「恋人になって欲しい」とライバルに頼まれたので



 インターハイが終わると、蝉の抜け殻になったみたいに、心と身体の両方から力が抜けた。

 四日間の遠征後、部員たちには一週間の休みが与えられた。ちょうどお盆だ。実家に帰ったり、旅行にいったりする奴も多い。
 俺はというと、車で三十分ほどのところにある父方の先祖の墓参りをしたくらいで、特にすることもなく家でごろごろしている。
 いまのうちに夏休みの宿題をかたづけないと、と思うのに、いまいちやる気が出てこない。

 退屈だ。

 誰か誘って映画でも観にいこうかな、と思ったとき――
 スマホが短い音を立てた。どきっとする。LINEの通知音だ。
 宮原とLINEを交換したものの、あれから一度も宮原から連絡はきていない。
 俺から送ってもよかったんだけど、言葉で上手く言えないものを文章になんてもっとできない。
 宮原からかもしれない、と思ってスマホを手に取ると、予想どおり宮原からだった。

 メッセージは短かった。

『次の日曜日空いてる?』

 夏休みの間も部活動はあるが、週末は基本的に休みだ。どっちみち、大会開けの今週は次の月曜日まで練習はない。

『空いてる』

 俺も短く返す。
 ドキドキしながらディスプレイを見ていると、すぐに既読になった。

『じゃあ、デートしよう』

 すぐに送られてきたメッセージに、心臓がびくっと跳ねた。
 デート――
 俺と宮原がデート? ただ遊びにいくんじゃなくってデート?
 俺の恋人になって欲しい。宮原はそう言った。
 俺は、なんでも言うことを聞く、と言った。
 ということは、いまの俺と宮原は恋人同士ということで、恋人同士が出かけるのをデートというのなら、確かにデートというしかない。

 すぐに返事をできずにいると、
『だめ?』
 宮原からもう一度メッセージが届いた。

 二文字のひらがなに宮原の不安を感じとってしまって、胸のあたりがぎゅってなる。

『だめじゃない。何時にどこで待ちあわせする?』

 慌ててメッセージを送信する。
 日曜日の午前十一時、自由が丘駅の正面改札を出たところで待ちあわせすることに決定して、宮原とのやりとりは終わった。

『日曜日、楽しみにしてる』

 最後に送られてきたメッセージ。
 これになんて返せばいいんだ。
 俺も楽しみにしてる?
 これだとほんとうに恋人同士みたいで、なんか恥ずかしい。
 だからって、なにも返さないのも感じが悪い。
 俺は悩んだ挙げ句、よくわからない笑顔のスタンプを送って終わらせた。

 スマホをオフにすると、どっと疲れが襲ってきた。ベッドにごろりと寝転がる。
 どうやら俺はものすごく緊張していたらしい。疲労感がすごい。たかがLINEのやりとりくらいでなんだってんだ。
 でも、相手は宮原だ。俺のライバル。俺が一度も勝てたことのない相手。
 恋人になって欲しいと、俺に言ってきた男――

 思い出してしまったせいで、心臓がどくどくとうるさい。
 告白されたのがはじめてってわけでもないのに。なんでこんなにドキドキするんだ。
 たぶん相手が宮原だからだ。ずっと憧れていた相手にあんなことを言われたら、誰だってドキドキするはずだ。

 宮原はどういうつもりで、俺にあんなことを頼んできたんだろう。
 俺は男で、宮原も男だ。
 男でも男を好きになる奴がいることくらい、俺だって知っている。
 でも、宮原が俺を好きになる理由があるだろうか。嫌われる理由ならいくつか思いつくが、その逆は思いつかない。
 宮原の恋愛対象が男だとしたって、俺を好きになるわけがない。ときどき大会で顔をあわせるだけの、それも毎回毎回、勝負しろと絡んでくるような奴を。
 じゃあ、どうしてあんなことを言ったんだ?
 ただの冗談、それとも俺を途惑わせるための嫌がらせ。どっちも宮原らしくない。
 本人にはっきり聞いてみればいいだけかもしれないが、「どうして俺の恋人になりたかったんだ?」なんて非常に聞きづらい。

「……日曜日、宮原に会えばなにかわかるかな」

 バックライトの消えたスマホを目の上に翳す。
 頭に浮かぶのは、宮原から送られてきたいくつかの短いメッセージだ。
 メッセージにこめられた真意を読み解きたいが、俺にそんな頭脳があるはずもなく。

「こんなとき、俺が名探偵だったらなー……」

 素晴らしい推理力で、宮原の本心を読み解いてみせるのに。