私の彼女は怪異を連れて…………

 陽気に声をかけてきたのは、己の輝きだけで光合成ができそうな滝川ナントカだった。滝川だっけ。
 明日ちゃんが泣き出したことで手一杯な私ではクラスの陽キャを手に余らせるのは自明の理である。
「あっ……えっと……た、滝川さん……」
「あ〜っとニアミスっ! あたしは滝沢でしたっ! こんで六回目ね、次は罰金しちゃうぞ☆」
 二年生で絡まれるようになってから、おおよそ二十回程度しか名前を呼ぶ機会がなかったというのに六回も間違えているとは、もはや認知症を疑わなくてはならない。罰金されてしかるべきだろう。
 そんな滝沢ナントカはレギンスの上からでもすら〜っとしているのが分かる足で仁王立ちしながら、重ね着の短パン、長袖のラッシュガードを着飾らない程度に着こなしていた。
 短い髪をなびかせ舌を出して片目をつぶる滝沢ナントカに、不本意ながら、若干のときめきを覚えたような気がしないでもない。
「それでそれで? この子はなんで泣いてるの?」
「あっ……えっと……わ、分からない……です……」
 明日ちゃんに対しては何故か出てこなかったから忘れていたが、当然のことながら陰キャムーブは決して取り除くことはできない。
「そかそか。ヘイ君ー、なーんで泣いちゃってんのかな〜」
 眩い陽キャムーブをかまして、泣きじゃくる明日ちゃんに話しかけるが、泣き声しか返ってこなかった。
「あんれ〜、お〜〜〜い、返事をしてほしいのよ〜〜〜ん」
 健気に話しかけ続ける。

「およよ、こんなに無視されるの初めてかも」
 あの手この手を試した滝沢ナントカがようやく弱音を吐いた。
 明日ちゃんはなんで涙枯れないんだ。赤ちゃんならもう泣き疲れて寝てるくらいなのに。
「えっと〜、この子ってそもそもお名前は?」
「あっ……明日……ちゃん……です……」
「タメ口でいいっちゅーの。明日ちゃんとは、なに……お友達? それとも恋人とかぁ?」
 善良いたずらっ子スマイルを向けてくる滝沢ナントカの言葉に一番反応したのは……まぁ当然明日ちゃんだった。
「そう見えますかっ!!!!」
 さっきまでの涙が嘘のように元気な声だ。
 それでもしっかり涙の跡はのこっているのだからもう意味がわからない。
「え…………まぁ、そだね。……んまっ、泣き止んだならよしっ!!」
 明日ちゃんの元気を跳ね返す超絶元気ウーマン滝沢ナントカのグッドサインと笑顔を直で喰らった私は今にも倒れてしまいそうだった。
「……あれ、どちら様です?」
 滝沢ナントカの言葉に条件反射で跳ね起きただけの明日ちゃんは目の前に立つ人間が誰なのかは分かっていなかったらしい。
「はっじめましてっ!! あたしは滝沢燈(あかり)でっす!」
 そうだ、そういえばそんな名前だった気がする。古い燈すであかりだった。よくこんな珍しい読み方忘れれたな。ら抜き言葉はよくないよ。
「んじゃまたねくすみん! 明日ちゃん! ばいば〜い!」
 滝沢燈は、プールサイドで走るのはやめましょうという注意書きを全力で踏みつけながら去っていった。
 ……元気だなぁ……。
「陰狼さん、お知り合いですか?」
「……まぁそんなとこ」

 ―・―・―・―・―・―・―・―・―

 柄にもなく遊び尽くしてしまった私はギシギシ言う髪を明日ちゃんに結んでもらってから自転車を漕ぎ始めた。
 もう今年はプールに入りたいと思わないが、もし来年も明日ちゃんと遊びに行くようなことがあれば、もうちょっと違う水着に挑戦してみてもいいのかもしれない。スタイルはともかくサイズには自信あるし。
 そんなことを考える来年高3になる私の前に、かの有名な牛丼チェーン店の看板が現れた。
 思わず自転車の速度を落としてしまう。事故ったら大変だったな。
「お腹すきましたか〜?」
「えっ、いや、あの、プールの帰りは牛丼食べる文化あるじゃん」
「何言ってるんですか」
「え?」
 自転車を止めて振り返ってしまった。
「……万国共通じゃないの……?」
 呆れ顔の明日ちゃんは、
「そんなわけないじゃないですか……」
 私はぽかんとすることしかできなかった。
「まぁでもお腹すきましたし、食べていきますか」
「……はい」 
 恥ずかしくて仕方ない私は消え入りそうな声でそう答えた。
「あ、でもお金持ってないかも」
「その時は私がおごりますから」
 駐輪場に自転車を停めながらそんな会話をする。なんか青春。
「いや……タダより高いものはないって言うし」
「じゃあ立て替えますから」
「んー、じゃあいっか」


「陰狼さんって以外と食べるんですね」
「明日ちゃんこそ並っておやつ?」
 注文パネルをつつきながら、二人は少しだけ互いへの理解を深めた。