を閉じ、黙って頭を差し出すので、驚いて手を止めた。

「……ん?」

 まめが目を開ける。

「……わしゃわしゃしたいんじゃないの?」
「……そうだよ!」

 俺は起き上がって、「もうやめろぉ!」とまめが叫ぶまで、思う存分頭をわしゃわしゃした。