品性の欠片もない大胆さで抱きつく私に明日ちゃんはなにをすることもできなかった。
「うぅっ、ふうぅ……ぐすっ、みぁいひゃん……」
一人ぼっちでぐしゃぐしゃになった脳内が、人肌によって少しずつ整えられていく。
「あ、んね、あのね、わたし、私、がんばったんだよ、ひとぃで、がんばった、よ……こわ……かったよ……」
「あわ……はっ、はぅ」
溢れ出る感情の濁流に、明日ちゃんへの締付けがいっそう強くなる。震える明日ちゃんの身体をいつまでも離したくないと思ってしまう。
「がんばったの、一人で、誰にも頼らないで、がんばった……。明日ちゃんに会いたたっ……会いたかったからっ……。一人は怖かったからっ……」
躊躇を見せながら、明日ちゃんが抱き返してくれる。さらに強く抱きしめた。
「あぅ……えとっ……な、なにが……あっ……たんです……?」
「……落ち着いたら……話す……から……。今はこのまま……」
―・―・―・―・―・―・―・―・―
とても気まずい静寂。
電灯の灯る下で、二人は佇む。
どちらとも顔を真っ赤にしてうつむきながら。
「えっと……なんか……ごめんなさい……」
脳のどこかから送られた電気信号は、私の舌をそう動かしていた。
「いや、いや……ぜんぜん……。……じゃなくて、なにがあったんですか?」
顔をぶんぶん振って邪な感情を吹き飛ばした明日ちゃんの質問に、
「あ、えと、さっきそこで囚われの身になってて……」
さっきの出来事をそのまま伝えた。
「はい?」
まぁ、明日ちゃんが不思議そうな顔をすることも納得ではあるけれど本当にその通りなんだから、当人である私の困惑には及ばない。
「えっと、ぬりかべかな? なんか知らないけど道が塞がれててさ。そこら辺の道から出れなかったの。っていうか、明日ちゃんじゃないの?」
「いやいや、私はこれでも陰狼さんに迷惑かけるようなことはしないって神に誓ってますし。まぁでも、多分、私が無意識でなんかしちゃったんだと思います。本当、すみませんでした」
カフェラテカラーの頭頂部が私に向けられた。
辞書で誠心誠意の欄を引いたらイメージ画として載っていそうなほど、美しい頭の下げ方で、こんなことされちゃ怒るものも怒れない。
別に怒ってないけど。
「いいよ、全然。明日ちゃんが私と一緒にいたいって思ったからあんなのが出てきたんでしょ? 私が明日ちゃんだったとしても、きっとおんなじだよ。だから、帰ろ」
家を目指して、進む方向を180度変えた。
「……。ふふ。はいっ!!」
すこし駆け足で、明日ちゃんが隣にくる。
友達って、こういうものなんだ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―
「今日は泊まってくの?」
「え? いいんですか? ……あーでも、今日は帰りましょうかね。服も変えたいですし」
なんやかんや2日間着ていたかわいい服の首元を少しつまみながら微笑んだ。
「そか。明日ちゃんちってどこ?」
「ここ曲がって少しした、見えますね、あのマンションです」
明日ちゃんが指差したマンションに関して、おかーさんからもし災害があったとき最初に逃げる建物と言われているものである以上の情報はなにも持ってない。
「ふーん」
なんの気無しにその方向へ歩いていく。明日ちゃんの家がそっちにあるんなら当然のことだ。
「陰狼さん? 近道でもあるんですか?」
「知らないけど。帰らないの?」
「? いや、家まではついてって陰狼さんを送ってからにしようかと」
明日ちゃんのキョトンとした顔に、私は珍しく人の気持ちを理解することができた。
「あぁ、そゆこと。じゃあ悪いけど、私がついてく方で。先明日ちゃんち言ってから、私は一人で帰るから」
私もちょうどおんなじ感情を抱いていたから。
「は……えぇ? いやぁ……でも……それだと危なくないですか……?」
「大丈夫だって。私はこれまでにないくらい自信に満ちてるんだよ。明日ちゃんが一人で帰るよりぬりかべを突破した私の方が断然安全これ当然」
しょうもない韻を踏めるくらい自信と余裕に満ちている私がかつてない大股で明日ちゃんを置き去りにするように突き進む。
「ちょっ……待ってくださいよぉ」
―・―・―・―・―・―・―・―・―
チャイムの音が、私の耳に届く。
意味もなくついているテレビの角の数字は、7時02分を示している。
こんな時間に私の家を訪れるバカは明日ちゃんだけ! つまり私がわざわざリビングにいることが報われたというわけである。
意気揚々と玄関の扉を開く。
「は〜い」
「いてっ」
扉の性能に殺されて尚少し残っていた勢いが明日ちゃんの額を打った。
「あ、ごめん」
「私の手にかかれば避けれると思ったんですけどねー。入っていいですか?」
扉をさらに開いて明日ちゃんを招き入れる。
「おじゃましま〜す」
「じゃますんなら帰って〜」
「はいよ〜」
半ば反射的にリビングから出てきたおかーさんの言葉に、明日ちゃんが踵を返した。
なにしてくれてんだ。
「あんなん無視していいから」
「じゃ改めておじゃまします」
L字形の床に靴を脱いで上がり、丁寧に靴をひっくり返した。
客人を迎えるのに靴すら履かない私とは対照的だ。
「そうだ、陰狼さん、これ、もちろん行きますよね」
階段を登ろうとした私に見せたのは、夏祭りのポスターであった。
「うぅっ、ふうぅ……ぐすっ、みぁいひゃん……」
一人ぼっちでぐしゃぐしゃになった脳内が、人肌によって少しずつ整えられていく。
「あ、んね、あのね、わたし、私、がんばったんだよ、ひとぃで、がんばった、よ……こわ……かったよ……」
「あわ……はっ、はぅ」
溢れ出る感情の濁流に、明日ちゃんへの締付けがいっそう強くなる。震える明日ちゃんの身体をいつまでも離したくないと思ってしまう。
「がんばったの、一人で、誰にも頼らないで、がんばった……。明日ちゃんに会いたたっ……会いたかったからっ……。一人は怖かったからっ……」
躊躇を見せながら、明日ちゃんが抱き返してくれる。さらに強く抱きしめた。
「あぅ……えとっ……な、なにが……あっ……たんです……?」
「……落ち着いたら……話す……から……。今はこのまま……」
―・―・―・―・―・―・―・―・―
とても気まずい静寂。
電灯の灯る下で、二人は佇む。
どちらとも顔を真っ赤にしてうつむきながら。
「えっと……なんか……ごめんなさい……」
脳のどこかから送られた電気信号は、私の舌をそう動かしていた。
「いや、いや……ぜんぜん……。……じゃなくて、なにがあったんですか?」
顔をぶんぶん振って邪な感情を吹き飛ばした明日ちゃんの質問に、
「あ、えと、さっきそこで囚われの身になってて……」
さっきの出来事をそのまま伝えた。
「はい?」
まぁ、明日ちゃんが不思議そうな顔をすることも納得ではあるけれど本当にその通りなんだから、当人である私の困惑には及ばない。
「えっと、ぬりかべかな? なんか知らないけど道が塞がれててさ。そこら辺の道から出れなかったの。っていうか、明日ちゃんじゃないの?」
「いやいや、私はこれでも陰狼さんに迷惑かけるようなことはしないって神に誓ってますし。まぁでも、多分、私が無意識でなんかしちゃったんだと思います。本当、すみませんでした」
カフェラテカラーの頭頂部が私に向けられた。
辞書で誠心誠意の欄を引いたらイメージ画として載っていそうなほど、美しい頭の下げ方で、こんなことされちゃ怒るものも怒れない。
別に怒ってないけど。
「いいよ、全然。明日ちゃんが私と一緒にいたいって思ったからあんなのが出てきたんでしょ? 私が明日ちゃんだったとしても、きっとおんなじだよ。だから、帰ろ」
家を目指して、進む方向を180度変えた。
「……。ふふ。はいっ!!」
すこし駆け足で、明日ちゃんが隣にくる。
友達って、こういうものなんだ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―
「今日は泊まってくの?」
「え? いいんですか? ……あーでも、今日は帰りましょうかね。服も変えたいですし」
なんやかんや2日間着ていたかわいい服の首元を少しつまみながら微笑んだ。
「そか。明日ちゃんちってどこ?」
「ここ曲がって少しした、見えますね、あのマンションです」
明日ちゃんが指差したマンションに関して、おかーさんからもし災害があったとき最初に逃げる建物と言われているものである以上の情報はなにも持ってない。
「ふーん」
なんの気無しにその方向へ歩いていく。明日ちゃんの家がそっちにあるんなら当然のことだ。
「陰狼さん? 近道でもあるんですか?」
「知らないけど。帰らないの?」
「? いや、家まではついてって陰狼さんを送ってからにしようかと」
明日ちゃんのキョトンとした顔に、私は珍しく人の気持ちを理解することができた。
「あぁ、そゆこと。じゃあ悪いけど、私がついてく方で。先明日ちゃんち言ってから、私は一人で帰るから」
私もちょうどおんなじ感情を抱いていたから。
「は……えぇ? いやぁ……でも……それだと危なくないですか……?」
「大丈夫だって。私はこれまでにないくらい自信に満ちてるんだよ。明日ちゃんが一人で帰るよりぬりかべを突破した私の方が断然安全これ当然」
しょうもない韻を踏めるくらい自信と余裕に満ちている私がかつてない大股で明日ちゃんを置き去りにするように突き進む。
「ちょっ……待ってくださいよぉ」
―・―・―・―・―・―・―・―・―
チャイムの音が、私の耳に届く。
意味もなくついているテレビの角の数字は、7時02分を示している。
こんな時間に私の家を訪れるバカは明日ちゃんだけ! つまり私がわざわざリビングにいることが報われたというわけである。
意気揚々と玄関の扉を開く。
「は〜い」
「いてっ」
扉の性能に殺されて尚少し残っていた勢いが明日ちゃんの額を打った。
「あ、ごめん」
「私の手にかかれば避けれると思ったんですけどねー。入っていいですか?」
扉をさらに開いて明日ちゃんを招き入れる。
「おじゃましま〜す」
「じゃますんなら帰って〜」
「はいよ〜」
半ば反射的にリビングから出てきたおかーさんの言葉に、明日ちゃんが踵を返した。
なにしてくれてんだ。
「あんなん無視していいから」
「じゃ改めておじゃまします」
L字形の床に靴を脱いで上がり、丁寧に靴をひっくり返した。
客人を迎えるのに靴すら履かない私とは対照的だ。
「そうだ、陰狼さん、これ、もちろん行きますよね」
階段を登ろうとした私に見せたのは、夏祭りのポスターであった。


