私の彼女は怪異を連れて…………

 勇んで声を上げたスカ兄ちゃんだったが、さすがはスカ兄ちゃん。ここにきてスカだった。
「地獄に堕ちろっテケテケっ!」
 屋根に座り込みながらスカ兄ちゃんを見上げる。
 ネットで調べられるようなセリフを屋根の上、つまり安置から叫ぶ。ださい……。
 テケテケはひっくり返った状態ではあるが、一向に動きが治まる様子がない。
「ダーメだなこりゃ。まるで聞いちゃいないぜ? 交わすに力じゃなくて門構えの方。無視してくる場合はどうしろっつーんだ」
「もーこれだからバカ兄ちゃんは……明日ちゃん! どうすればいい!?」
 結局私も明日ちゃんだよりのださいザコだった。血は抗えないってね。
「走らせてください」
「走らせるぅ!? なんでぇ!?」
 スマホから目的を測りかねる言葉が聞こえた。
 一応私よりは賢いはずのスカ兄ちゃんに理解できるか目で聞いて見ると、分かりやすく意味が分からないということを示してくれる。
「300メートルです。300メートル以上動くとそのテケテケは力を失います。残り216メートル、なんとか歩かせることができれば、また私と愛を確かめ合えますよ」
 愉快そうな声が聞こえた。勢いでスマホをぶん投げようとしてなんとか思いとどまる。
「…………」
 スカ兄ちゃんが口をバカみたいに開けていつも以上にスカな顔を見せていた。
「……余計なこといったら蹴落とすから」
 今はどちらかというと明日ちゃんにからてチョップを入れてやりたい気分だ。
「……行くよ。ジタバタしてるうちに逃げてテケテケさんの歩く距離を稼がないと」
 太りにくい体質じゃなかったらすでに体重八十キロは超えているだろうと言えるほど運動不足な私でも降りれそうな場所を探す。
「ちょストップストップ。その奥にゃ誰がいるんた? 巫女さんかなにかか?」
「あーそうそう。巫女装束が似合いそうなかわいいだけの残念な女の子っ」
 ひょいと足へのダメージが少なそうな塀の上に飛び降りる。厨二病混じりの陰キャは、高いところからはかっこよく飛び降りたくなるものなのだ。
 そして今回同様足がジーンと痛む。いい加減学べって思う。
 しかし運のいいことに今回は体勢を崩さずに済み、なんとか塀からは落ちなかった。
「…………たかぃ……」
 スカ兄ちゃんはどうやって屋根に登ったんだろう。
 スカ兄ちゃんは私よりはるかに綺麗なフォームでひょいと塀の上に着地する。
 どうやってるの?
 しゃがんで手をつき、2メートルはあろうかという塀をノーダメで飛び降りた。これだから体力バカは……うらやまぁ……。
「ほら、大丈夫。キャッチしてやっから。信じろ」
 くうぅ……痺れることいいやがる……。
 震える足を躾け直しながら深呼吸をする。
 ふらっと意識が途絶えるような感覚を覚えた次の瞬間、私がいたのはスカ兄ちゃんの胸の中だった。
「な、大丈夫だったろ」
 いつものアホ面からは想像もできない爽やかな顔を見せる。
「降〜ろ〜せ〜よ〜ど〜あ〜ほ〜っ!! 私が下半身奪うよっ!!」
 スカ兄ちゃんが私を降ろせないでいる理由に私が暴れていることが加わった。
「わ〜かったから、止まれ落ち着け冷静になれ! 今そんな余裕ないだろーが」
「んがっ!?」
 私のわがままさにいい加減飽き飽きしたのか、容赦なく地面に叩き落としてきやがった。
「うぉいバカ兄! JK地面に叩き落としてただで済むと思っとんのかボケェ!!」
「んな口の悪いJKがいてたまるか! テケテケを歩かせりゃいいんだろ、悪口はあとで全部聞いてやっから」
 スカ兄ちゃんは私の手を取って駆け出した。
「あっちょっ、早いって!」
 浮き上がるんじゃないかという速度で走る。
 走る。
 走る。
 下の『走る』はテケテケの分。
 いつの間にか起き上がっていた。
 突き当りに誰かの家の塀がある。スカ兄ちゃんと私はそこを曲がった。
 左にカーブしてゆーたーんする。道とは呼べない空き地を走るが、ここで予想外の事が起きた。
「なにあれ! さっきまでずっとバタバタしてたのに!」
 テケテケはコツを掴んだらしく、素早く起き上がった。もっとダウンしててください。
 動き出したテケテケは走る方向をミスったらしく、すこーしずつ私たちの方へ軌道をずらして大回りで向かってくる。
 なにかの執念に歪んだ、血みどろの上半身が激しく揺らぎながらドタバタ追いかける姿に、一瞬忘れかけていた恐怖が私の足をガシッと掴むように帰ってきた。
「ちょっとちょっと兄ちゃんもうやだ……」
「大丈夫、逃げるだけだ。このまま逃げればなんの問題もない。また怖い話聞かせてやるよ」
 誰かの家の周りにそって右折する。すぐにドゴッ、と音が後ろからした。
「ひょえぇ〜……」
「もうお前そんな怖いなら後ろ向くなよ……」
 スカ兄ちゃんの落ち着き具合の方が…………

 ガシィッ

 足とスカ兄ちゃんに握られた手とが真逆の方向に強く引っ張られて股関節と肩に鋭い痛みが走った。
「…………に……にいちゃ……っ……ぁ……っ」
 全身が震える。
 顎がガクガク言うのが聞こえた。
 世界中で今、意識があるのは私だけなのかもしれない。
 全世界が止まったような、そんな感覚がした。