ーーそっか、これから2人で会う時はデートなんだ。
遊びに行こ、じゃなくデートしよ。しみじみと噛み締めると同時に、まめから送られてきた「デート」というワードに戸惑いを隠せない。あいつ、デートなんて言葉平気で言えちゃうタイプだったのか、という焦りに近いものを感じた。
これまで俺の中で、まめは恋愛とは程遠い、のんびりと朗らかな夏休みの小学生のような存在だったのだ。高校時代、俺からアプローチしても全く気付かなかったくらい鈍感で、そんな俺の気持ちも知らずに「胸キュンを教えて」などと無邪気に頼み込んできたまめ。そんなまめだから、俺は焦らずゆっくり、いつメンから恋人へバージョンアップしていけたらいいや、と思っていたのだけど。
恋愛モードになったまめという生き物を、俺はまるで知らなかったのだ。
そのまま重力に任せてずるずると芋虫のように床に傾れ落ちると、もう一度メッセージを見返しながら「デート」と声に出さずに呟いた。
まめとの初めてのデートはつまり、俺にとって、人生で初めてのデートだ。
ーーこんな日が来るなんて、昔の俺は信じるかな。
家のリビングに今も飾られている家族写真を、ぼんやりと思い出す。
旅行先で撮った写真の右端にいる、丸々とした二重顎で窮屈そうにシャツと半ズボンを履いている俺。それから、中学校の入学式でXLサイズの学ランを着て、居心地悪そうに看板の前に佇む俺。
一度考え始めると、最悪な走馬灯のように次々とその頃のことを思い出す。
俺はぼっちではないものの、かなり地味な生徒だった。運動は苦手だったけど、絵を描くのは好きだったので美術部に入ったら、目立つ奴らに陰で「美術ブー」と呼ばれた。やがてそれも省略され、「ブー」になった。中2の秋から突然背が伸び、運動部の兄と一緒に筋トレを始めると、二重顎がなくなり丸かった頬が削ぎ落され、肉に埋もれていた目鼻立ちがはっきりした。すると、中3に上がるタイミングで突然「ブー」ではなく「野村」になった。目立つ男子やその周りにいる女子が、今までのことがなかったかのように仲間に引き入れようとしてきて、それがすごく嫌だった。なにより、それを「嫌だ」と突っぱねきれない自分が嫌だった。ある日、俺のことをブーと呼んで笑っていた女子に告白された。学年でもかわいいと噂になるような女子だった。「なんで俺?」と本当に訳が分からず尋ねると、「かっこいいから」と言われた時、正直「は?」と思った。ドッキリでも仕掛けられているのか、と訝しんだが、本気のようだった。その女子にとっては当時のことも、ほんの冗談だったのかもしれない。けれど俺にとっては、時折思い出しては痛む傷として今でも残っている。それを、まるでわかっていないのだ。もちろん、その女子にはそんなことは言わず、丁重にお断りをした。その後も、俺に対する主に女子の態度の変化に辟易して、人の容姿を無遠慮に馬鹿にしたりちやほやしたり、手のひらを返すような奴らが決定的に嫌いになった。
ダメだ、と頭を振って、スマホに視線を戻す。
そんなこと思い出してる暇はない。早くまめに返信しないと。
『金曜はバイト、土曜は休み、日曜も夜バイト』
専門学校への進学が決まってから、バイトを始めていた。それも内心、まめとのデート費用を稼ごうと思っていたのだけど。
焦るあまりそっけない返信をしてしまい、慌ててスタンプを送る。「うれしい」と飛び跳ねる犬のスタンプを送ろうとして、間違って「いざ参らん」と片膝をつく武士のスタンプを送ってしまった。こんなに動揺しているくせに、なにが「いざ」だ。取り消す間もなくすぐに既読のマークが付き、頭を抱えた。
10秒もしないうちに、返信が届いた。
『やったー』
「行くでござる」と手裏剣を構えた忍者のスタンプ。それに続いて「楽しみすぎて水とんの術」とかいう、水の中から棒みたいなものが出ているスタンプが送られてきた。意味がわからないけど、武士に忍者で返してきてくれるのが、まめらしくて笑ってしまった。
「……デート」
待ち合わせ場所や時間などを決めてスマホを手放すと、床に倒れた格好のまま、今度は小さく声に出してみた。
すると、途端にぶわっと嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げてきて、思わず両手で顔を覆ったのだった。
遊びに行こ、じゃなくデートしよ。しみじみと噛み締めると同時に、まめから送られてきた「デート」というワードに戸惑いを隠せない。あいつ、デートなんて言葉平気で言えちゃうタイプだったのか、という焦りに近いものを感じた。
これまで俺の中で、まめは恋愛とは程遠い、のんびりと朗らかな夏休みの小学生のような存在だったのだ。高校時代、俺からアプローチしても全く気付かなかったくらい鈍感で、そんな俺の気持ちも知らずに「胸キュンを教えて」などと無邪気に頼み込んできたまめ。そんなまめだから、俺は焦らずゆっくり、いつメンから恋人へバージョンアップしていけたらいいや、と思っていたのだけど。
恋愛モードになったまめという生き物を、俺はまるで知らなかったのだ。
そのまま重力に任せてずるずると芋虫のように床に傾れ落ちると、もう一度メッセージを見返しながら「デート」と声に出さずに呟いた。
まめとの初めてのデートはつまり、俺にとって、人生で初めてのデートだ。
ーーこんな日が来るなんて、昔の俺は信じるかな。
家のリビングに今も飾られている家族写真を、ぼんやりと思い出す。
旅行先で撮った写真の右端にいる、丸々とした二重顎で窮屈そうにシャツと半ズボンを履いている俺。それから、中学校の入学式でXLサイズの学ランを着て、居心地悪そうに看板の前に佇む俺。
一度考え始めると、最悪な走馬灯のように次々とその頃のことを思い出す。
俺はぼっちではないものの、かなり地味な生徒だった。運動は苦手だったけど、絵を描くのは好きだったので美術部に入ったら、目立つ奴らに陰で「美術ブー」と呼ばれた。やがてそれも省略され、「ブー」になった。中2の秋から突然背が伸び、運動部の兄と一緒に筋トレを始めると、二重顎がなくなり丸かった頬が削ぎ落され、肉に埋もれていた目鼻立ちがはっきりした。すると、中3に上がるタイミングで突然「ブー」ではなく「野村」になった。目立つ男子やその周りにいる女子が、今までのことがなかったかのように仲間に引き入れようとしてきて、それがすごく嫌だった。なにより、それを「嫌だ」と突っぱねきれない自分が嫌だった。ある日、俺のことをブーと呼んで笑っていた女子に告白された。学年でもかわいいと噂になるような女子だった。「なんで俺?」と本当に訳が分からず尋ねると、「かっこいいから」と言われた時、正直「は?」と思った。ドッキリでも仕掛けられているのか、と訝しんだが、本気のようだった。その女子にとっては当時のことも、ほんの冗談だったのかもしれない。けれど俺にとっては、時折思い出しては痛む傷として今でも残っている。それを、まるでわかっていないのだ。もちろん、その女子にはそんなことは言わず、丁重にお断りをした。その後も、俺に対する主に女子の態度の変化に辟易して、人の容姿を無遠慮に馬鹿にしたりちやほやしたり、手のひらを返すような奴らが決定的に嫌いになった。
ダメだ、と頭を振って、スマホに視線を戻す。
そんなこと思い出してる暇はない。早くまめに返信しないと。
『金曜はバイト、土曜は休み、日曜も夜バイト』
専門学校への進学が決まってから、バイトを始めていた。それも内心、まめとのデート費用を稼ごうと思っていたのだけど。
焦るあまりそっけない返信をしてしまい、慌ててスタンプを送る。「うれしい」と飛び跳ねる犬のスタンプを送ろうとして、間違って「いざ参らん」と片膝をつく武士のスタンプを送ってしまった。こんなに動揺しているくせに、なにが「いざ」だ。取り消す間もなくすぐに既読のマークが付き、頭を抱えた。
10秒もしないうちに、返信が届いた。
『やったー』
「行くでござる」と手裏剣を構えた忍者のスタンプ。それに続いて「楽しみすぎて水とんの術」とかいう、水の中から棒みたいなものが出ているスタンプが送られてきた。意味がわからないけど、武士に忍者で返してきてくれるのが、まめらしくて笑ってしまった。
「……デート」
待ち合わせ場所や時間などを決めてスマホを手放すと、床に倒れた格好のまま、今度は小さく声に出してみた。
すると、途端にぶわっと嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げてきて、思わず両手で顔を覆ったのだった。

