泣き真似が馬鹿らしくなった私は同時に激しい後悔に駆られた。脳が潰されそうだ……。
「そいえば明日ちゃんの名前って漢字だとどう書くの?」
「ほえ? ……。……なんか紙とペンありますか?」
少し明日ちゃんがいるのと反対側を向きながら筆箱が置かれている机に足を運んだ。
スマホ触らずにこんな過ごせたのっていつぶりだろう。
「ネームペンでいい?」
「はい」
後ろから太陽の気配がする。
「紙……は……まぁこれでいいや」
ペンを投げ渡し、夏休みの課題一覧の紙を裏向けて渡した。
「……いいんですか? これ」
「いいよ」
「……」
明日ちゃんはエンジェルスマイルを浮かべながらペンのキャップを外す。
一文字ずつ、左上からA4用紙の四分の一を埋めながら書かれていった。
文恋明日。こんな字を書くんだ。
丁寧に文恋明日とルビを振る。
「ばばーん! とくと覚えてください!」
それはあっているのかという日本語を使いながら朗らかな笑顔を見せた。
「明日ちゃんってこんな字なんだねぇ……。なんかこう、煌びやか?」
「キラキラネームのこと煌びやかって言うのやめてもらえます? いいじゃないですか、私は気に入ってますよ」
ペンを持った左手で紙を弾く明日ちゃん。
「うん。私も結構お気に入りだよ。私じゃそんな名前持ってても腐らせるだろうし、羨ましいな」
「あっ……」
明日ちゃんの指から落ちた紙がひらひらと落ちてゆく。
しばらく落ちた紙を見つめていたのは、何故だろう。
ぱちんという音につられて明日ちゃんの顔に目線を上げた時には、この2週間で見慣れたいつもの顔でしかなかった。
ほんのり赤いのは光の加減かな。
「……ふふっ。あー、他に、なにか聞きたいことがあれば全部答えますよ」
普段より一層つややかでみずみずしい笑顔を前に、スリーサイズを訊く勇気はなかった。
「じゃあ……その、明日ちゃんの……なんか、よく分からない……体質? ……は、えっと……どういうやつ?」
「体質てすね〜。まぁ私もよく分からないんですけど、物心ついたときからずっと、こう、なんか心が揺れるっていうんですか? 喜んだり、悲しんだり。そういうときにどこかから、別の世界から怪異を呼び出してしまうんです」
さっきまで座っていたデススペースを私に奪われて落ち着けずに部屋を右往左往する明日ちゃんが少しかわいくって私の意地の悪さが前面に出てしまった。
なにを言っているのかはよく分からない。アホな私には真面目に聞いたって分かんないだろうし。
「まぁ一応ちょっとなら操ったり自分で呼び出したりできるんですけどね? すごいでしょう?」
若干内股な仁王立ちでドヤ顔をする明日ちゃんを見上げた。
「その体質がね」
明日ちゃんはずこーっ、と体勢を崩す。
「その通りですけど。少しくらい気分良くさせてくれてもいいんじゃないですか?」
「明日ちゃんは調子乗ったらヤバそう」
つい最近覚えた技である『微笑』をここぞとばかりに発動しながら明日ちゃんの明るい様子を眺めた。
「ふぇ〜。酷いですぅ〜。えぇっと、あとは……そのくらいですかね。気持ちの振れ幅で怪異を呼び出したりちょっと操ったりできるって体質です。ほんと迷惑ですよね。おかげで感情のコントロールをずーっとさせられてますし」
昨日の晩御飯で食べられるものが白米だけだった、とかそんなことを話すような調子で言った。
「……そっか」
直視できなかった。
いろんな意味で調子に乗らせちゃいけないとは言っても、つい抱きしめてしまいそうな顔を明日ちゃんはしている。
「……ゲームでもしよっか。ス◯ブラやったことある?」
四足歩行でテレビの前まで行って愛しのゲーム機を充電スタンドから抜き取る。
「ないですね〜。なんですかそれ」
「そう? じゃあなにかやったことあるものない?」
明日ちゃんは私の隣に座り、テレビのメーカー名が書かれている箇所を見つめながら唇に指を当てた。
「う〜ん……マ◯クラなら友達の家でやったことありますね。でも全然覚えてないですよ」
「じゃあ教えたげるからやろ」
「はいっ!」
元気よく答えた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―
数時間後、私はベッドにうつ伏せで転がっていた。
首を捻って明日ちゃんを見てみると、それはもう楽しそうにコントローラーをかちゃかちゃ言わせていた。
原木の柱を建てて骨組みから作っていく手際はとても教わりたてには見えない。
「板ガラスとガラスってどっちがいいのかなー」
独り言をつぶやきながら、板ガラスを窓として張っていく。
いつの間にか完成していた一階部分は蓋を閉じられ、二階が作られ始めた。
それを見ていると、なんだか……なんだかだ。
少し、もやっとするような、しないような。
正座でテレビの前に座る明日ちゃんの背後に立つ。
そしてそのまま、コントローラーを持つ明日ちゃんの腕のなかにするっと入り込んだ。
「へっ?」
「かまってよ」
柔らかい枕に頭を乗せてふてぶてしい態度でものを言った。
人肌ってこんな温かいものなのかぁ……。
「あっ……あわ……」
「やんないの?」
明日ちゃんは私から逃げるように触れる面積を減らそうとする。腕の輪っかが私の動きに合わせて離れていくのが少し面白い。
「あやっ……あふ……うぅ」
少し上にある顔を見上げてみる。
梅の花のような色をした、つややかな顔がそこにはあった。
「あぁ……」
潤んだ瞳はもはやどこも向いていない。きっと脳内桃源郷にでもGOしているんだろう。
ここで、ようやく正気に戻った。
「……えっと……。……ごめん」
首まで真っ赤になって茹で上がりそうな明日ちゃんから逃げるように逃げ出してベッドに顔面からダイブした。
「ふわ……ふわわ……」
未だ桃源郷にいる明日ちゃんの声を聞きながら、熱くなる耳の鮮烈な感覚を生まれて初めて味わった。
「そいえば明日ちゃんの名前って漢字だとどう書くの?」
「ほえ? ……。……なんか紙とペンありますか?」
少し明日ちゃんがいるのと反対側を向きながら筆箱が置かれている机に足を運んだ。
スマホ触らずにこんな過ごせたのっていつぶりだろう。
「ネームペンでいい?」
「はい」
後ろから太陽の気配がする。
「紙……は……まぁこれでいいや」
ペンを投げ渡し、夏休みの課題一覧の紙を裏向けて渡した。
「……いいんですか? これ」
「いいよ」
「……」
明日ちゃんはエンジェルスマイルを浮かべながらペンのキャップを外す。
一文字ずつ、左上からA4用紙の四分の一を埋めながら書かれていった。
文恋明日。こんな字を書くんだ。
丁寧に文恋明日とルビを振る。
「ばばーん! とくと覚えてください!」
それはあっているのかという日本語を使いながら朗らかな笑顔を見せた。
「明日ちゃんってこんな字なんだねぇ……。なんかこう、煌びやか?」
「キラキラネームのこと煌びやかって言うのやめてもらえます? いいじゃないですか、私は気に入ってますよ」
ペンを持った左手で紙を弾く明日ちゃん。
「うん。私も結構お気に入りだよ。私じゃそんな名前持ってても腐らせるだろうし、羨ましいな」
「あっ……」
明日ちゃんの指から落ちた紙がひらひらと落ちてゆく。
しばらく落ちた紙を見つめていたのは、何故だろう。
ぱちんという音につられて明日ちゃんの顔に目線を上げた時には、この2週間で見慣れたいつもの顔でしかなかった。
ほんのり赤いのは光の加減かな。
「……ふふっ。あー、他に、なにか聞きたいことがあれば全部答えますよ」
普段より一層つややかでみずみずしい笑顔を前に、スリーサイズを訊く勇気はなかった。
「じゃあ……その、明日ちゃんの……なんか、よく分からない……体質? ……は、えっと……どういうやつ?」
「体質てすね〜。まぁ私もよく分からないんですけど、物心ついたときからずっと、こう、なんか心が揺れるっていうんですか? 喜んだり、悲しんだり。そういうときにどこかから、別の世界から怪異を呼び出してしまうんです」
さっきまで座っていたデススペースを私に奪われて落ち着けずに部屋を右往左往する明日ちゃんが少しかわいくって私の意地の悪さが前面に出てしまった。
なにを言っているのかはよく分からない。アホな私には真面目に聞いたって分かんないだろうし。
「まぁ一応ちょっとなら操ったり自分で呼び出したりできるんですけどね? すごいでしょう?」
若干内股な仁王立ちでドヤ顔をする明日ちゃんを見上げた。
「その体質がね」
明日ちゃんはずこーっ、と体勢を崩す。
「その通りですけど。少しくらい気分良くさせてくれてもいいんじゃないですか?」
「明日ちゃんは調子乗ったらヤバそう」
つい最近覚えた技である『微笑』をここぞとばかりに発動しながら明日ちゃんの明るい様子を眺めた。
「ふぇ〜。酷いですぅ〜。えぇっと、あとは……そのくらいですかね。気持ちの振れ幅で怪異を呼び出したりちょっと操ったりできるって体質です。ほんと迷惑ですよね。おかげで感情のコントロールをずーっとさせられてますし」
昨日の晩御飯で食べられるものが白米だけだった、とかそんなことを話すような調子で言った。
「……そっか」
直視できなかった。
いろんな意味で調子に乗らせちゃいけないとは言っても、つい抱きしめてしまいそうな顔を明日ちゃんはしている。
「……ゲームでもしよっか。ス◯ブラやったことある?」
四足歩行でテレビの前まで行って愛しのゲーム機を充電スタンドから抜き取る。
「ないですね〜。なんですかそれ」
「そう? じゃあなにかやったことあるものない?」
明日ちゃんは私の隣に座り、テレビのメーカー名が書かれている箇所を見つめながら唇に指を当てた。
「う〜ん……マ◯クラなら友達の家でやったことありますね。でも全然覚えてないですよ」
「じゃあ教えたげるからやろ」
「はいっ!」
元気よく答えた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―
数時間後、私はベッドにうつ伏せで転がっていた。
首を捻って明日ちゃんを見てみると、それはもう楽しそうにコントローラーをかちゃかちゃ言わせていた。
原木の柱を建てて骨組みから作っていく手際はとても教わりたてには見えない。
「板ガラスとガラスってどっちがいいのかなー」
独り言をつぶやきながら、板ガラスを窓として張っていく。
いつの間にか完成していた一階部分は蓋を閉じられ、二階が作られ始めた。
それを見ていると、なんだか……なんだかだ。
少し、もやっとするような、しないような。
正座でテレビの前に座る明日ちゃんの背後に立つ。
そしてそのまま、コントローラーを持つ明日ちゃんの腕のなかにするっと入り込んだ。
「へっ?」
「かまってよ」
柔らかい枕に頭を乗せてふてぶてしい態度でものを言った。
人肌ってこんな温かいものなのかぁ……。
「あっ……あわ……」
「やんないの?」
明日ちゃんは私から逃げるように触れる面積を減らそうとする。腕の輪っかが私の動きに合わせて離れていくのが少し面白い。
「あやっ……あふ……うぅ」
少し上にある顔を見上げてみる。
梅の花のような色をした、つややかな顔がそこにはあった。
「あぁ……」
潤んだ瞳はもはやどこも向いていない。きっと脳内桃源郷にでもGOしているんだろう。
ここで、ようやく正気に戻った。
「……えっと……。……ごめん」
首まで真っ赤になって茹で上がりそうな明日ちゃんから逃げるように逃げ出してベッドに顔面からダイブした。
「ふわ……ふわわ……」
未だ桃源郷にいる明日ちゃんの声を聞きながら、熱くなる耳の鮮烈な感覚を生まれて初めて味わった。


