「ねえねえ、知ってる?……ここのカフェラテって学校のと比べたら100倍苦いんだぞ」
いつも混雑している人気のコーヒーチェーンで、席を探す俺に顔を近付け、まめが得意げに耳打ちしてきた。その手には、ガムシロップが3つ握られている。
そりゃそうだ、と思う。まめが好んで飲んでいた紙パックのカフェオレは、ほぼ砂糖でできていると言っていいくらい甘かったんだから。
この店に入ろうとまめが言い出したのは、意外だった。俺達が放課後を過ごしたのは、せいぜい駅前のハンバーガー屋くらいだった。その時だって、まめは大抵甘い炭酸とポテトを頼んで「甘いのとしょっぱいの、すなわち無限……!」とか言っていたはずなのに。そして、もっと甘い飲み物もある中「100倍苦い」ラテときた。
とはいえ、店員から受け取ったトレイには、しっかりシュガードーナツが置かれている。まめが言うには「前からこれが食べたくてしょうがなかった」らしい。俺は甘いものがそこまで得意ではないけれど、まめにつられてプレーンのワッフルを注文した。あとは、まめと同じアイスカフェラテ。ガムシロップは要らない。
俺は偶然空いたテーブル席に近付き、まめをソファ側に座らせた。まめがトレイを俺から受け取ろうとするので、「ちょっと待って」と前の客の飲み物が作った水滴の輪をペーパーナプキンで丁寧に拭いてから、2人分が載ったトレイを置いた。
「……かっこいいなぁ」
「ん?」
手の中にある3つのガムシロップをトレイの上に転がしながら、まめが独り言のように呟いた。
「かっこいい」
まめはもう一度言い、やけくそみたいに次々とガムシロップをカフェラテの中に投入していく。
「なにが?」
俺がストローのパッケージを開けて差し出すと、「ありがとぉ」と両手で恭しく拝んで受け取りながら、まめは続けた。
「のむが」
「は?」
「俺の恋人がいちいちかっこよすぎて困る」
ラノベのタイトルみたいなことを言いながら、まめがまっすぐに俺の方を見て「む」の口をしている。褒められながら文句を言われても、と戸惑う。そしてその口。どんな感情なのか全くわからない。
しきりにストローでカフェラテをぐるぐるかき混ぜているが、底には透明なシロップが沈んで簡単には混ざるもんかと抵抗するように漂っている。
そのまま一口飲んで、今度は「ウッ」の顔をした。ほぼガムシロップだったのだろう。それを見て、俺は思わず笑ってしまった。
まめはくるくると表情が変わる。喜怒哀楽がすぐ顔に出て、かわいい。見ていて全く飽きない。
「……俺がかっこよくて、まめ困ってんの?」
俺は意を決して聞いた。質問自体にではない。自分で自分のことを「かっこいい」と言うことに、だ。
「んー。困ってるー、っていうか困ってないー、っていうか」
まめが独特のリズムで、慎重に考えながら話している。
「……あ、ちなみにのむはかっこいいけど、俺が今言ってるかっこいいは見た目のことじゃないからね?」
「あ、あぁ」
まめの言葉に、間の抜けた声が出る。意を決して聞いた質問がそもそも的外れだったと気付き、途端に恥ずかしくなった。
何と答えていいかわからず口をもごもごさせていると、まめが真剣な表情でテーブル越しに身を乗り出してきた。
「あのさ、のむ」
「なんだよ」
「……もはや紳士通り越してる」
「え?」
本当にわからなかった。紳士を通り越すとは?と首を捻る。
まめは「無自覚でいらっしゃる?」と、信じられないような顔で二、三度瞬きをした。そしてもう一度カフェラテを飲んで再び「ウッ」の顔をすると、今度はストローを上下に動かした。
「なんかすごいよ?今日ののむ」
「ん?」
すごいとは?と思いながら、ペーパーナプキンに挟んで「ほら」とドーナツを渡した。
「あ、ありがと……ってそういうとこだぞ」
それを受け取って、まめが一口齧った。
「オカンみたいになってる」
まめはもぐもぐしながら、そう言った。
オカン?オカンってあの、関西圏で言うお母さんっていう意味の?紳士を通り越した先に?オカン?
「それは、どういう……?」
「なんかもう、お世話の鬼ぃ〜!って感じ」
「鬼ぃ〜!」のところを目を瞑って強調すると、ようやくちょうどいい甘さになったのか、まめはご機嫌な様子でカフェラテを飲んだ。
「鬼……」と呟きながら、ふとまめの口元に目がいき、ウェットティッシュのパッケージを開ける。
人生でブーと呼ばれたことはあっても、鬼と呼ばれたのは初めてだ、とまた過去の思い出が胸を掠めた。
ウェットティッシュをまめに差し出すと、「はい現行犯」とその手ごと掴まれてしまった。
「えっ。なんだよ」
「なんだよじゃないよ。俺は何かい?未就学児かなんかかい?」
「お世話しすぎの罪でタイホでっす」と、まめがふざけた調子で言うと、にやりと笑った。
指で輪っかを作って俺の手首を拘束するまめに向かって、手を伸ばす。俺も、堪えきれず笑ってしまった。
だって。
だって、口の端に砂糖が。
「ーーついてんだよ」
そう言って、掴まれていない方の手でまめの口元の砂糖を摘んだ。
まめは、きょとんとして俺を見つめた。それから、視線を俺の指先に移した。
「のむ……」
「なんだよ」
「それ」
「え?」
「それ、食べる?」
「なっ……食うかよ!」
慌てて持っていたウェットティッシュで指を拭いた。まめは俺の手の拘束を外すと、「なぁんだ」と残念そうにした。
「わかってないなぁ。そういうのが”キュン”なのにさ」と言いながら再びドーナツを頬張るまめに、俺は「わかってないのはまめの方だ」と心の中で抗議した。こっちはまめの一挙一動にドキドキして、それどころじゃないっていうのに。カフェラテを飲み、ワッフルに齧り付く。苦さと甘さのバランスが、ちょうどよかった。
ーーやっぱり口元についた砂糖、食べといたらよかった。
顔を上げると、まめが俺の様子をじっと見ていた。俺と目が合うと、いつもの調子で笑った。
いつも混雑している人気のコーヒーチェーンで、席を探す俺に顔を近付け、まめが得意げに耳打ちしてきた。その手には、ガムシロップが3つ握られている。
そりゃそうだ、と思う。まめが好んで飲んでいた紙パックのカフェオレは、ほぼ砂糖でできていると言っていいくらい甘かったんだから。
この店に入ろうとまめが言い出したのは、意外だった。俺達が放課後を過ごしたのは、せいぜい駅前のハンバーガー屋くらいだった。その時だって、まめは大抵甘い炭酸とポテトを頼んで「甘いのとしょっぱいの、すなわち無限……!」とか言っていたはずなのに。そして、もっと甘い飲み物もある中「100倍苦い」ラテときた。
とはいえ、店員から受け取ったトレイには、しっかりシュガードーナツが置かれている。まめが言うには「前からこれが食べたくてしょうがなかった」らしい。俺は甘いものがそこまで得意ではないけれど、まめにつられてプレーンのワッフルを注文した。あとは、まめと同じアイスカフェラテ。ガムシロップは要らない。
俺は偶然空いたテーブル席に近付き、まめをソファ側に座らせた。まめがトレイを俺から受け取ろうとするので、「ちょっと待って」と前の客の飲み物が作った水滴の輪をペーパーナプキンで丁寧に拭いてから、2人分が載ったトレイを置いた。
「……かっこいいなぁ」
「ん?」
手の中にある3つのガムシロップをトレイの上に転がしながら、まめが独り言のように呟いた。
「かっこいい」
まめはもう一度言い、やけくそみたいに次々とガムシロップをカフェラテの中に投入していく。
「なにが?」
俺がストローのパッケージを開けて差し出すと、「ありがとぉ」と両手で恭しく拝んで受け取りながら、まめは続けた。
「のむが」
「は?」
「俺の恋人がいちいちかっこよすぎて困る」
ラノベのタイトルみたいなことを言いながら、まめがまっすぐに俺の方を見て「む」の口をしている。褒められながら文句を言われても、と戸惑う。そしてその口。どんな感情なのか全くわからない。
しきりにストローでカフェラテをぐるぐるかき混ぜているが、底には透明なシロップが沈んで簡単には混ざるもんかと抵抗するように漂っている。
そのまま一口飲んで、今度は「ウッ」の顔をした。ほぼガムシロップだったのだろう。それを見て、俺は思わず笑ってしまった。
まめはくるくると表情が変わる。喜怒哀楽がすぐ顔に出て、かわいい。見ていて全く飽きない。
「……俺がかっこよくて、まめ困ってんの?」
俺は意を決して聞いた。質問自体にではない。自分で自分のことを「かっこいい」と言うことに、だ。
「んー。困ってるー、っていうか困ってないー、っていうか」
まめが独特のリズムで、慎重に考えながら話している。
「……あ、ちなみにのむはかっこいいけど、俺が今言ってるかっこいいは見た目のことじゃないからね?」
「あ、あぁ」
まめの言葉に、間の抜けた声が出る。意を決して聞いた質問がそもそも的外れだったと気付き、途端に恥ずかしくなった。
何と答えていいかわからず口をもごもごさせていると、まめが真剣な表情でテーブル越しに身を乗り出してきた。
「あのさ、のむ」
「なんだよ」
「……もはや紳士通り越してる」
「え?」
本当にわからなかった。紳士を通り越すとは?と首を捻る。
まめは「無自覚でいらっしゃる?」と、信じられないような顔で二、三度瞬きをした。そしてもう一度カフェラテを飲んで再び「ウッ」の顔をすると、今度はストローを上下に動かした。
「なんかすごいよ?今日ののむ」
「ん?」
すごいとは?と思いながら、ペーパーナプキンに挟んで「ほら」とドーナツを渡した。
「あ、ありがと……ってそういうとこだぞ」
それを受け取って、まめが一口齧った。
「オカンみたいになってる」
まめはもぐもぐしながら、そう言った。
オカン?オカンってあの、関西圏で言うお母さんっていう意味の?紳士を通り越した先に?オカン?
「それは、どういう……?」
「なんかもう、お世話の鬼ぃ〜!って感じ」
「鬼ぃ〜!」のところを目を瞑って強調すると、ようやくちょうどいい甘さになったのか、まめはご機嫌な様子でカフェラテを飲んだ。
「鬼……」と呟きながら、ふとまめの口元に目がいき、ウェットティッシュのパッケージを開ける。
人生でブーと呼ばれたことはあっても、鬼と呼ばれたのは初めてだ、とまた過去の思い出が胸を掠めた。
ウェットティッシュをまめに差し出すと、「はい現行犯」とその手ごと掴まれてしまった。
「えっ。なんだよ」
「なんだよじゃないよ。俺は何かい?未就学児かなんかかい?」
「お世話しすぎの罪でタイホでっす」と、まめがふざけた調子で言うと、にやりと笑った。
指で輪っかを作って俺の手首を拘束するまめに向かって、手を伸ばす。俺も、堪えきれず笑ってしまった。
だって。
だって、口の端に砂糖が。
「ーーついてんだよ」
そう言って、掴まれていない方の手でまめの口元の砂糖を摘んだ。
まめは、きょとんとして俺を見つめた。それから、視線を俺の指先に移した。
「のむ……」
「なんだよ」
「それ」
「え?」
「それ、食べる?」
「なっ……食うかよ!」
慌てて持っていたウェットティッシュで指を拭いた。まめは俺の手の拘束を外すと、「なぁんだ」と残念そうにした。
「わかってないなぁ。そういうのが”キュン”なのにさ」と言いながら再びドーナツを頬張るまめに、俺は「わかってないのはまめの方だ」と心の中で抗議した。こっちはまめの一挙一動にドキドキして、それどころじゃないっていうのに。カフェラテを飲み、ワッフルに齧り付く。苦さと甘さのバランスが、ちょうどよかった。
ーーやっぱり口元についた砂糖、食べといたらよかった。
顔を上げると、まめが俺の様子をじっと見ていた。俺と目が合うと、いつもの調子で笑った。

