待ち遠しかった日曜日がやってきた。
前の晩、そわそわしてなかなか眠れなかったのに、学校があるときよりも早く目が覚めてしまった。
今日はデートの日だ。少しくらいオシャレをしていったほうがいいんだろうか。
相手は宮原だけど、宮原だからこそダサい格好ではいきたくない。
デートにふさわしい服ってどんなのだろう。デートなんてしたことないし、ファッションに興味もないのでさっぱりわからない。服なんて動きやすそうなのを、いつもてきとうに買ってるだけだ。
クローゼットを開けてみたものの、俺の持ってる服なんて普段着しかない。上はTシャツ、下はジーンズのパンツとかカーゴパンツ、そのくらいだ。
そういえば、去年、姉さんが買ってくれた一式があったっけ。
十歳年上の姉は、会社勤めをしている社会人だ。
(遥人、あんたももう高校生なんだから、もうちょっとくらいファッションに気をつかったらどうなの)
そんなことを言いながら、荷物持ちにつきあわせた俺にあれこれと買ってくれた。
けっきょく一回着ただけでクローゼットに放りこんでしまったけど、俺のセンスよりも、姉貴のセンスのほうが上なのはまちがいない。
クローゼットに頭を突っこんで、去年の夏に買ってもらった洋服を取り出す。
白いTシャツと、その上に重ね着する用のブルーグレーのシャツ。下は膝丈のワイドショートパンツ。
夏なんだからTシャツ一枚でじゅうぶんなのに、と俺は思うが、姉貴が言うにはあえて重ねて着るのがオシャレなんだそうだ。
姉のコーディネートをそのまま着ると、なんとなくいい感じになったような気がしないでもない。
俺は落ちつかない気持ちを抱えて家を出た。
待ちあわせ場所の自由が丘駅は、最寄り駅から四つ目だ。
約束の時間よりかなり早めに着きそうだが、遅れるよりはいいだろう。
人の群れに紛れて正面改札を出ると、真夏の陽射しがわっと襲ってきた。
あっ、と思った。
視界の端に見覚えのある顔が映ったからだ。
アーケードの柱のすぐ手前に、背筋がしゃんと伸びた男が立っている。真っ黒い髪、モスグリーンのシャツに、ゆるっとした白いボトム。いつもは無造作に垂らしている前髪が、今日はセットされて額が見えている。
宮原だ。
見慣れない姿に思わずドキッとしてしまう。いつもより少し大人っぽい。
姿勢のせいなのか、どこか硬質な雰囲気のせいなのか、宮原は周囲から浮き立っている。
通りすがりの女子の視線を奪っているのに、気づいているのかいないのか。宮原はスマホをいじるでも本を読むでもなく、ただ前を向いて立っている。
俺は呼吸をひとつすると、通行人たちを横切って宮原へ向かって歩いていった。
「日向、」
宮原は声をかける前に俺に気づいた。ほのかな笑みが頬に浮かぶ。
……なんか、宮原って普通に笑うんだな。剣道教室や試合でしか会ったことがないから知らなかった。
「ごめん、待った?」
「や、俺が勝手に早めにきたから。日向もずいぶん早くきたんだな」
家にいても落ちつかないので出てきたんだけど、宮原も俺とおんなじで落ちつかなかったのかもしれない。
そうだ、俺はこれから宮原とデートするんだ。
なにも考えてこなかったけど、デートってなにをすればいいんだろう。
映画を一緒に観たり、買い物をしたりとか?
でも、そんなの友達とだって普通にする。
「日向もそういう格好をするんだな」
宮原の視線が俺の上を動く。何気ない視線なのに身体に力がこもる。検分されているみたいで。
「よく似合ってる」
小さく微笑みながら言われて、心拍数が上がった。
剣道以外、興味がなさそうな男なのに、こういうことを――デートのとき彼女に言いそうなことを言ったりするんだ。
俺は彼女じゃなくって彼氏だけど。
彼氏――彼氏なのか?
「こっ、これは姉貴に買ってもらった奴で……! 俺、服とかぜんぜんわかんないからっ」
言い訳する必要なんてないのに、なんだか恥ずかしくって言い訳めいたことを口走ってしまった。
褒められて恥ずかしくなるなんて、生まれてはじめての経験だ。
「えっと、宮原はどっかいきたいとこがあるのか? 待ちあわせの場所にここを指定してきたけど」
自由が丘はうちからそんなに離れてないけど、あんまりいったことのない場所だ。オシャレな街、女の人が好きそうな街ってくらいのイメージしかない。
「妹の誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しくて。自由が丘は雑貨屋が多いって聞いたから」
「宮原、妹がいるんだ。誕生日プレゼントを買ってあげるなんてやさしいんだな」
でも、一緒にプレゼントを選ぶ相手が俺で大丈夫なんだろうか。
女の子の好みそうなものなんて、はっきり言ってまったくわからない。
宮原はよさげな雑貨屋をいくつか調べておいたらしい。スマホの地図アプリで確認しながら道を歩いていく。
「宮原の妹っていくつなんだ?」
歩きながら訊いてみた。どんな子なのかわからないと、プレゼントなんて選びようがない。
「いま小六だよ。俺の五つ下」
「小六かあ。どんな感じの子? やっぱり剣道をやってるのか?」
宮原の妹なんだから、きっと運動が得意にちがいない。
返事はすぐに返ってこなかった。
どうしたんだろうと思って、隣を歩いている宮原へ目を向ける。
「俺の妹は生まれつき病弱で、運動はいっさいできない――してはいけないんだ」
宮原は前を向いたまま言った。
思いがけない言葉が返ってきて、返事につまる。
「運動どころか、学校もなかなかいけないくらいなんだ。このごろは落ちついてるけど、ずっと入退院をくり返してる」
俺はちょっとした怪我をしたことはあっても、大きな病気に罹った経験はない。そんな俺に宮原の妹の苦しみはわからない。ただとても、
「それは……つらいだろうな……」
宮原の妹も、宮原も、他の家族もつらいだろうと、そう思った。
不意に宮原が足を止めた。
「宮原?」
宮原は俺をじっと見つめている。不思議な目つきで。
悪いことを言ってしまったんだろうか。よく知りもしないで、なにをわかった風にと思われたのかもしれない。
ごめん、余計なことを言った、と謝ろうとしたが、宮原が口を開くほうが先だった。
「日向って、どこまでも日向だよな」
宮原の口許がふっとゆるむ。
前にも似たようなことを言われたが、そんなのは当たり前だ。俺は俺だし、宮原だって宮原でしかない。
言っている意味はよくわからないが、怒らせたわけじゃなさそうなので、よしとする。

