…………。
身体が痛い。
玄関のフローリングに受け身も取らずに倒れたのだから当然だろう。
しかしながら、しっかり痛いのだ。
…………。
「メリーさんは……?」
足先に見える玄関の扉を見ながら、頭の裏に感じる柔らかさを正体も分からないまま堪能していた。
ぼーっとした意識にふわふわと浮かび上がってくる違和感は、当然のことだが頭の裏にある謎の感覚だ。
フローリングの床にこんな柔らかいものがあるわけないし、枕のように少し高い。それでいてとても頭にフィットする。
「もう少し寝ていてもらえると助かります」
「ひっ!?」
頭上から聞こえた声に、勢いよく上半身を起こした。
しっかり立つことができずに少し耐えた後、尻もちをついて壁に背中をくっつける。
「あらら……もうちょっと堪能したかったんですけど……」
私の頭が置かれていた太ももを残念そうに撫でたのは…………。
身体を震わせ、顎をガタガタ言わせて怯えざるをえないその招かれざる客は……。
「ぁ……顔…………ある……」
私と同じ制服、私とは似ても似つかないさらさらな混ざりきっていないカフェラテのような髪、制服の上からでも伝わる美しい身体、そして…………。
『少し前までなかった顔』。
なんて綺麗なんだろう……14分の1サイズにして私の部屋に飾ったらとっても馴染みそう。
「ふふ、どうですか? 私の顔。陰狼さんほどではありませんが、なかなか整っているでしょう? いつでもあなたのものになりますからね」
「ひいぃぃ…………」
涙をこぼしながら頭を押さえる。
しかしながら、美しい笑顔から放たれるその言葉は、眩しくもあった。
「そんなに怖がらないでくださいよ。私はあなたを愛しているだけですよ?」
メリーさんをけしかけておきながらこの人はなにを言ってるんだ。
「ふほっ……しんにゅっ……う……ですぅ……っ!」
出そうとした声の半分は涙へと変わって目からこぼれた。
メリーさんをけしかけてひとを恐怖の渦に閉じ込めたこともなにかしらの罪に問わせられないだろうか。
「あらららら、第一印象最悪です? すみません、まさかメリーさんなんていう子供騙しな怪異で気絶までするとは思わなかったもので。私の責任ですし、看病しないほかありませんよ。これは急を要することだったので、不法侵入ではありません、と自分の罪を無理くり正当化しておきます」
一言一言が重くのしかかってきた。
この子がテレビの奥にいるのなら、ゲームのキャラクターなら、お前は妹達か、とツッコんで恐怖を誤魔化せるが、現実だとコミュ障も相まってどんな言葉も出てこない。
「安心してください、もう陰狼さんのスマホに電話はかかってきませんよ」
うわ……酷いこと言った……。
「あ、違いますよ? これからは私がいっぱい電話かけますからね。ですから連絡先を交換させてください」
仮に私が友達に飢えていたとしてもこんな人と友達になるなんて到底無理、今すぐ警察に通報したい。
でもどう説明すればいいんだ、この状況……。
脳の一部分から怖がってないで今すぐ110を押せ、と電気信号が送られてくる手も、目前の恐怖に動くことはできない。
「? メリーさんはもうどっかに消えちゃいましたよ? 怖がることありませんって」
本気でメリーさんだけを恐れてこんなになっていると思っているのか、と私よりも人間らしい心というものを理解していないその子への恐怖と同時に、ふと思い至ったことがある。
「ね、いきなりお付き合いが無理ならお友達から始めましょ。きっとあなたの特別になって見せますよ!」
すでに悪い意味で特別だが、それとは別に、この子には少しおかしな点があることに私は気がついた。
「ね、私、陰狼さんのこと本当に大好きですから」
私は告白を受けるまで存在を知らなかった。
「お願いしますよ! 全部無視していただいてもいいですから、あなたと通じ合ってる気分を味あわせてください!」
私が世間知らず、ということもあるだろう。
「怖がらせてしまったことは心の底から謝罪します。極力、そういうことはないようにしますから、どうか、嫌いにだけはならないでほしい……です」
でも、普通滝沢含めた諸々の陽キャがその高いアンテナで噂をキャッチし、さらに流れていく噂が少しくらい聞こえてくるものじゃないか。
「陰狼さんの望むことなら、なんだって叶えますし、本気で……近付くなと言われるのでしたら……もう二度と、お声はかけません……」
きっと、この子は私のことが本当に好きで、本当に気分が上がるとフィクションのような妖怪を呼び寄せる。
「でも……私……本当に、陰狼さんのことが好きで……今の……揺れている状態の私は……陰狼さんに……とっても……危険……っていうか……」
今も、玄関扉がガチャガチャ言っている。
「……そうです、なにか、なにか望みはありませんか? それが妖にしかできないものなら、それは私にしかできません……!」
感情の抑揚と連動して妖怪を呼び寄せるなら、ゲームをクリアするだけでなにかしら呼び寄せてしまうはずだ。
「お願いです……。……嫌い……でも……いいので……無視が……一番……怖いんです……」
それなのに、学校で怪談の一つも聞かなかったということは……実際にその類を見なかったということは……。
「あっ……ごっ……ごべんなざっ……おこら……っ……ないで……っ」
震える足で立ち上がる。
だれにも、なににも、『感情を押し殺して生きてきたんじゃないか』。
身体が痛い。
玄関のフローリングに受け身も取らずに倒れたのだから当然だろう。
しかしながら、しっかり痛いのだ。
…………。
「メリーさんは……?」
足先に見える玄関の扉を見ながら、頭の裏に感じる柔らかさを正体も分からないまま堪能していた。
ぼーっとした意識にふわふわと浮かび上がってくる違和感は、当然のことだが頭の裏にある謎の感覚だ。
フローリングの床にこんな柔らかいものがあるわけないし、枕のように少し高い。それでいてとても頭にフィットする。
「もう少し寝ていてもらえると助かります」
「ひっ!?」
頭上から聞こえた声に、勢いよく上半身を起こした。
しっかり立つことができずに少し耐えた後、尻もちをついて壁に背中をくっつける。
「あらら……もうちょっと堪能したかったんですけど……」
私の頭が置かれていた太ももを残念そうに撫でたのは…………。
身体を震わせ、顎をガタガタ言わせて怯えざるをえないその招かれざる客は……。
「ぁ……顔…………ある……」
私と同じ制服、私とは似ても似つかないさらさらな混ざりきっていないカフェラテのような髪、制服の上からでも伝わる美しい身体、そして…………。
『少し前までなかった顔』。
なんて綺麗なんだろう……14分の1サイズにして私の部屋に飾ったらとっても馴染みそう。
「ふふ、どうですか? 私の顔。陰狼さんほどではありませんが、なかなか整っているでしょう? いつでもあなたのものになりますからね」
「ひいぃぃ…………」
涙をこぼしながら頭を押さえる。
しかしながら、美しい笑顔から放たれるその言葉は、眩しくもあった。
「そんなに怖がらないでくださいよ。私はあなたを愛しているだけですよ?」
メリーさんをけしかけておきながらこの人はなにを言ってるんだ。
「ふほっ……しんにゅっ……う……ですぅ……っ!」
出そうとした声の半分は涙へと変わって目からこぼれた。
メリーさんをけしかけてひとを恐怖の渦に閉じ込めたこともなにかしらの罪に問わせられないだろうか。
「あらららら、第一印象最悪です? すみません、まさかメリーさんなんていう子供騙しな怪異で気絶までするとは思わなかったもので。私の責任ですし、看病しないほかありませんよ。これは急を要することだったので、不法侵入ではありません、と自分の罪を無理くり正当化しておきます」
一言一言が重くのしかかってきた。
この子がテレビの奥にいるのなら、ゲームのキャラクターなら、お前は妹達か、とツッコんで恐怖を誤魔化せるが、現実だとコミュ障も相まってどんな言葉も出てこない。
「安心してください、もう陰狼さんのスマホに電話はかかってきませんよ」
うわ……酷いこと言った……。
「あ、違いますよ? これからは私がいっぱい電話かけますからね。ですから連絡先を交換させてください」
仮に私が友達に飢えていたとしてもこんな人と友達になるなんて到底無理、今すぐ警察に通報したい。
でもどう説明すればいいんだ、この状況……。
脳の一部分から怖がってないで今すぐ110を押せ、と電気信号が送られてくる手も、目前の恐怖に動くことはできない。
「? メリーさんはもうどっかに消えちゃいましたよ? 怖がることありませんって」
本気でメリーさんだけを恐れてこんなになっていると思っているのか、と私よりも人間らしい心というものを理解していないその子への恐怖と同時に、ふと思い至ったことがある。
「ね、いきなりお付き合いが無理ならお友達から始めましょ。きっとあなたの特別になって見せますよ!」
すでに悪い意味で特別だが、それとは別に、この子には少しおかしな点があることに私は気がついた。
「ね、私、陰狼さんのこと本当に大好きですから」
私は告白を受けるまで存在を知らなかった。
「お願いしますよ! 全部無視していただいてもいいですから、あなたと通じ合ってる気分を味あわせてください!」
私が世間知らず、ということもあるだろう。
「怖がらせてしまったことは心の底から謝罪します。極力、そういうことはないようにしますから、どうか、嫌いにだけはならないでほしい……です」
でも、普通滝沢含めた諸々の陽キャがその高いアンテナで噂をキャッチし、さらに流れていく噂が少しくらい聞こえてくるものじゃないか。
「陰狼さんの望むことなら、なんだって叶えますし、本気で……近付くなと言われるのでしたら……もう二度と、お声はかけません……」
きっと、この子は私のことが本当に好きで、本当に気分が上がるとフィクションのような妖怪を呼び寄せる。
「でも……私……本当に、陰狼さんのことが好きで……今の……揺れている状態の私は……陰狼さんに……とっても……危険……っていうか……」
今も、玄関扉がガチャガチャ言っている。
「……そうです、なにか、なにか望みはありませんか? それが妖にしかできないものなら、それは私にしかできません……!」
感情の抑揚と連動して妖怪を呼び寄せるなら、ゲームをクリアするだけでなにかしら呼び寄せてしまうはずだ。
「お願いです……。……嫌い……でも……いいので……無視が……一番……怖いんです……」
それなのに、学校で怪談の一つも聞かなかったということは……実際にその類を見なかったということは……。
「あっ……ごっ……ごべんなざっ……おこら……っ……ないで……っ」
震える足で立ち上がる。
だれにも、なににも、『感情を押し殺して生きてきたんじゃないか』。


