私の彼女は怪異を連れて…………


 ピンポーン

 自室から聞こえる遠いチャイムの音が左耳から右耳へ通り抜け、そのまま窓ガラスに届く前に空気の妨害を受けてかき消えた。
 窓の外を眺めながら、メランコリックな感傷に浸っていると、
「なに黄昏てるんですか」
「たゃあああぁぁーーっ!!!??? イタっ」
 予想外な声に、スマホを投げ出して窓ガラスに激突してしまう。
 人の恐怖心を煽るのが大得意で人の意表を突かない行いをしているところを見たことがない女、文恋明日、堂々登場。
「ふじゃっけんにゃ、っ、ちょっ、ちょとっ、出ててっ!!」
「ふえぇっ? ちょっとぉ……」
 理不尽な怒りをスーパーサーブで打ち込んで部屋から追い出した。
 なにもただ明日ちゃんを突っぱねているわけではない。当然好き避けなんて素敵なものでもない。
 私は今とても大きな問題を抱えているからだ。

 ズボンもパンツも履いてないっ!!

 くそぉ、Tシャツ一枚で夏を過ごす超絶ズボラ女だとバレれば幻滅は免れないっ!
 そもそも部屋もグッチャグチャだし……いやまぁこれに関しては手遅れか。
 適当にほかってある服の山から適当にパンツを取り出してしっかりと履いた後、四枚くらいしかないズボンを手に取ってみる。
 ショートパンツ? いや、私は身長の低さから分かる通り足も相応に短い。そんな私がショートパンツなんて履いたら、もう見るに堪えないものになってしまう……。
 半ズボン? 中途半端はいっちばん嫌われる……!
 長ズボン? 暑い。
 スカー……それはないな。誰が部屋着でスカート履くんだ。
 どれをとってもどうしようもない私自身のスペックにうなだれながら履き慣れたショートパンツに足を通した。
 候補に挙がった敗北者たちを服の山にボッシュート逆戻し。
「……ごめん」
 扉を開けて部屋に招き入れる。
「いえいえ〜。私も急に来ちゃってすみませんね〜」
 その笑顔が放つあまりの尊さに、両手を擦り合わせてしまった。
 両手のシワとシワ。あいむはっぴーです。
「……なにやってるんですか」
 仏様のような顔で私を見た。
「いやぁ……てぇてぇんです……」
 喜んでるんだか困ってるんだかよく分からない顔をする明日ちゃんは明らかに居場所に迷っている。
「……えっと……ここらへん座ってもいいですか?」
 態度もお胸も控えめな明日ちゃんは本棚と扉の間のデススペースに座ろうとした。
 まぁ私が遠慮なさすぎるお胸を持っているだけで明日ちゃんもなかなか……そんなんどうでもいいか。
「そんな端っこじゃなくて、そのクッションにでも座ったら? ダメになれるよ」
 明日ちゃんの顔がぽっと赤く染まった。
 右左と視線を泳がせてもじもじしている。よくもまぁこんなに乙女を体現できるものだよ。
「その……やっぱり……あれですから……」
「どれ?」
「……あれですよ。私は隅っこで十分です」
 背筋をピンとのばした正座でちょこんと座る明日ちゃん。
 私はベッドに腰掛けるといつも通りスマホを手に取る。
 ……手に取るところまでしたはいい。でも一体、なにをしようとしてたんだ?
「……えっと〜……」
「はい?」
 ちらちらと明日ちゃんの笑顔を見てみる。
「…………」
「…………?」
「…………あいすたべる?」
  クーラーガンガンなのにすごい汗かくな……。明日ちゃんのせいかな。
「……もらいます」
「ふい」
 すこし駆け足で自室から逃げ去った。

「なんで家に明日ちゃん入れてんの!? おかーさん明日ちゃんのこと知らないでしょ!?」
「ほぇ〜? 楠眠ちゃんのお友達だって言うからもう大っ歓迎しちゃっちゃけどダメだった?」
 防犯リテラシーっ!?
 いつも通りミーハー並みに頭が弱いらしいおかーさんにあからさまなため息をついて台所に向かう。
 冷凍庫からちょっと欲張って三本のチョコミントアイスをかっさらうと無駄な動きと共に自室へ舞い戻る。
「どひゃっ!?」
 いでぇ……。
 部屋に戻ろうとしただけなのに階段ですっ転んだ私の無様さといったらもう……恥ずかしくて死にたくなる。
 明日ちゃんが出てくる前に立ち上がる。足が痛いめう。
「だいじょぶですか〜??」
 とぼとぼ歩く私になにを思っているのかとても穏やかな顔をしている。もうちょっと心配してくれてもいいと思う。
「で、でぇじょうぶです……」
 チョコミントアイスを手渡して、別に必要はないけど無駄に重症そうに壁に手をつきながら部屋に入り込んだ。
「いただきまーす」
「……明日ちゃんって思ったよりも図太いんだね」
「はぁぇ?」
 アイスをかじりながらそんな返答をくれる。
 私にはできないわ。
 チョコミントアイスをぺろぺろ舐める私はそんなことを考えた。

「私になにか質問ありませんか?」
 ホワッツ? 疑問文に疑問文で返せと。
 アイスの棒をかじりながら眩しい笑顔を見せる明日ちゃんのことは目をぱちぱちさせて見つめることしかできなかった。
「えっと〜……えっと……あ……えと……た、誕生日とか……」
 自分でもどこを向いているか分からないくらい目が競泳中だ。
「9月16日です。陰狼さんは?」
「あっ、えと、4月、13です……」
 部屋の隅が心地良い。目覚まし時計とか置いてる棚だから座り心地は悪いけど。
「ほんとは5月6日がよかったんだけど……」
「誕生日に理想とかあるんですか」
 何故かこんな話題に興味深そうな顔ができる明日ちゃんはこれまでどんなものに興味を持ってきたんだろうか。
「だってさ、4月13日は英語だとApril thirteenthだけど、5月6日はMay sixthだよ? すっごい短いし言いやすいじゃん」
「短かったとて言う相手いるんですか?」
 ぐさああぁっ。
 ひ、酷い……明日ちゃんは私の味方だと思ってたのに。
「うぅっ、うえぇっ」
 めんどくさい女モードを発動する私は小さくうずくまって嗚咽を聞かせた。
「うわぁ、ちょっと、すみませんっ、ちょ、つい、つい口に出ちゃいましたっ」
「うぇぇぇええん」