私の彼女は怪異を連れて…………

 エアコンがついていない部屋で寝かされるという拷問を受けていると、もはやスカ兄ちゃんの怪談を聞かされる方がマシなんじゃないかと思えてくる。
 敷布団すら暑い。
「ん……トイレ……」
 逃げるようにトイレへ行こうとしたが、どう考えてもトイレだけ涼しいなんてことがあり得ないことくらい十六年の人生でよく知っている。
 歩くたびに床がきしんで怖いことこの上ない。

 ズズ……ズズ……

 ギシギシ言っていた床の音が止む。
 私が動けなくなったんだから当然だ。
 とても、遠いところから聞こえる、何かが引きずられるような音……。

 ズズズ……ズズズ……

 口元を押さえてその場にうずくまってしまった。
 バカ兄ちゃんが変な話するからなんてことない音かもしれないのにやなこと考えちゃう……。
 おしっこ漏れそう……。
 あぁ……別に尿意なんてなかったのに考えること全てが裏目に出る……。

 ズズズズ……ズズズズ……

「っと、とりあえずトイレ……」
 引きずる音から逃げ出した。

 素早くトイレを済ませると、急いで布団に戻り一応渡された薄い毛布に身をくるんだ。

 ズズ……ズズ……

 なんとなく、音が近寄ってきている気がする。
 ……テケテケってその……存在を知った奴を殺すとかなんとか……。
 やっぱバカ兄のせいじゃんか……。

 ズズ……テ……ケ……

 じんわりと身体が汗ばむ。
 もうメリーさんでお腹いっぱいなのになんで私が襲われなくっちゃいけないんだ……。

 テ……ケ……テケ……

 …………違う。なんで私が狙われているとばかり考えていたんだ?
 毛布を吹き飛ばして起き上がる。
 窓から入ってくる月明かりに照らされてもどこにスマホがあるか分からなかった。
 テケテケの……弱点。絶対に、なにかあるはず……。
 ………………なかったら、スカ兄ちゃんが……ヤバい。
 対処法は……「地獄に堕ちろ」と唱えるか「カシマレイコ」と唱えること……あとは曲がり角が弱い……。ただし時速百キロ……無理じゃん。どうしよう……。
 私は、多分まだ大丈夫だ。多分、スカ兄ちゃんよりは、安全なはず。
 テケテケは、その存在を認知した者を72時間以内に襲うと聞いたことがある。
 私は今日聞いた。スカ兄ちゃんは昨日聞いたと言っていた。
 スカ兄ちゃんがテケテケから逃げ切れるわけがないし、昨日はテケテケが来ていないということ。
 きっと明日ちゃんが呼び出したテケテケだ。
 でも、きっと普通の都市伝説通りのテケテケだろう。
 少なくともどこかで動いているテケテケはスカ兄ちゃんのことも狙っている。
 ……メリーさんはどうにもできなかったけど……今回ばかりはスカ兄ちゃんのために、なんとしてでもテケテケには帰ってもらう。

 テケ……テケ……

 私たちを探しているであろう音を聞くと、インターネットで得られる程度の情報じゃ不安になってくる。
 こんなとき、頼りにするなら、というか、そもそも明日ちゃんに怪異を引っ込めてもらえばいい。
『助けてください』
 でも、この時間だ。十時は回っている。
 きっと反応はない……なんていうことが通用しない程度には彼女自身も妖怪みたいな人間であるということは、出会った瞬間から理解していた。
『どうしたんです?』
『まさか本当にテケテケさんが出てきたとか言いませんよね』
 明日ちゃんはこんな時間になにをしているんだろう。
 家に不法侵入とかされてないといいけど。
『でました』
『たすけて』
 とりあえず私とスカ兄ちゃんが同じ家にいるのはあまりよろしくないだろう。かといって私が逃げ出せばスカ兄ちゃんが殺された後に私も殺されるだけ……。逃げ切れるはずがない。
『そうは言われましても、テケテケさんほど恐れられる妖怪は私じゃどうしようもありませんよ?』
『私がテケテケさんが出てきてることを知らない通り、私とは離れてしまっています』
『ですが、きっとそのテケテケさんも都市伝説通りの存在です』
『ネットでも対処法の一つや二つは出てきますよ』
 そんなこととっくにやってんだよぉ……。
 しかしながら、いかにしてスカ兄ちゃんとかのことを説明すればいいんだろうか。
 ………………。

 テケ……テケ……

『説明がとっても大変です』
『電話してもいいですか』
 私たちを探す存在がいなければ、友達に電話をすることを決意するのにどれだけかけたことだろう。
『ぜひ!』
 と、快く返事をもらったのはいいとして、電話のかけ方が分からない。
『やっぱそっちからお願いします』
 友達と初めての電話……。こんな状況じゃなければ嬉しかったのに。
「もしも〜し! こんばんは! さ、私をいくらでも頼ってください!」
 ……こういう態度も、今はちょっと気分が楽になっていいものだ……。
「えっと……えと……その……」

 十分ほどかけてあらかた説明を終えた。
 テケテケさんは方向音痴なんだろうか。
「……そうですか、いとこのお兄さん……まさか陰狼さんにそんなお相手がいたとは……」
「ほんとそういうのいいから……どうすればいい? 私と兄ちゃんがどっちも助かるには……」
 着実に、その音は近づいていた。
 この家は村から少し外れたところにある。兄ちゃんが言っていた川もきっとそれなりに遠いところにある川のことだろう。
 田舎の夜の静けさがなければ気付かないような小さな音も、かなり遠くから聞こえたものだ。
 テケテケが苦手だという曲がり道もたくさんあるが、今はもう、テケテケから見ても家はちゃんと見えているだろう。
 時間は、なかった。